バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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Speaking of odds... <3>
空港の到着ロビーに出たジェイクはすぐにシェリーを見つけた。
歩み寄ろうとして、そばに立っている男に気づいた。
優男風の面構えで、ゆるくウェーブがかかったような金髪。背は自分よりも低いがシェリーよりは頭半分は高い。柔和に微笑んでシェリーに話しかけてるのが見える。
渡米にあたってエージェントを一人つけると言われて「別にいらねぇ」と突っぱねたが、シェリーに「決定事項だから」と押し切られた。ということは、あれがそうなんだな、と思いながら歩いて行く内にその男がこちらを見て、シェリーも遅れて振り返る。目が合ったので手を挙げると、微妙な顔をしながら近づいて来た。
(何だ、その顔?)
怪訝に思いつつも「よぉ」と声をかけると一緒にいた男が手を出した。
「初めまして、ミスター・ミューラー。ロイ・リーブスです。こちらに滞在中は一緒に行動することになるけど、よろしく」
「ああ…」
出された手を握ると結構強い力で握り返された。
いてぇな、と眉根を寄せると男がニッコリ笑って手を放す。
「じゃあ、行こうか」
先に立って歩く男に続いてシェリーと並んで歩く。隣を窺うと硬い表情で前を見たままだ。
「どうした?」
小声で聞くとシェリーはこちらを向いた。表情で何が?と答える。
「いや、何か変な顔してるから」
「してないわよ」
ふぅん、と腑に落ちないまま車の後部座席に乗り込むと、シェリーも続けて乗ろうとした。
「シェリーは前に乗って」
運転席に座った男に言われ、シェリーは動きを止める。
「仕事中だろ。保護する相手と一緒に乗ってどうするの」
口調は柔らかだが内容は厳しかった。弾かれたようにシェリーが後ろのドアを閉めて前に乗る。
「別にいいだろ、ボディガードはお宅で、シェリーは違うんだから」
ジェイクが抗議すると、シェリーが「いいの」とこちらを向いて首を振った。
男がジェイクの方へ顔を向けた。やはり笑顔だった。
「上からシェリーの教育も任されててね。まだ新米だから教えられるところは教えてやってくれとね。だから今回は訓練時代に教官をやっていた俺にお鉢が回って来たんだよ」
言われた内容を理解した途端、思わずシェリーを見た。シェリーは慌てて目を逸らすと前を向いた。
ジェイクは後部座席に背を預けると、腕を組んだ。
(こいつがシェリーの言ってた奴か)
以前にシェリーが言ってた――多分シェリーに惚れてる奴。何をどこまで知ってるか知らないが、さっきの「仕事だろ」の一言でジェイクとの関係も知ってることは推して図るべし。
「とりあえず滞在先のホテルに寄るから。昼食後、研究所に行って、多分夜までかかるかな」
「何日かかんだよ?」
「一応一週間と聞いてるけど、今日の検査で詳しくわかるんじゃないかな。空き時間は自由に過ごしてくれて構わないけど、俺も一緒に行動することになってるから」
「何で?自分の身は自分で守れるし、っつーか、別に何もないだろ?」
ロイは少し迷って前を向いて車を走らせたまま口を開いた。
「実は――少し前に変異型ウィルスが発見されてね。それを武器に大規模なバイオテロが起こる可能性があるとの情報が入ったんだ。それと、そのワクチンができると困る連中の電話をNASAが傍受した。君の渡米に合わせて刺客を送ると。信憑性は五分ってとこだが、君に万一のことがあっては困るから」
念の為だよ、不便をかけて申し訳ないね、と柔らかく言われ、ジェイクは閉口した。
先ほどからシェリーも全く口を開かず前を向いたままで、沈黙のまま車は1時間ほど走ってホテルへ到着した。

「じゃあ、君の部屋はここだよ。俺は向かいの部屋を取ったから」
ロイがそう言って向かいの部屋を手で示した。
(オイオイ、泊まるとこまで一緒かよ)
顔を顰めたのがわかったのだろう、笑顔に少し困った風の表情が混じった。
「悪いね、こちらも仕事だから」
「別に」
「じゃあ、荷物置いて一休みしたら呼んで。行く途中で昼食取って、そのまま研究所へ行くから」
ロイはそう言って向かいの部屋のドアを開ける。ジェイクはそれに続こうとしたシェリーの腕を掴む。
「おっと、お前はこっち」
「え?ちょ…」
シェリーは驚いて身体を引いた。ロイは笑って「いいよ、行っておいで。後でな」と手を振ると、ドアを閉めた。
ジェイクはシェリーの腕を引いて部屋の中へ引っ張り込むと、こちらもドアを閉める。
「ジェイク!?私、仕事中だから…」
「あの男だろ?」
シェリーの言葉を遮って捻じ込む。虚を突かれたように黙り込むシェリーを見ながらため息をついた。
「どうなってんだよ?お前は様子が変だし。何かあったのか?」
「何もないわよ。とにかく今は…仕事だから!」
シェリーは目も合わせない。こう頑なになった時は何を言っても無駄だとジェイクも知っている。
「じゃあ、夜な。こっちに泊まれよ」
「む、無理よ!」
「何で?夜なら仕事じゃないだろ」
「向かいにロイがいるし、あなたがこっちに滞在中は私は24時間仕事みたいなものだもの」
普通にロイとファーストネームで呼ぶシェリーが癇に障った。
「ふぅん、ロイ、が気になるんだ?」
わざとのように名前を強調するとシェリーが目を逸らす。
「当たり前でしょ。仕事だし、あんまり困らせないで」



**********

「あんまり困らせないで」
そう言った途端、頭の横の壁に叩きつけるように手を突かれた。バン!という大きな音に首を竦める。
「子ども扱いかよ。お前がちゃんと話さないからだろ?」
シェリーは俯いた。ジェイクが怒るのも無理はない。今の言い方はひどかったと自分でも思うが、先ほどの空港でのロイの言葉が頭の中をグルグル回って混乱する。

――気持ちに気づかれたんならもう遠慮はしないよ。

それはやはりジェイクの言ったことは当たってたということなのか。更にジェイクとの関係を知られていたことも意外だった。それを知っていて、それでも遠慮はしないというのはどういうことなのか。さっきはジェイクが来たのでそれ以上の話はできなかった。ちゃんと断らないと――と思うのに、ロイの前でジェイクにさっきのような恋人関係を見せつけるような行動をされると居たたまれなくなる。どうしよう、とそれしか頭に浮かばなくて、出てくる言葉は「仕事だから」

だから、距離を置いて――

「わかった」
まるで心の中の声を読んだかのように、ジェイクは壁から手を放してシェリーから離れるとドアを開けて出て行った。
慌てて続くと、向かいのドアをノックしている。顔を出したロイに顎をあおるようにして「もう行けるぜ」と言ってるのが聞こえた。
話し合いを先に放棄したのはシェリーの方で、わかっているのにジェイクに突き放された気がして胸が痛む。でも、何をどうしたらいいのかわからない。ジェイクが好き。でもロイを傷つけたくない。どうしたら傷つけずに済む?
そう思うことでジェイクも傷つけるかもしれない可能性に思い至れるほどシェリーも冷静ではなかった。こんな時にどうしたらいいのかわかるだけの経験もなく、シェリーは途方に暮れた。

その後、車で移動中も昼食を3人で摂る時もジェイクは一言も喋らず、シェリーもほとんど俯いたままだった。ロイだけが重い雰囲気に気付かないかのように話題を提供して世間話を持ちかけていたが、ジェイクも相槌だけで会話が弾むでもなくシェリーに至ってはロイに話しかけられる度にジェイクを気にして相槌すらまともに打てない始末だった。



**********

ロイは車内を占領している重い雰囲気に内心苦笑した。
(若いなー)
波風を立てるつもりでシェリーにあんなことを言ったのだが、本当にこんなに簡単に立つとは思わなかった。
シェリーはもう20代後半のはずだが、10代みたいだな。たった一言でここまで慌てるとなると、自分はそう嫌われてはないんだろう。
ジェイクの方も20そこそこで、きっとシェリーの態度をフォローもせずに責めたんだろう。自分にもはるか昔に経験があるので彼の気持ちは痛いほどわかるが、シェリーにその機微を理解しろというのは到底無理だろう。そしてそのことも彼はきっとわかっていないし、ロイもわざわざ敵に塩を送るつもりもないので黙って車を走らせた。

シェリーがジェイク・ミューラーと付き合ってるのは、ボディガードの指令が下ってから研究所の友人に話を聞きに行った時に聞いた。なかなか会えなくなったわけだ、と合点がいくと同時にもう潮時かな、と思った。
特定の誰かがいるのなら、もう遠慮する必要はない。足かけ5年は我慢したので、ここらで勝負に出ても文句はあるまい。オッズのわからない賭けだが、不戦勝を相手に提供するほどロイもお人好しではない。使えるものすべて使って――例えそれがシェリー本人のロイに対する純粋な好意だろうが――手に入れたいものを全力で取りに行く。
付け入る隙があるなら遠慮なく付け入らせてもらう。遠慮ならこの5年間で嫌というほどしたから。そう自己弁護に走ってみてもやってることは分別のついた大人がやることじゃないよな――内心苦笑いしながらも、ロイにやめる気はない。それでダメになるならそれまでだし、と若干冷めた目で2人を見た。

研究所に着いて、担当者に連れられてジェイクが姿を消すと、それを見送ったシェリーの肩の力が抜けた。よほど緊張してたらしい。
「検査終わるまで時間あるからお茶でもしようか」
ロイは返事を聞く前に歩き出した。シェリーも黙ってついて来た。
研究所内にある休憩所に来ると、自販機の前で「何飲む?」と目線で促す。シェリーは慌てて「自分で買いますから」 と財布を出そうとするのを押し止めて、「ついでだし。甘いのでよかったよな?」とカフェオレを選択。自分はブラックのコーヒー。
「外には行けないから、ここで勘弁な」
ロイがそう言いつつ缶を渡すと、シェリーも「ありがとう」と小さく呟いて受け取った。
しばらく無言で缶をすすって、何度も隣で話しかけるような気配を感じながら敢えて黙っていると――

「あのっ」
よほど思い切ったのか、出た声が裏返った。ロイは吹き出しそうになるのを堪えながら「ん?」と答えた。
「さっきの――話なんだけど」
「どの話?」
「遠慮しないとか、いう話…」
「ああ、うん」
「どういう意味?」
シェリーの方へ顔を向けると彼女もこちらを見ていて視線がぶつかった。
「…喧嘩したの?」
「え?」
「彼と喧嘩したの?」
質問には答えず質問で返すとシェリーは首を傾げた。
「喧嘩っていうか――」
「俺の前で彼といるのは気が引ける?」
テーブルの向かいに座る彼女に身を乗り出すように近づいた。
「そ、そんなこと…」
「でも気にしてたろ」
「だから、それは仕事中だから」
「仕事じゃなかったら気にならない?」
ロイは畳みかけるように言いながら、シェリーの目を覗き込む。
「仕事じゃなかったら、俺の前でも彼といて平気?」
いっそ意地悪いほどの笑みを浮かべながら聞いたロイにシェリーは目を瞠る。
「できないだろ?だって君は俺のことは嫌いじゃないもの。俺を傷つけるかも、と思うと躊躇するだろ」
何も答えないシェリーに安堵しながら、そんなことはおくびにも出さずに立ち上がる。俺のポーカーフェイスは彼女と違って完璧だから気づかれる心配はない。
「俺は君が初めて会った時から好きだよ。いつ気づくかと待ってたら5年も経った。彼がいるのは知ってるけど、それで諦めるほど俺も物分りがいい方じゃなくてね。今すぐ答えはいらない。よく考えて」
飲み終わった缶をダストボックスに放り込むと、シェリーを振り返った。
「今日はもう帰っていいよ。彼は俺がホテルに送るから。どうせ部屋も向かい同士だし。それとも彼の部屋に泊まる?」
ロイは弾かれたように首を横に振るシェリーに肩越しに手を振ると「じゃあね」と言い残して廊下を歩いて行こうとして――

「ああ、明日はBSAAの面会が入ってるんだっけ、彼?じゃあ迎えはいらないんだな。シェリーは昼に俺の部屋に来てくれる?一緒にここまで来よう」

そう言うと彼女の返事も待たずに歩き出した。


「シェリーは?」
ジェイクが検査を終えて出て来たのはもう夜だった。
開口一番そう聞いたジェイクにロイは苦笑いした。
「帰ったよ。いても仕方ないし、シェリーの分の部屋は取ってないからね。また明日来るよ」
ジェイクは舌打ちした。
ホントに帰ったのか。さっきのことは検査中もずっと気になってて、今日中に何とかしたかったのに――
「電話してみたら?繋がらないかもしれないけどね。さ、行くよ」
「はあ?何で繋がらないんだよ?」
先を歩く奴を追いかけながら聞くと、こちらを振り返って笑った。
「ずっと好きだったって言ったから?今頃、頭ん中ぐちゃぐちゃだと思うよ?」
いっそ楽しげに笑う奴の目は決して笑ってなくて、ジェイクを見据えた。
「俺の気持ちに気付いて俺に気ィ遣う程度には俺が嫌いじゃないんだろ、彼女?」
ジェイクは自分の眦が吊り上ったのがわかった。思わず奴の胸倉を掴んで壁に押し付ける。
「人の女に手ェ出すんじゃねぇよ」
「結婚してるわけじゃあるまいし、そんなのは俺の自由でしょ?選ぶのは彼女。選ばれるように頑張るのも俺の自由。君も頑張りなね?俺はそれは止めないよ?」
「抜かしてんじゃねぇよ!そんな御託が通用するか!」
「しない道理がどこにある?俺は俺の欲しい物を手に入れる努力をする。それだけだろ?」
ジェイクは奴の胸倉を突き放して鼻で笑った。
「シェリーの何を知って言ってんだよ」
「それこそ笑止千万だよ。知らないことを知りたいと思うから好きなんだろ?知らないことはこれから知ればいいだけだろ」
シェリーのことを自分より知らないと認める潔さが癇に障る。どこを突けばこいつは怯むんだ。ジェイクは奴に背を向けて足音荒く歩き出した。
「おっと、ちょっと待ってよ。ホテルまで一緒に帰らなくちゃ」
「いらねぇよ!一人で帰れる」
「そうはいかないよ。俺は仕事なんだって言ったろ?それとこれとは別」
「俺には関係ねぇだろ」
「君の意思は関係ないの。君の身を守るのが俺の仕事で、君がここにいるってことは俺に守られることに同意したってことだろ、駄々こねないの」
「…!」
「あ、ごめんね。今のキツかった?」
ここまで人の神経を逆なでするのが上手い奴は他に知らない。笑顔で平然と人の急所を突いてくる。しかも反撃する術をすべてもぎ取った上で、だ――
ジェイクは無視して駐車場に向かった。


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