バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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右腕の代償 <1>
声が聞こえる。必死に俺を呼び止める声。
――Stay with me.
誰だ?なぜ、そんなに必死に俺を呼ぶ?
右腕が蠢いて更なる変異を起こしかけている。
俺はもう無理だから。必死に自分の中のバケモノの自我と闘った。覆い尽くされそうになりながらも、自分を失わずに済んだのは、彼のお蔭だ。彼さえ――クリスさえ助かればそれでいい。

――彼は、BSAAに必要な――人だから。

右腕に違和感を感じて錘を持ち上げるようにして瞼を押し上げる。
目の前にぼんやり人影が見えた。首にちくりと痛みが走り、次の瞬間、右腕に凄まじい痛みが走った。
悲鳴が喉から迸る。咆哮のように。

ピアーズはそのまま暗闇に落ちるような感覚に襲われ、耳に届いた声を理解する間もなく意識を失った。

――生きなさい。あなたも必要だから――



**********

「クリス!」
遠くで呼ぶ声がして、クリスは訓練を中断した。
BSAAでは出動命令が出ていない待機中は決められた訓練をこなさなければならない。
クリスは教官としてその訓練を統括する立場にいるが、自らも参加して若手と一緒に汗を流す。以前からそうだったが、最近はむしろ何かを忘れようとするがの如く、訓練にのめり込んでいた。
理由は隊員全員が知るところなので、その鬼気迫る迫力に何も言えずにいた。
「何だ?」
同僚である他チームの隊長が血相を変えていたので、よほどのことかと駆け付ける。
「ピアーズが…!」

ネオアンブレラの海底基地でピアーズが殉職してから半月。
クリスがピアーズを連れて帰れなかったことに自責の念を抱いているのは誰の目にも明らかで、事実、クリスは託されたBSAAのワッペンを見ると激しい罪悪感と共にそれ以上の喪失感を感じていた。
今まで嫌というほど仲間を喪ってきた。目を閉じれば脳裏に浮かぶ顔――一瞬たりとも忘れることなどない。チームを率いるようになってからは部下を喪うことは自分自身の一部をもがれるのと同じだとも思い知った。だが――
ピアーズを喪って、クリスは今までとは違う喪失感を味わっていた。ジルの生死がわからない時でさえ、これほどの喪失感はなかった。何も手につかない、何もしたくない。許されるのであれば後を追いたいくらいだった。そんなことを考える自分自身にも驚いた。他の死んでいった仲間とピアーズがなぜこうも違うのか。理由は自分にもわからないままクリスはBSAAでの活動にのめり込んだ。それがピアーズとの約束だったからだ。彼に助けられた命を、彼を喪った悲しみで無駄にはしない――決して、彼の死を無駄にはしない。その意思だけでクリスはここに立っている。

しかし――

クリスは必死に走った。
訓練所から車を飛ばし、軍の病院に向かった。
はやる気持ちを抑えて、病院の白い廊下を早足で歩く。
教えられた病室の前に立つとノックをするのも忘れてドアを開け放った。

「ピアーズ!」

驚いたようにこちらを向いた医師が「しっ」と唇に指を立てた。
クリスは額から汗が流れ落ちるのも構わず、肩で息をしながらベッドに近寄った。
そこには半月前に海底に沈んだはずのピアーズの姿があった。眠っているのか、目を閉じている。
クリスは信じられない思いで顔を近付けた――息をしているか心配になって。
――本当に生きてるのか?死体が見つかったんじゃないよな?
間近で見たピアーズはシーツで隠れた胸がゆっくり上下していて、生きていることを知らしめる。
安堵の息を吐いたクリスはふと肩に目をやり、そっとシーツをめくった。ピアーズの右肩から先がないのを見て目を瞠る。
呆然としているクリスの肩を傍らの医師がそっと叩いた。

海底基地が爆破されてピアーズの生存も絶望視される中、海底に浮かぶ脱出ポッドがもうひとつ見つかった。
そこにはピアーズが乗っていたが、右肩から下が切断されており、止血のための手当ても終わっていた。かと言って楽観できる状態ではなく、いわゆる瀕死だった。出血多量で死んでもおかしくない状態だったが、発見が早かったため一 命を取り留めた。
クリスの報告で強化C−ウィルスを打ったことはわかっていたが、どうやらワクチンも打たれていたらしく、変異は既に止まっており、腕以外には特に変わったところはなかった。多分、腕の変異は戻らなかったため、切断したのだろうと研究者は推測した。
つまり、この怪我の手当てをした誰かは、ピアーズにワクチンを打って変異した腕を切断、その出血の手当てをした後、脱出ポッドに乗せて基地を脱出――ただ、それが誰なのかは不明のままだった。
そして、救出されたピアーズは一命を取り留めたが未だ目覚めないままだが、状況の分析が一通り終わったため、クリスを始めとするBSAAの隊員にもその生存が公開された――という経緯をクリスは病室の外で聞いた。

「じゃあ、ウィルスの後遺症とかはないのか?」
クリスは信じられない想いで呟いた。生きていたことに比べれば些細なことだが、何か聞かずにはいられなかった。
「それはこれからの検査でわかるだろう。今のところはなさそうだが。変異が拡がる前に切断したのがよかったのかもしれない」
「それは誰が?」
医師は首を振る。わからない、ということだろう。
「いつ目が覚めるんだ?」
「それもわからない。でも近い内だと思うよ」
「また来ても問題はないな?」
医師は頷く。
「もちろんだ。できれば話しかけたりした方が刺激になって早く目が覚めるかもしれない」


それからクリスはほぼ毎日、ピアーズの病室に通い詰めた。
傍らの椅子に腰かけて、ピアーズに話しかける日々。
――あの時のお前はおかしかったな、あの作戦は無茶だったろ、お前をスカウトした時のこと覚えてるか。
そんなたわいもない話をクリスは聞いてるかどうかもわからないピアーズにし続けた。
それがクリスの日課になった頃――季節は夏になっていた。



**********

ずっと夢を見ていたような気がする――隊長の夢を。

隊長と初めて会ったのは――四年前になるか。22か23歳の頃だった。
「BSAAで一緒にバイオテロと闘わないか」
そう言われた。戦闘能力だけが上がって、戦う意義が見つけられなくてもがいていた頃だ。
士官学校に入ったのも軍人家系だったからだ。敷かれたレールの上を走る電車のように卒業後は陸軍に入隊。与えられた任務をこなして、戦争という名の人殺し。政治が絡んだゲームのようだと思った。

一体、誰のために戦うのか。

その問いに答えをくれたのがクリスだった。
クリスは自身の経験を糧にし、バイオテロという終わりのない戦いに身を投じていた。
明確な意思。揺るぎのない信念。どれも自分にはないもので、ひどく眩しく映った。

その後、家族の反対を押し切って陸軍特殊部隊を辞め、BSAAに入隊した。
家族とのその時の禍根は未だ解決できていない。
昔気質の祖父は陸軍特殊部隊配属という栄誉を捨てて、出来てまだ間もないBSAAなどという組織に鞍替えすることにひどく憤っていた。祖父がそう言えば父も、父がそうなら母も、という具合に家族全員が反対していた。だが、もうレー ルの上を走ることにも疑問を感じていたピアーズにとって、その反対も逆効果でしかなかった。ほとんど家を出る勢いだった。

自分の狙撃能力が買われてることは知っていたので、それを伸ばす努力は惜しまなかった。
BSAAの仲間は皆気さくで、リーダーであるクリスが隊員たちを「家族」と呼び、決して部下の意見も疎かには扱わず尊重するため、隊内の雰囲気は終始和やかだった。厳しいところは厳しかったが、文句も出なかったのはやはりクリスの人徳のお蔭だったのだろう。クリスを皆が尊敬していた。傾倒していたと言ってもいい。

――そんなクリスが行方不明になった。
探し当てた時には胸が躍ったが、その姿はかつての彼からは想像もつかなかった。
だが、不思議と幻滅はしなかった。
今の自分と同じくらいの年齢の頃から10年以上、仲間を喪い、色んなものを犠牲にしながらバイオテロと戦ってきたのだ。きっと自分の想像を絶するような壮絶な人生だったんだろう。もっと早くこうなってもおかしくはない。クリスだからこそ、ここまでもったんだろう。そうは思っても――やっぱりあんたは必要なんだ。
どんなクリス・レッドフィールドでも俺はついて行く。絶対に見捨てない。あんたが俺をこの世界に引っ張り込んだんだ。俺が一人前になるまで面倒みてもらう。まるでプロポーズみたいだよな、と自嘲する。どこまでもついて行く、なんて。

その後のことを考えると頭が痛くなる。
大規模なテロが発生。クリスと再びチームを結成して任務を遂行。
最後にあのハロスとかいうデカブツと対峙して――クリスが死ぬかもという絶望的な焦燥感は忘れられない。絶対に死なせない、その一心だった。それがどこから来る感情なのかも考える暇もない。
気付くと右腕が熱を持ったみたいに熱かった。腕に心臓ができたかのようにドクドクしていたのを覚えている。
クリスを無事に海上に還す、それだけを心の支えにして頭の中に覆いかぶさる影に抵抗した。自分を見失えばクリスを襲うかもしれない。それだけは避けなければ――そして、脱出ポッドに彼を押し込んで海中に放した時、自分の役目が終わったことに安堵した。海中にハオスが浮かんでるのが見えて、最後の力を振り絞って電撃を放出した後――俺はどうなった?誰かが――何かを――右腕が――


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