バイ/オハザード6の二次小説を書いてます。
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紙切れ一枚の効用 <1>
夢を見た。
硝煙臭い中、ジェイクは走る。銃弾を確認する余裕もない。だがそろそろ切れることは頭の中で常に数えてるのでわかっている。切れる前にここを抜け出さないと――焦燥感が込み上げる。
盾にしている遮蔽物から向こう側を窺う。途端に銃声がして頭を引っ込めると同時にそちらに向かって一発見舞う。

仲間――同じ部隊にいた奴の死体が転がってるのが見えた。

(残ってる奴はいねぇのか?)

この窮地をどう脱するか――


「…イク」
何だよ、うるせぇな。
「ジェ――」
肩に何かが触れる感触がして、ジェイクは反射でそれを掴んだ。そのまま引き倒すと悲鳴が聞こえた。
その声に意識が完全に覚醒する。気付くとシェリーを組み敷いて、彼女の細い首に手をかけていた。見開いた目がこちらを見返している。
「わり…寝ぼけた」
ジェイクが慌ててシェリーの上からどくと、シェリーが自分の首を触りながら起き上った。
「大丈夫?うなされてたわよ」
「ああ…たまに夢に見る」
額を触ると汗をかいてるのか、じっとり濡れていた。
「何の夢?」
気遣わしげに聞くシェリーに笑い返した。
「何の夢でもねぇ。戦場で追い詰められる夢だ。傭兵稼業にはつきもんだ。お前の隣で寝てる時は大抵見ないんだけど…」
ジェイクはシェリーの首をそっと触る。
「痛かったか?」
「びっくりはしたけど…大丈夫」
「俺が寝てる時はあんま触んな。条件反射だから自分じゃどうしようもねぇ」
シェリーは頷きながらふと気づいたように呟いた。
「…だから?だからいつも私より先に起きてるの?」
虚を突かれたように黙り込んだジェイクは困ったように笑った。
(普段は鈍いくせにこういうところは妙に鋭いよな、コイツ)
「いや、もともと眠りが浅いからな俺は」
それでも誤魔化せるなら誤魔化して、気を遣わせたくはない。
ベッドから立ち上がると、シェリーの頭をわしわしと撫ぜながら口調を変えて言った。
「さて、と。いい匂いもしてるし、シェリーが朝メシ作ったんだろ?食おうぜ」
「パン焼いただけよ」
「腹減ったから何でもいいぜ。そういえばお前の料理って食ったことねぇな」
ぐっと詰まるように黙ったシェリーを見てジェイクは笑った。
ジェイクの家に来た時は1日か長くて2日あるかないかだから、大抵外食になる。料理云々について彼女と話したことはないが、今の反応を見ると腕は聞かなくてもわかった。
「何だよ、したことねぇのか?」
「ジェイクは?」
質問に質問に答えてる時点で語るに落ちてるぞ、お前。
そう思いながらテーブルについて、シェリーの焼いたパンを頬張る。
「俺の料理はうめぇぞ。昔からしてっからな。お袋もうまっかったしよ」
「え!?そうなの?」
びっくりしたように聞き返したシェリーに頷く。
「今晩は俺が作ってやるよ」
「あ、今日はダメなの」
何かあんのか?と目線で聞くと、シェリーは意外なことを言い出した。

「今日はパーティーに招待されてるの」


ジェイクがアメリカに滞在して3日目。
ワクチン精製の検査の合間に色んな予定が組まれているらしく、その最たるものが今夜開かれるパーティーで、主催はシェリーが所属するDOSらしいが、実際仕切っているのはFOSだという話だった。
2年前の惨劇を救った立役者として是非出席してほしいと打診されたらしく、本人の了承を得る間もなく出席することになっていて、アメリカに来た当初、ロイのことでゴタゴタしていたのですっかり伝えるのを忘れていた経緯をシェリーがジェイクに説明した。
というか、本人の了承なしに出席することになってるってどういうことだよ?

「んなとこに出るのは嫌だぜ、俺は」
「服も全部用意してくれるらしいし、お願い」
「何着るか知らねぇけど、そんなかったるい格好できっかよ」
頑なに嫌がるジェイクをシェリーは必死で説得した。
「大丈夫よ!ジェイクは何着ても似合うから!上背あってカッコイイし、きっとスーツも似合う!女の子がいっぱい寄って来るわよ」
「…お前な」
あまりの適当な言い草に呆れたように頭を抱えるジェイクに身を乗り出してシェリーが手を合わせる。
「私も一緒に行くことになってるから、お願い!」
ジェイクはチラとシェリーを見ながら聞いた。
「お前は何着んだ?」
「え?ドレスを用意してくれるって言ってたけど…」
「俺がエスコート?」
「そう!ジェイクが行ってくれなきゃ、私一人になっちゃう」
シェリーはとにかく藁にもすがる思いでジェイクの言葉に飛びつく。
「俺がそれに出たら何かいいことあるか?」
「ええ?ご馳走食べれるわよ?」
ジェイクが口の端が上がるのを自覚しながら、テーブルから身を乗り出した。
「俺がパーティーに出たら、その後は俺の言うこと何でも聞く?」
シェリーは眉間に皺を寄せて身体を引いた。
「なに?何させる気?」
ジェイクは笑いたくなった。ちょっとは賢くなったんだな。以前なら「いいわよ、じゃあ出てくれる?」と何も考えずに二つ返事でOKしてた筈だ。それとも俺の顔がわかりやすいのか?
「それは秘密。お楽しみってヤツだ。お前がうんって言ったら出てもいいぜ。ダメなら諦めな」
「ちょ…!それってひどくない?二択じゃないじゃない」
「ちゃんと二択だろ。拒否する権利はあるんだから」
「パーティーに出ない選択はないんだから、選択の余地ないじゃない!」
「それはお前の都合だろ。俺には関係ないね」
ジェイクは椅子の背もたれにもたれて腕を組んで、横を向く。しばらく疑わしげにこちらを凝視していたシェリーが「変なことじゃない?」と聞いてきた。疑い深くなったもんだ。俺の日頃の行いのせいか?
「さぁね」
わざと素っ気なく答えると、シェリーは考え込むように俯いて、勢いよく顔を上げた。
「わかったわ。私も頑張るから、ジェイクもパーティーのスピーチ頑張ってね!」
「オイ、待てコラ!スピーチって何だ!?聞いてねぇぞ!」
「え?言ってなかった?ジェイクにスピーチしてくれって頼まれてたの。約束したもんね?私がうんって言ったらパーティー出るって」
ニッコリ笑って首を傾げたシェリーにジェイクは脱力した。

(こいつ…覚えてやがれ)



夕方、シェリーの部屋をノックする音が聞こえて、ジェイクはドアを開けた。
開けた途端、ドアを閉めたくなった。それを察知したのか、相手が靴をドアの開いた隙間に突っ込んでくる。
「おっと、迎えに来たんだから締め出さないでよ?」
相変わらず人を食ったような笑顔でドアの前に立ってたのはロイだった。
「あんたも出んのかよ?」
うんざりした口調で聞くジェイクにロイは持って来た服を渡した。
「いや、俺は警備の方。まぁ、あのテロには関係ないしね」
ふぅん、と興味なさそうに呟きながら内心ホッとする。
「まぁ、同じ会場内にはいるけどね」
おかしそうに笑いをかみ殺しながら言うロイを思い切りジェイクは睨みつけると、服を持ってリビングに足音荒く入って行った。それについて来るロイはまだ笑っている。
「つーか何だよ!コレ!?」
ロイが持って来た服を見てジェイクは眩暈がした。
「ん?タキシードだけど?ドレスコードがブラックタイだからね」
「着ねぇぞ!絶対こんなん着ねぇ!!」
テーブルに向かって服を放ると、ロイが頓着なくソファに腰かけた。
「ごめん、それしか持って来てないや。取りに戻る暇もないし、我慢して?」
「行かねぇよ!こんなん着るくらいなら行か…」
「あー無理無理。行かない選択肢ないから。行かなかったらシェリーが困るよ?多分、すっごい恥かくよ」
被せるように言い放ったロイを睨むと、ジェイクは舌打ちした。シェリーを出すところが悪辣でイラつく。
「まぁ、いいんじゃない?練習だと思いなよ?」
「はぁ?」
「結婚式の練習。あれも新郎はタキシードだろ?」
虚を突かれて黙ったジェイクを尻目にロイは天井を仰ぐ。
「あー、俺がこんなこと言うなんて、ホント有り得ないよ。でもまぁ、仕方ないよね」
ジェイクは黙ったままロイを見つめて、おもむろに服を脱ぎ始めた。どうせ抵抗しても無駄なんだろう。シェリーはもう会場に向かってるし、恥をかく、と聞いて行かないことはジェイクにはできない。
ノリの効いた白いシャツに手を通し、淡々と準備を進める。サイズは誂えたようにピッタリだった。
全部着終える頃には、あまりの恥ずかしさに顔も上げれないでいると――
いきなりロイは手を叩いた。
「いやぁ、映えるねぇ。いいよ、いいよ。背も高いから似合う。シェリーも惚れ直すね。さ、行こうか」
どこまで本気かわからないような口調で言うと、先に立って歩き出した。仕方なくジェイクもついて行く。
「つーか、何でシェリーと別々に行くんだよ?」
先を歩くロイは目線だけ寄越して口を開く。
「女性には色々準備ってものがあるんだよ。女性の準備は長いよ?会場でそれ待つ?色々話しかけられるのを適切にあしらいながら?」
言外にシェリーの気遣いだと言われてまた面白くない。
外に出て運転席に乗り込むロイの反対側から、ジェイクは助手席のドアを自分で開けた。
「あ、違う違う、後ろ乗って。一応、君、来賓だから。俺は運転手ね」
一応、という言葉が引っかかりながらも黙って言う通りにする。
後部座席に乗り込むとバックミラー越しにロイと目が合った。笑顔でこちらを見ている。
「何だよ?」
憮然として聞くと「いやぁ」とか言いながらロイは車をスタートさせる。
「何かいいよね、君。当たり前みたいに横に乗ろうとするとことか。相手は俺なのにね?」
「何ワケわかんねぇこと言ってんだ!」
「いやいや、シェリーは君のどういうところが好きなのかなぁと思ってたんだけど…」
「ほっとけ!」
「何となくわかるかなぁ」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ」
「何で気持ち悪いの、君はホントに言葉の選び方下手だよね。口で失敗するよ?シェリーに会場で会ったらちゃんと言うべきことを言うんだよ?」
「はぁ?」
バックミラー越しに目だけで笑ってることが想像つく。
「すごく綺麗だよ。こんなに綺麗な君をエスコートできて僕は幸せだな」
作り声で言う奴に鳥肌が立った。思わず後ろから奴の席を蹴る。
「んなこと言えるかっ!」
「えー、基本じゃない。女性は褒めないとダメだよ?」
「うるせぇ!もう黙ってろ!!」
「せっかくアドバイスしてんのに。まぁ、いいや。シェリーは化けるよ、覚悟しときなね?」
「はぁ?」
意味不明な意味深な言葉を吐いて、ロイはそれ以降は黙ったまま運転した。

30分ほど走って目的地に着くと、ロイは車を正面に回した。
ジェイクが降りると「じゃあね」と軽く手を振って車をスタートさせた。車を置きに行くんだろう。それを見送ったジェイクの背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「ジェイク!」
弾んだ声に振り返ってみて、ジェイクは固まった。

――シェリーは化けるよ、覚悟しときなね?
――シェリーに会ったらちゃんと言うべきことを――

先ほどのロイの言葉が瞬時に頭の中をグルグル回った。
駆け寄ってくるシェリーがスローモーションに見えて、周りの雑音が一切消えた。
慣れないヒールで走ったからか、シェリーの身体がぐらついた。それでジェイクは慌てて自分も駆け寄って身体を支える。
手を握りながら見上げてくるシェリーの唇はいつもはない色が光って艶めいていた。照れながらはにかむシェリーのブロンドの髪も綺麗に整えられていた。いつもは髪に半分隠れている耳も全部見えていて、高そうな淡い色のピアスが揺れていた。
「ジェイク?」
呼ばれて気づいた。さぞ間抜け面でシェリーを見つめていたんだろう。周りの雑音が一気に戻ってくる。
シェリーに見惚れた――まさにその言葉通りで、褒める言葉なんか口から出す余裕もない。肩を抱いて入口に向かおうとして、その肩が素肌だと気づいた。ドレスは肩を出すタイプで背中も結構露わになっている。今さらそれに気づいた自分に舌打ちした。
「寒くないのか?」
ストレートに言わないとわからないシェリー相手にそんな遠まわしに言っても通じないのはわかっていたが、案の定言葉通りに受け取ったようだ。
「会場の中は暑いくらいよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
「あ、でも外に行く用にショールもあるわよ」
「じゃあ、それをつけとけ!」
勢い込んで言うとこちらを見上げた。顔に「何で?」と書いてあって眩暈がする。
「でも会場の中だと暑い…」
言いかけたシェリーの言葉に被せて「それでもつけとけ」と言うと、首を傾げながら「うん」と頷いて、素直に持っていた透けた薄い布を肩にはおった。
ロイの言葉がまた脳裏をよぎる。ちゃんと言うべきことを言え。何て言えばいいのか、頭ではわかってるのに音になって口から出てこない。
どんな顔してそんなセリフ――そう思うと自然に顔も仏頂面になる。なるべくシェリーの方を見ないようにしながら肩を抱いて足早に歩いて、「ジェイク、早い…」とヒールのシェリーに腕を引かれて慌てて速度を落とす。
「あ、わり…」
中に入るとシェリーの言う通り、結構暖かかった。廊下を抜けて、会場のドアの前まで来ると、シェリーがジェイクの腕に腕を絡めて、こちらを見上げた。
「ジェイクのそんな恰好、初めて見たけど、やっぱりカッコイイわよ。背も高いし、あの、見惚れちゃう」
照れながら頬を染めて言われて、ジェイクはまともにシェリーの顔も見れずに「サンキュ」と早口に言った。
結局、お前も綺麗だ、見違えた、なんてセリフは言えそうになかった。


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