バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
右腕の代償 <2>
「ああ―――!!!!」
あまりの痛さにピアーズは叫んだ。
「ピアーズ!ピアーズっ!!」
肩を掴まれ、跳ね上がる身体を押さえられる。
身体が痙攣したように震える。汗が吹き出して寒気がする。目を開けると白い天井が見えて――自分を覗き込む影に目の焦点が合う。
ひどく心配そうな顔をしているクリスが見えた。見えた瞬間息を吐き出した。
「たい…ちょ…」
うまく声が出せない。一体何があったんだ?頭の中がゴチャゴチャして頭痛がする。
「ピアーズ、落ち着け。心配ないからな」
頭を抱えられ、額に額がくっつくほどの至近距離で目を覗き込まれる。
その心配そうな目を見て、自分が生きてることを実感した。生きてる?あんな状態から?なぜ?
いくつもの疑問が頭の中を駆け巡ったが、答えは出ないまま身体に違和感を感じた。
クリスの腕を掴もうとして――自分の右手がないことに気づいた。肩から先がすべてなかった。
「ピアーズ、助かったんだ。お前は助かったんだ」
右腕を失くしたことに気づいたことに気づいたんだろう、クリスは懸命に繰り返す。
――生きているから、それ以外は考えるな。
ピアーズは枕に頭を預けると深く息を吐いた。頭は混乱しているが、錯乱はしていない。
自分は生きていて、目の前にクリスがいる。それだけだ。
「隊長…俺は、」
言いかけて咳払いする。
大丈夫か、とまた頭にクリスの手の温もりを感じた。
「俺は生きてたんですね…どうやって――」
一瞬逡巡した間があって、クリスは話し始めた。
「誰かが、お前にワクチンを打って、腕を切断した。その手当をして、脱出ポッドに乗せて脱出させた」
言われて思い出した。
意識を失う前、目の前に誰かがいたような気がする。男か女かもわからない。そいつが――?
思い出そうとした途端、鈍い頭痛がした。思わず頭を抱えると、クリスが「もういいから休め」と言って、ベッドから離れようとして――ふと戻って「医者を呼んでくるからな」と言い置いて病室から出て行った。
小さい子供みたいだな、俺、とピアーズは笑うと目を閉じた。そして、再び眠りに落ちた。

ピアーズの意識が戻ってからの半年はリハビリを兼ねたウィルスに対する検査で病院から出ることはできなかった。体のいい軟禁状態で、ピアーズ自身がCウィルスを完全に制御していることを確認するまでそれは続いた。その間に身体の方は完全に癒えた。
クリスは日課のようになっていた病院通いをやめることなく続けていて、ピアーズには「別に毎日来なくていいですよ」と言われていたが、足は自然と向かっていた。
彼の処遇についてはBSAA内で決定が下されていて、右腕を失ったことで戦線復帰は無理だが内勤に転向という形でBSAAに残れることになっていた。全世界を巻き込んだバイオテロを事前に防いだという事実は高く評価され、合衆国からのウィルス保菌者としての身柄引き受けの打診にもBSAAは首を縦に振らなかった。結局、ウィルスに関しての研究と検査はピアーズのためという範疇で続けられるが、その報告は惜しみなく合衆国にもする、ということで折り合いがついたらしい。

「そうなんですか」
ピアーズはベッドに背を預けて座ったまま頷いた。
「BSAAに残れてよかったです。どこの部署になるんですかね?」
クリスはそう聞いてきたピアーズに対してかすかな違和感を感じた。最近、ふとした拍子に感じる漠然とした違和感。 「希望は聞いてもらえるだろう。来週には退院だ」
そう言ってクリスはピアーズの頭をわしわしと撫ぜた。
「そういえば、シェリーが見舞いに来てくれましたよ」
「らしいな。俺のところにも連絡があった」
「随分気にしてました。あの時に置いて行ったこと…俺の右腕のことも」
ふと表情が陰って暗くなる。先ほどの違和感がまた蘇った。
「おい、大丈夫か?」
クリスはたまらず聞いた。その瞬間、微笑みを浮かべてピアーズは「大丈夫ですよ」と答えた。その顔を見てクリスは違和感の正体を悟った。

――何でそんな無理して笑う?

生き残ったが右腕を失った。BSAAには残れるが戦線復帰は無理だ。
今までの生活とは180度変わる。それに対しての不満とか不安をこいつは口に出したか?――否、聞いたことない。
いつでも「そうですか」と受け入れ、何の不満も口出さない。本当にそうか?

「おい、ピアーズ。退院した後はどうするんだ?実家に帰るのか?」
今までは一人暮らしだったはずだ。腕のことも考えて、しばらくは実家から職場に通う方がいいだろう。
「いえ、実家へは帰らないです」
そう言ったピアーズの顔はわかりやすく曇った。それでクリスも思い当たる。
「来たのか?」
「ええ、父が。BSAAになんか入るからこんなことになるんだと言われました」
何とも言えずに黙っていると、ピアーズは笑った。
「もう実家との和解は半分諦めてますよ。だから退院しても前の家に帰るだけです」
クリスは反射で思わず言った。
「だったらウチに来いよ」

ピアーズは目を瞠ってクリスを見た。
今なんて?
「隊長?なんて…」
「一緒に暮らすか、と聞いたんだ」
クリスはピアーズを真っ直ぐに見ながら繰り返した。
「任務で家を空けることも多いとは思うけどな。できるだけ一緒にいれるようにする」
ピアーズはよく回らない頭で必死に考えた。何を言われてるのかよくわからない。
一緒に暮らす?何で?何でそうなる?
「今のお前を一人にするのは不安だ。しばらくでいい。生活に慣れるまで」

ああ、そういうことか――俺の日常生活を心配してのこと。

妙にガッカリしている自分に苦笑いしながら、「別に心配いりません」と突っぱねた。
「ダメだ。しばらくでいいから」
尚も食い下がるクリスにピアーズは苛立った。
「隊長、そんなに俺に気を遣わなくていい。あんたを助けたのは俺の勝手なんだ。恩に着る必要なんか全くないから――」
「だったら俺がお前を助けるのも俺の勝手だ。本当は戦線復帰したかったはずだ。何でそんな妙にいい子ちゃんになってる?俺のせいだろ。俺のせいで…」
「違う!」
ピアーズは思わず怒鳴り返した。
意識が戻ってからずっと考えていたことを思い出す。
生きていたことに素直な喜びはない。右腕を失って、一体これからどうすればいいのか。
もう銃も握れない。戦線復帰など望むべくもなく――ああ、ウィルスがこれからどうこの身体に影響を及ぼすのかもわからない。もしかしたら、これからまたバケモノの変異するのかもしれない。そう思うと生きていたことに安堵などできない。苦行がこれからも続くだけじゃないのか。あのまま死んでいればよかった。そう思うことさえあった。
「あんたのせいだなんて考えたこともない」
「事実だろう?俺がお前の将来を奪った。スナイパーとしての有望な将来をな」
「俺は!スナイパーとか関係ない!ただあんたと肩を並べて同じ場所に立っていたかっただけなんだ。ただそれだけで――」
「俺は二度もお前を失うのは嫌だ。お前が見つかるまでの半月、俺は抜け殻だったよ。あんな思いは二度とご免だ」
目を見開いてピアーズはクリスを見た。真剣な顔でこちらを見返す視線とぶつかって思わず顔を逸らした。
――死んでいたらよかったのに、と思ったことまで筒抜けか。だが…
「もう何のために生きればいいのか――」
不意に涙が零れた。意識が戻ってから初めて吐いた弱音だった。しかもよりによってこの人に――
「俺のために生きればいいだろ」
平然とそう言ってのけたクリスにピアーズは苦笑する。
――あんたって人は全く――
「俺の人生丸ごと背負う気ですか?一生?」
「お前は俺を命を懸けて助けてくれたんだ。当たり前だろ。それにお前なんか軽いもんだ」
「クリス、そういうセリフは女に言うもんですよ」
そう言うとクリスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「大事なもんに女も男もあるか。お前は俺に右腕をくれたんだ。だから俺はお前に」

――俺をやるよ

音にならない声を聞いた気がして、ピアーズは久しぶりに晴れやかな気分で笑った。

――右腕の代償としては充分かもしれないな。


BACK - INDEX - NEXT