バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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背中合わせ <1>
「ピアーズ」
ピアーズは呼ばれて振り返った。
「何ですか?」
ラフな格好で立っているクリスがコーヒーサーバーを掲げて「飲むか?」と聞いた。
「貰います」
テーブルの上にあったカップを取って差し出すと、そのまま注いでくる。クリスは不安定になったカップをピアーズの手ごと握るとサーバーを傾けた。黒い液体がなみなみと注がれて、クリスの手が離れた。
砂糖もミルクも聞かない。その程度の好みはもうお互いわかっている。クリスは意外にもコーヒーには砂糖もミルクも入れる。
黒い液体が波打ってカップの中で揺れるのを見つめながら、ピアーズは思い出していた。

お前は俺に右腕をくれたんだ。だから俺はお前に――俺をやるよ。

そう言ったクリスは退院するその日までにピアーズのアパートを引き払い、荷物を自分の家に運び、退院したその日から同居が始まった。
しばらくでいいから、と言っていたので、いつまで続くのかと思っていた同居も既に年を越した。
クリスマスも年越しも一緒に過ごして、何だか本当に家族になったみたいだなと思った。クリスが例年どうやってその時期を過ごしているのか知らなかったので、今回はピアーズに気を遣ってくれているのか本当にいつも家で独りで過ごすのか、ピアーズには判断がつかなかった。かと言って聞いてもきっと気を遣わせないための答えを言わせるようなものなので聞いてもいない。
俺をやるよ、の意味を図りかねてピアーズは未だに混乱する。
クリスのために右腕を失ったので、その不便さを自分ができるだけ肩代わりするということなのか、他に意味があるのか。あるとしたらどんな意味なのか。
右腕のない生活にももう慣れた。最初は戸惑ったが、今では左手で大抵のことはこなせる。それはクリスもわかってるはずだ。なのに、そろそろ別々に暮らそうとも言わないし、そんな素振りもない。こちらから話を振れば現実になりそうな気がして、話題に出せないまま春を迎えた。

「今日、仕事は?」
クリスが朝食を取りながらピアーズを見た。
「シフトが朝なんで、もうすぐ出ます」
ピアーズはBSAAの前線から本部HQへ異動になった。本部と現場を繋ぐ通信要員として働いている。
銃が握れない焦燥感があるかと思ったが、現場の緊張感を無線を通して感じることができるのがよかったのか、それほど不満はない。むしろ、そんなことを思う暇さえないくらい忙しい。
こんなに前向きに方向転換できるようになったのも、一緒にいて支えてくれたクリスのお蔭だろう。
「そうか。俺は今日から現場に出ると思うから、何日か家を空けるかもしれない」
「ああ、例の件ですか?」
B.O.W.の目撃例が報告されているらしく、そちらに真偽を確かめに行くのだろう。
「気を付けて」
ピアーズはいつも現場に出るクリスにそう声をかけるようになった。それに対するクリスの答えもいつも同じ。
「ああ、ありがとう」


仕事を終えて家に戻ると、クリスもいなくて家の中は冷え切っていた。春とはいえ、まだまだ朝夕は寒い。
今日からしばらくクリスは帰って来ない。それを少し寂しく思いながらリビングで寛いでいると、ドアを叩く音がした。
(誰だ?)
そう思いながら、玄関のドアを開けるとジェイクが立っていた。
あまりに突然で、却ってびっくりもしなかった。
「何だよ?」
「今日泊めろ」
いきなり言われて面食らう。おいおい、そんなこと気軽に言える仲だったか、俺たち?
「ハァ?シェリーん家に泊まってんだろ?」
「…追い出された」
「…喧嘩したのかよ」
うるせぇ、と顔だけで言ってジェイクはピアーズを押しのけて中へ入った。
「おっさんは?」
「てめぇは何回言わせるんだ?おっさんて呼ぶな」
鼻白んだ顔でピアーズを振り返ったジェイクは言い直す。
「クリスは?」
「仕事に決まってんだろ。今日は帰らねぇ」
ふぅん、と言いながらまるで我が家のようにソファに寛ぐジェイクを睨むと「てめ、もっと向こう行けよ」と顎をあおった。
ソファはひとつしかない上にそれほど大きくないため、端に座らないとカップルのように身体が密着してしまう。
ニヤニヤ笑いながら端に避けたジェイクを尻目に奴の隣に腰を下ろすと目の前のローテーブルに足を乗せる。
「何ニヤついてんだ、気持ちわりィな」
「いや、おっ…クリスともここにふたりで座ってんの、いつも?」
ピアーズは反射でジェイクの後頭部をはたいた。いてぇな!といきり立つジェイクに「バカなこと言うからだろ」としれっと返した。
クリスとこのソファに同時に座ることなどない。リビングで過ごす時は大抵どちらかがソファ、どちらかがダイニングの椅子という風になっている。それでもテレビを見るのも話をするのにも支障はないからだ。
どちらかと言うとピアーズの方が並んで隣に座るという行為を避けているような気がする。クリスはきっと気にもしていないだろう。ピアーズはジェイクとこんな風に並んで座っても何とも思わないが、隣がクリスに変わると途端に落ち着かなくなる。理由は同居を始めてから幾度となく考えたが、答えは出ないままなので考えること自体を放棄した。
「つーか、何してシェリーを怒らせたんだ?」
「何で俺が何かした前提なんだよ!?」
「シェリーがするわけないだろ」
しごく真っ当な意見を言うと、ジェイクはため息をついた。
「お前な、シェリーはお前が思ってるほど従順な性格じゃねぇぞ。気も結構強ぇし、頑固だぞ?ふわふわしてるだけのお嬢さんじゃねぇよ」
「でも怒らせたんだろ?」
「だから喧嘩なんかしてねぇって!シェリーん家に行く前にこっちに寄っただけだ」
虚を突かれてピアーズは黙った。怪訝そうな顔をしてそちらを窺うと、ジェイクがバツが悪そうにそっぽを向いた。
「どういうことだ?」
「おっさ…クリスがシェリーに、お前が元気ないみたいだから俺がこっちに来た時に話を聞いてやってくれって言ったみたいだぜ」
クリスが?色んなことに驚いてピアーズは目を瞠った。クリスが自分の憂いに気づいていたこと。内容まではわかってないだろうが、それにまずびっくりした。いや、でもあの人は見てないようでよく見ている。こちらが隠していることまで筒抜けなことが多い。そう思うと座りが悪くなった。
「先にあっちで一泊してから行くっつってんのにシェリーが今日から行けってうるさいうるさい」
隣でブツブツ言ってるジェイクにピアーズは鼻で笑った。
「ヤルことしか考えてねぇからだろ」
「うっせ!2ヶ月ぶりなんだから当たり前だろ!」
「認めんのか…」
呆れているとジェイクも開き直ったように言った。
「アイツだから抱きたいんだろ。自然な感情じゃねぇか」
自然な感情…か。好きだから抱きたい、というのは確かに自然だ。
「というか、言われたからってよく来たな」
それにも驚いた。どっちかというと「何で俺が」と断りそうなもんなのに。
ジェイクとはクリスの面会の時とDSO主催のパーティーの時に会ったきりだ。パーティーの時は遅れて行ったので奴らの帰り際に少し話した――いつものようにギャンギャン言い合っただけだが――だけだった。
確かに最初会った時はいけ好かねぇ奴だなとしか思ってなかったが、最近は少し見方も変わった。ジェイク自身がシェリーと付き合うようなってから変わったからか。口調も態度もぶっきらぼうだし愛想もいいとは言えないが、以前のような皮肉な態度はなくなった。パーティーの時など、言い合っているピアーズたちを見てシェリーとクリスは「仲いいなぁ」などと言っていた。お互い「どこがだ!」とハモったが。
――意外にいい奴かもな。
「シェリーが行けってうるせぇし」
ふてくされたようにそっぽを向いている奴を見て吹き出しそうになった。
――意外に可愛いかもな。
「つーか、いいんだよ、俺の話は!お前の話だよ!何だよ、早く吐け」
「悩みなんかねーよ」
とてもじゃないが人に言える内容ではない上に、自分でもよくわからないので言いようがない。
「クリスの勘違いだろ」
わざと視線を逸らしてそう言うと、ジェイクがこちらを見ているのがわかった。
わざとらしく大げさに溜息をついたかと思うと、立ち上がって言った。
「行くぞ」
「ハァ?どこに?」
「酒飲みに行くぞ。素面で吐けないんだろ?酒入れるぞ」


結局、近くのバーに行ってしこたま飲まされた。奴の策略にハマってる気もしないでもないが、さほど強くもないので日付を越える前には足元がふらつくほどではないし頭もはっきりしているが、口が軽くなる程度には酔っていた。対するジェイクはそれほどでもないのか涼しい顔をしている。
「そういえば何でお前、俺がシェリーに半年お預け食らってたって知ってんだ?」
「んあー?シェリーに聞いた」
「嘘つけ!言うわけないだろ」
「本人言ってるつもりなくてもダダ漏れだった」
「どんな風に?」
想像はつくが一応聞いてみる、という風にジェイクは聞いた。
「あー…何だっけ?よくあんなのと付き合ってるなって話から…」
「てめぇ!」
途端に目が吊り上って凄んでくる奴にうるさそうに手を振った。
「当時だよ、当時。とにかく付き合って半年くらいって話が出て、シェリーが…」
何て言ったっけ?と首を傾げて――「ああ!そうだ」と思い出す。
「半年付き合ってまだとか、我慢してると思う?みたいなこと聞かれた」
ジェイクが隣で飲みかけの酒を吹き出した。汚ねぇなぁ。
「何だ!その質問は!!」
「知らねぇよ。面会の件で結構話してたから気安くなってたんだろ。聞かれたのはもっと遠まわしだったしな。一般論よ、みたいな?」
「で?何て答えたんだよ?」
「忘れた」
「隠すな!」
「隠してねぇよ!ホントに覚えてねぇ。半年も我慢してんだーお気の毒ーと思ったのしか覚えてない」
「てめぇ、いっぺん殺すぞ!」
うるせぇ奴だな。テメーが聞いたんだろ。
「お代わりー」
ピアーズは気にせずカウンターにいるバーテンに声をかけた。
「つーかそろそろ本題に入れよ。お前、目ぇ据わってヤバいぞ」
「だから、悩みなんかないってー」
「…まだ言うか。クリスのことだろ?クリスの何で悩んでんだ?同居解消したいとか?」
ピアーズはカウンターの上に突っ伏すと「わかんね」と呟いた。
「もー俺わかんねぇ。何もわかんね」
「何がわかんねぇんだよ?」
何が?何がわからないかって?

――「クリスへの気持ちだよ」


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