バイ/オハザード6の二次小説を書いてます。
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紙切れ一枚の効用 <2>
シェリーは上目遣いに隣のジェイクを窺うと、そっとため息をついた。
自分の姿を見下ろして、やっぱり変だったかな、と気分が重くなる。
最初、このドレスを見た時、絶対無理!と思ったけれど、係の人が「似合いますよ、お綺麗ですよ」と満更お世辞でもない感じで推すので、乗せられてしまった。
チューブトップで肩も背中も見える露出度の高さにまず慄いた。色も淡いピンクでどちらかというと白っぽい印象が強い光沢のある生地にスカート部分はオーガンジー素材があしらわれたシンプルなロングドレスだったが、それほど背も高くない自分が着て似合うのか――そう思ったが、ジェイクもタキシードを着るというし、他のミニスカート丈のドレスは勇気が出なくて、思い切ってこれに決めた。
高そうなアクセサリーを借りて、ショールも手渡され、会場内ですれ違う顔見知りの人に「綺麗だね」と言われて少し自信がついた頃、ジェイクが到着したと聞いて急いで迎えに行ってみると、タキシード姿の男性が目に入った。
すらりとした後姿に名前を呼んだ。振り返った彼は初めて着たとは思えないほどタキシードが似合っていて、途端に自分の格好が心配になった。ジェイクはちゃんと綺麗って思ってくれるかしら。その不安が的中したように、ジェイクは目を真ん丸にしてこちらを凝視した後、目も合わせてくれない。終始違う方を向いて話しかけても視線がこちらに向くことはなく、心なしか機嫌も悪い。
パーティーに無理やり出てもらったから機嫌が悪いのか、それとも他に理由があるのか、シェリーにはわからなかった。

パーティーが始まってもジェイクは相変わらずで、他の人に話しかけられればにこやかに話すくせに、シェリーが話しかけても素っ気ない返答で目を合わせようとすらしない。その割に少しでも離れようとすれば腰を抱いて引き寄せるし、訳がわからない。
「ジェイク、ちょっと私、お化粧室行ってくるわね」
そう言い置いて離れようとすると、ためらう間があって「すぐ戻ってこいよ」と言われた。子供みたいね、私。
会場を出てトイレに行って戻ると、ジェイクの姿が見えなかった。
どこに行ったんだろうと目で探すと、テラスに姿が見えた。そちらに歩いて行く内にジェイクの顔が見えて足が止まった。
とても楽しそうに女性と話をしていた。誰かはわからないが、赤いドレスが映えて後姿の綺麗な人だった。髪も長くて綺麗に巻いている。きっと顔も綺麗だな、と思わせる後姿だった。
見ている内に別の女性がジェイクに話しかけるのが見えた。それにも笑顔で答えた彼はあっという間に女性たちに囲まれた。
シェリーは自分の足元が崩れる感覚に襲われ、踵を返して来た道を戻った。
頭の中がグチャグチャになって、真っ白だった。それでもひとつの事実を目の前に突き付けられた気分だった。

――私にはジェイクしかいないけど、ジェイクはそうじゃない。

初めて結ばれた時、彼は感染の危険を冒してシェリーの手を取ってくれた。シェリーはそれに安心していたけれど、本当はジェイクは誰でも選べる――シェリーと違って。
自分よりもっと綺麗で頭のいい、自分のようにスーパーパワーなんてない普通の女の人を彼は選び放題なのだ。
だって彼は背が高くてカッコよくて、強くて、優しい。女の人たちだって、彼をほっておくはずない。今のように。
もし誰かが本気でジェイクを好きになったら、シェリーなんかよりずっと大人で綺麗で普通の女の人だったら――自分の身体の負い目が今になってシェリーを臆病にする。
私なんかより、そんな思考が頭から離れない。もし本当に彼が他の誰かを選んだら――

「シェリー!」

呼ばれると同時に腕を掴まれた。
振り返るとロイが立っていた。
「どこ行くんだ?」
言われて気づいた。もう外に出てしまったようで、周りは暗闇だった。
「あ…の、違うの」
うまい言い訳も見つからず俯くと、ロイは耳元に手をやって「悪い、ちょっと抜けるからフォローして。後で合流する」と言うと、シェリーの手を引いて歩き出した。
「あの、警備中なんでしょ?いいの、私のことは…」
言いかけたシェリーにロイは微笑んだ。
「そんな恰好で外は寒いよ」
中に入っても会場には向かわず、ロビーの椅子にシェリーを座らせると、自分も隣に腰かけた。
「で?何があったの?ジェイクは?」
ジェイク、と聞いてシェリーの身体がこわばった。聡いロイはそれに気づいたようだ。
「ジェイクと何かあったの?」
「…別に何も」
言うのは憚れて言葉を濁していると、ロイは盛大に溜息をついた。
「勘弁してよ。それで何もないとか信じられる?ジェイクと喧嘩したの?」
シェリーは首を振った。自然に目線が下がる。
「…いいのかな、と思って」
「え?」
「ジェイクは私でいいのかな、って…」
「うん?どういうこと?」
「私より綺麗で普通の女の人とか、ジェイクは選び放題じゃない?何も私じゃなくても――」
言いかけた言葉をロイは手を挙げて遮る。眉間に皺を寄せて額に手を当てている。
「ほんっとに君の彼氏は肝心なところで詰めが甘いな。君のためなら自分の命を捨てる覚悟もあるのに、な」
「だからそれが錯覚だったら…」
「あー、それ疑っちゃう?それはさすがに彼が可哀相だなぁ」
またも大げさに溜息をつかれて、シェリーは首を竦める。
「だって…」
「何をそんなに卑屈になってんのか知らないけど、Gウィルスへの感染を賭けて君を手に入れた彼の気持ちを錯覚だと、他でもない君が疑うのはちょっと頂けないな」
ロイは優しい口調で的確にシェリーの痛いところを突いた。
だって、と逃げるのも許さない鋭いまなざしで射られる。たまらず俯くと涙が零れそうになった。
「君は自信を持っていいよ。今夜も綺麗だよ。見違えた。自分より、とか考える必要はないよ」
一転して本当に優しい口調になったロイに「でもジェイクはそうは思わないみたい」とやはり出る言葉は卑屈だ。
「目も合わせてくれないわ。似合うとも綺麗とも言ってくれなかった…」
吹き出したロイにびっくりしてシェリーは言葉を切った。
「な、何?」
腹を抱える勢いで笑うロイに思わず聞いた。
「いや、君の彼氏は本当に馬鹿だなぁと思ってね」
意味が分からず首を傾げるシェリーにロイは後ろに視線を投げて立ち上がった。
「聞いたらいいよ。君は鈍感なんだから、わからないことは聞いた方がすれ違わなくて済む」
見上げた先にはやっぱり柔らかい笑顔があって、その視線の先には――

「ジェイク!?」

すごい形相でこちらに向かって来る彼を見ながら、ロイが耳元の無線で「今から合流する」と連絡を取っているのが聞こえた。
「ごめん、もう行かなきゃ。じゃあね」
手を振ってジェイクの方へ歩いて行ったロイは、ジェイクとすれ違いざま何か耳打ちした。途端にジェイクがロイを睨みつける。うるせぇ、と唇が動くのが見えた。
そのままシェリーの方へ大股に歩いて来たジェイクは、不機嫌を通り越して怒っているように見えた。
「何やってんだよ?」
声にも棘が含まれていてシェリーは竦んだ。
「早く戻って来いって言ったろ。もう俺のスピーチも済んだぞ。帰っていいらしいから、帰るぞ」
「え?でも――」
「こんな堅苦しいとこにいられるか。お前のために愛想ふりまいてたけど、もう限界だ」
肩を抱かれて出口に向かうジェイクにつられて歩き出したシェリーは、今の言葉を反芻した。

私のため?

「お前にそんなカッコでウロウロされたら気になってしょうがねぇし。なのになかなか戻ってこないしよ。探しに行こうにも何か色んな奴に捕まるし、さんざんだったぜ」
「ええ?私の格好がそんなに変?」
先ほどの思考が思い出されて声が暗くなる。ジェイクが虚を突かれたように黙った。
「あの…私の格好が変なの?」
たまらずもう一度聞くと、ジェイクはシェリーを見てから頭を掻きながらそっぽを向く。
その態度を不安に思いながらシェリーはそのまま続ける。
「さっき…女の人と喋ってたでしょ?ジェイクがもし、私じゃなくて、他の人がいいなら…」
「はぁ?ちょっと待て!何でそんな話になる!?」
「だって、楽しそうに話してたわ。それで思い出したの。私にはジェイクしかいないけど、ジェイクは私じゃなくても、もっと綺麗で頭のいい普通の女性がいいんじゃないかって――」
ジェイクはシェリーの腕を掴むとロビーを横切って会場とは反対側の部屋へ入った。控室のような小さな部屋だった。
シェリーをそのまま閉めた扉に押し付けると頭の両側に手をついて顔を近付けた。
「何言ってんだ、お前」
額と額がくっつくほど近くから低く呟かれた。
「だって!楽しそうに話してたじゃない!ジェイクは優しいしカッコイイし、きっと女の子たちもほっとかないわ。私じゃなくても、これから先もっと他に――」
「俺の気持ちを疑うのか?俺が他の女に言い寄られたらお前を捨てるかもって?その程度の気持ちで付き合ってると思ってんのか?」
「だって!嫌なの!ジェイクが他の女の人と楽しそうに喋ってるのを見るのが嫌だったの!」
思わず叫んだシェリーは口元を手で押さえた。そして俯く。その拍子に涙が足元に落ちた。
きっとジェイクは呆れる。こんな嫉妬深い、醜い感情を曝け出したシェリーをきっと持て余す。自分でさえこんな醜い感情が自分の中にあったなんて驚いた。どんなに綺麗事を並べてみたって、言いたいことは同じだ。
ジェイクへの独占欲――
「ごめ…もういい」
たまらなくなってジェイクの腕からすり抜けようとしたら顔を挟まれて上を向かされた。
「妬いたのか?」
素で驚いたように聞かれて目線が下がる。
「俺が他の女と喋ってんのが嫌だったんだろ?俺がお前とロイの野郎が楽しげに喋ってたらムカつくのと一緒だろ?」 そう言われてシェリーはびっくりした。
「違うわよ!私は…全部なのよ?ジェイクが知らない女の人に笑顔を向けたらそれだけで嫌なのよ!?見せないで、見ないで、私だけのジェイクなんだから、って思うのよ――こんな汚い――」
「おい、コラ」
目尻の涙を指で拭って、ジェイクが笑った。
「どこが汚いんだ。俺だって言ったろ?他の男とは喋るな話すな会話するなって。今日だって綺麗になって見違えた。お前の肩とか背中とか他の奴に見せたくないから早く帰りたかったしな」
シェリーは目を瞬かせた。
「綺麗?」
「ああ、あんまり綺麗過ぎて正視できなかった。俺は口下手だし、あの野郎みたいに歯が浮くようなセリフも言えねぇけど…」
あの野郎、がロイを指していると気づいて、さっきの耳打ちを思い出した。多分、そういうことを言ったんだろう。
「お前程度の嫉妬じゃ俺は何ともねぇ。むしろ俺の方がお前を縛ったら引かれるんじゃねぇか心配だ」
「ええ?」
「数ヶ月に1回じゃなくて、毎日会いたい。離れる時はわざと素っ気なくしないと離せなくなる」
そして、ジェイクはシェリーの耳元に顔を寄せて囁いた。
「部屋に閉じ込めて1日中抱きたい」
シェリーは顔に血が昇るのがわかった。きっと真っ赤になってる。
「お前が望むならいくらでも縛られてやる。紙切れ一枚でも、あれば安心するならいつでもサインするぜ?」
目を覗き込まれて言われた内容に思い当たる。

「プロポーズよ、それ?」

お前が望むなら今すぐにでも、と言いながらジェイクはシェリーにキスした。



**********

「帰って続きをやるか」
「え?」
「言ったろ?パーティーに出たら何でも言うこと聞くって」
言われてシェリーは思い出した。そういえばそんなことを言っていた。
「ちょ、何の続きよ?何させる気?」
ジェイクの顔が何か企んでるようにしか見えなくて逃げたくなった。
「それはお楽しみってヤツだって言ったろ?夜は長いしな。楽しもうぜ」
シェリーの腰を引き寄せ、ジェイクはドアを開けた。


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