「オイ」
ジェイクは前を歩くツンツン頭に声をかけた。
「何だよ。どこ行くんだよ」
「俺だってテメェなんかと歩きたくなんかねぇよ。いいから黙ってついて来い!」
「ああ?何だてめ、喧嘩売ってんのかよ!?」
ジェイクは噛みつくように言ったが、前を歩くツンツン頭は足早に先を急ぐ。ジェイクは舌打ちしながら仕方なく大股でついて行った。
(何なんだ、こんな朝っぱらから…)
ツンツン頭――クリスの犬みたいな奴…名前は何だっけ、ピ…ピアース?違うな、ピアーズだ。奴がいきなり朝から仏頂面でジェイクの泊まるホテルへやって来た。ハァ?と思いつつドアを開けると、「着替えてついて来い」と言ったきり、どこへ行くとも何があるとも言わず黙々と歩いている。
普通ならついてなんか行かないが、奴を見て何も言えなくなった。奴の右肩から先がなかったからだ。1年半前のハオスとの死闘で失ったとシェリーから聞いてはいたが、いざ目の前にしたら何も言えなかった。
10分ほど歩いて公園に来ると噴水の向こう側にいる人物にツンツン――ピアーズは手を挙げた。
「隊長、連れて来ましたよ」
「ああ、悪かったな」
ベンチから立ち上がったのはクリスだった。ジェイクは1年半前に海底基地でクリスに銃を向けたことを思い出した。それ以来、会ってなかった。会って何を聞けばいいというのか。父親を殺したという奴に根掘り葉掘り聞くのも躊躇われたし、何を聞けばいいのかわからないまま、結局何度か打診された会う機会もすべて無視してきた。
「隊長、俺は向こうにいますんで…」
ピアーズはそう言うと足早に芝生広場の方へ歩き去った。
それを見送りながら、クリスはジェイクにベンチを勧める。
「座らないか」
「いらねぇよ。話すことなんかねぇ」
ジェイクはそっぽを向いた。
「聞きたいことがあるんだろう?俺も君とは話したいとずっと思っていたんだ。今日はこっちにいるって聞いて、ピアーズに頼んで呼び出してもらった」
ハッと鼻で笑うとジェイクは「謝りでもしてくれんのかよ」と吐き捨てた。
そんなジェイクをクリスは静かに見つめながら、口を開いた――
**********
噴水が陽の光を反射して綺麗に光っていた。
その向こうにクリスとウェスカーの息子――ジェイク・ミューラーが立ったまま話しているのが見える。
和やかな雰囲気ではないが、今までの経緯を考えればそれも仕方ないだろう。銃は携帯していないはずなので、特に心配はいらないはずだ。
ピアーズは彼らから目を逸らすと噴水の前のベンチに腰かけた。ちょうど一直線に向こうに行ける角度で間に障害物もない位置。無意識にその場所を選んだ自分に苦笑した。ホントに俺は隊長の忠犬みたいだよな。もう、彼と肩を並べて戦火をくぐることはできないのに。
ピアーズはクリスが何度かジェイク・ミューラーに面会を申し出ているのは知っていた。BSAAを通していたのは個人で
は断られるのが目に見えていたからか、個人では奴の心情を逆撫ですると考えたのか。
何にしろ、クリスの奴に対する気の遣いようにピアーズは若干面白くなった。別にそんなに気ィ遣う必要ないだろうに。それでもあんな顔で呼び出してくれ、と頼まれれば断れない。何だかんだ言って俺はクリスには甘いし、逆らえないから。それは何故なのか――考えれば考えるほど頭の中がゴチャゴチャしてくる。ピアーズは頭を振ってそれを追い払った。
クリスたちの方を見ると話は終わったのか、こちらに歩いてくるところだった。
ピアーズも歩み寄るとクリスは「悪いが彼を送ってやってくれるか?」と言った。この後はDOS本部にワクチン精製のために呼ばれているという話だった。今回の渡米もそういうことらしい。
「わかりました。オラ、行くぞ」
この後、クリスはBSAAに出勤するんだろう。ピアーズは完全にオフだから、奴をDOS本部まで送るのは問題ない。クリスにも頼まれてるしな…と思いつつ、奴に顎をしゃくって促す。
意外にも文句も言わず奴は歩き出した。考え込むように顎を触りながら大人しくついてくる。
大通りに出るとピアーズはタクシーを停めた。後ろに乗り込んで運転手に行き先を告げる。奴も続いて乗り込んできた。
「…隊長と何を話したんだよ?」
きっとクリスからは聞けないだろうと思ったので、世間話のついでのように軽く聞いた。
「あ?何でもいいだろ?関係ねぇ」
案の定、口を割るつもりはないらしい。まぁ、そうだろうな、と思いつつ、用意してきた起爆剤を仕掛けることにした。
「シェリーって可愛いよな」
まずはジャブ。ずっと窓の外を見ていた奴がこちらを向いた。もともとの強面が見る間に険のある目つきになって相当人相が悪くなる。それに反比例してピアーズの口角は楽しげに上がる。
「お前がずっとクリスの面会断ってたから、俺がシェリーとずっと連絡取ってたんだぜ。知らなかったのか?」
あの娘はお前の連絡窓口だからな、と。
「んなこと知るか」
言いながらまた外を見る。
「すげぇいい子だよな。俺が病院にいる時も見舞いに来てくれたしさ。全然関係ないのにな?あの時、二人を置いて行ってごめんなさい、って言われたぜ」
チラリと窺うと外を向いたままピクリとも動かない。無関心を装ったつもりだろうが、窓に映った顔が見事に仏頂面だった。聞いてねぇぞ、と表情が言っている。
「たまに抱き締めたくなるくらい可愛いよな、彼女」
トドメとばかりにニヤニヤしながら言うと、勢いよくこちらに向いて胸倉を掴まれた。顔を近づけながら「うるせぇぞ」と凄みのある低い声で言われ、ピアーズは口角を上げたまま聞いた。
「クリスとどんな話をしたんだよ?」
奴の顔が一瞬呆けたようになり、掴んでた胸倉を突き放すように放り出した。
「クリスクリスっててめぇはゲイか?」
「な!」
あまりの暴言にピアーズは絶句した。
「んなわけあるか!」
自分でも声が上ずったのがわかった。奴は涼しげな顔でまた向こうを向く。
「好きな女に半年もお預け食らってる奴にンなこと言われたくねぇぞ!」
「な!何で知って…!」
こっちを向いた顔が赤くなっていたが、きっとこちらも負けず劣らずだ。
しばし睨み合い――奴が根負けしたように視線を逸らした。
「別に大したことじゃねぇ。奴が親父を殺した時の状況を聞いただけだ。あと、あいつの同僚がされたこととな」
同僚?首を傾げてすぐに思い当たる。クリスの往年のパートナー、ジル・バレンタインのことか。
「親父がやったことはシェリーから資料を貰って知ってる。殺されて当然だったとも思う。だが、こっちゃまだそんな気持ちの整理もつかない状態で話し合おうっつわれてもな…そうこうしてる内に1年半も経ったってワケだ」
そう言った時、タクシーが停まった。
ドアを開けて奴が降りようとして――ふと思いついたようにこちらを向く。
「あいつは――謝るっていうより、俺に対しての負い目を無くしたかったんじゃねぇのか?あいつがやった行為は俺に対してだけは正当なもんじゃなかったからな?」
よくわかんねぇけど、と前置きして、「そもそも許すも許さねぇもないしよ」と呟くように言って、ドアを閉めた。
そのまま背を向けて歩きかけて、思い出したように振り返り、窓をトントンと叩いた。怪訝に思ってピアーズが窓を開けると――
「言っとくけど、もうお預け食らってる状態じゃねぇぞ。あと冗談でも人の女を抱き締めたいとか言うな」
あまりの釘の刺しようにピアーズは吹き出した。
俺が彼女に興味がないのはわかった上で言わずにはいれないってか。骨抜きだな。
ピアーズは楽しげに笑うと、門の中に入って行く奴の後姿を見送った。
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