バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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Speaking of odds... <2>
「久しぶり」
「ごめんなさい、ずっと連絡もらってたのね。任務でいなかったから…」
「いや、とにかく無事でよかった」
ロイは言いつつ「それで何があったんだい?」と聞いたが、シェリーは首を振った。
「ごめんなさい。今回のことは機密扱いになってて、詳しくは言えないの」
「そうか…もう大丈夫なんだな?」
シェリーは「ええ」と頷くと、目の前のコーヒーを飲んだ。
時間に余裕がなくて急いで都合を突き合わせたので、近くのカフェで落ち合うことになり、時間も30分ほどしかない。それでも会いたかった。
「安心したよ。行方不明になってから必死で情報を集めたんだが、全然入って来なくて焦ったよ」
「そうなの?本当にごめんなさい。外に連絡できる状況じゃなかったから…」
外に連絡できない状態?怪訝に思ってロイは聞いた。
「監禁されてた?どこに?」
シェリーは困ったように目を逸らした。
「ごめんなさい、もう行かなくちゃ…」と早口に呟いて腰を浮かせた。
「待って、わかった!もう聞かない。だから、もうちょっと待って」
ロイは彼女の手を握って引き留めた。まだ会って15分も経ってない。ここで逃げられたら次に会うのはいつになるか。
少し迷った末にまた腰を下ろした彼女に安堵して、ここ最近の話題を振ってみた。
「最近は例のバイオテロの関係で俺も忙しかったんだ。中国に飛んだりもしたし――」
シェリーは本当に思ったことが顔に出やすい。虚を突かれると返答に一瞬間が空くし、動揺すると目を逸らして表情が無くなる。いつもくるくる表情が変わるので、その無表情は逆にポーカーフェイスの意味を成していない――ことに彼女は気づいてないんだろうな。
任務は例のバイオテロ関係か――
「そうなんだ。もう落ち着いた?」
取り繕うように打つ相槌もぎこちない。
「ああ、幸い抗体を持った人がいたらしくてね。それでワクチンが思いのほか早くできたから」
言いながらロイは点と点が繋がるように合点がいった。シェリーは半年前の任務に就く直前に言ってなかったか?
――人を保護する任務。
――その人を説得してアメリカに連れ帰るだけ。
特に興味もなかったし、関わりのある任務ではなかったから、その抗体を持った人物についてはロイはほとんど知らない。帰ってから調べてみようと内心思いながら、いくつか他の話題も振ってみたが、最後までシェリーの相槌はぎこちないままだった。終始上の空で心ここにあらずという感じで、よほど気になることがあるらしい。席を立つ時も慌ただしく、次の約束なんて言い出す間もなく立ち去った。
全く眼中に入ってない事実を突きつけられてさすがにかなりへこんだが、元々楽観主義なので切り替えて次の手を打つことにして、早速例の人物について調べてみた。

――ジェイク・ミューラー。

この青年が例のウィルスの抗体を持つ人物らしい。そして多分、シェリーが保護した人物。
シェリーが監禁された事実は確認できなかった。このジェイク・ミューラーという青年の詳しい経歴もまたわからない。なぜ、こんなに情報が少ないのか。この情報に関しては最高レベルのアクセス権がないと全ての資料を閲覧できないことになっている。つまり、幹部クラスでないと何もわからない、ということだ。
完全に行き詰ったまま更に時間が過ぎ、シェリーとは連絡は取るが会う都合がつかないままだった。ただ仕事で会うことはたまにあったので、その時にお約束のようにまた食事に、というような軽口は叩いておいた。最も、彼女はその言葉通りにしか受け取ってなかったようだが。
メールは半月、電話は1、2ヶ月に一度くらいの割合でしていた。返ってくるメールの返事もいつも通りで、電話で話す様子も特に変わったところはなかったが、年を越してから途端に反応が鈍くなった。理由はわからないが、メールの返事に数日を要するようになり、電話も繋がらないことが多くなった。さすがに痺れを切らせかけたロイだが、かと言って強硬手段に出ることが得策とも思えず、そういえば、と先日シェリーに会った時のことを思い出す。
やけに綺麗になったな、と思った。本部に報告に言った際に偶然見かけたので声をかけた。話したのは数分だったが、今までの幼さが消えて妙に大人びて見えた。もともと童顔でくるくる変わる表情が元気いっぱい、という印象だったが、雰囲気がガラリと変わったように思う。何かあったのか。全く情報も入ってこない上に連絡も途絶えがちなので、気分は暗澹としていた。
そんな折、思わぬ話が舞い込んだ。

――ジェイク・ミューラー氏の渡米――



**********

シェリーはそれを聞いた時、思わず顔を顰めた。
よりによって、という言葉を飲み込む。
ジェイクをアメリカに呼び寄せたいという話が持ち上がったのが先日の話で、新しいタイプのワクチン精製のためだと聞いている。それ自体に問題はなかったし、ジェイクからの承諾も得ている。
ジェイクの連絡窓口はシェリーに任されていたが、アメリカ滞在中は何かあってもいけないということでボディガードとしてエージェントを一人つけると言われた。アメリカ滞在中はそのエージェントと組んでジェイクと行動するように指令が下り、そのエージェントの名前を聞いてシェリーは気分が重くなった。

――ロイ・リーダス。

かつての教官で、先日、ジェイクに刺された釘が記憶に新しい。

――ちゃんと言えよ。

そう言われていたのに、結局まだ言えていない。
連絡は極力取らないようにしているが、それで解決するわけではないとわかっている。わかってはいるが、特に反応が鈍くなってもロイは変わりない間隔でいつものように連絡をくれる。決して急かさないし、責めたりしない。それが却ってシェリーを混乱させる。
(ジェイクはああ言ったけど、ホントはロイは私のことなんて何とも思ってないんじゃない?)
その考えが頭から離れず、もしそうなら連絡を絶ちたいというシェリーは何と滑稽に映るだろう。図々しいような気がしてなかなか言い出せず、連絡への反応を鈍くするしかシェリーには術がなかった。
ロイは本当にいい人で、気遣いのできる大人の男性だった。話をしていても、シェリーが話したくないことには特に敏感で、昔話には決して話を振って来ない。そんな気遣いが心地よく、話題も豊富で話しているのは楽しかった。友達、というには立場も年齢も違うが、今までこんな風に誰かと接したことがないシェリーにとって、クレア以外の気軽に話せる貴重な人物だった。
ただ、やはり自分の身体のことや昔の話をするのは憚れた。バケモノ扱いされるかもしれない、という被害妄想にも似た思いは常にあって、それはシェリーを臆病にする。軟禁を解かれる際に、口外してはいけないという合衆国からの注意もあって、ロイには言えていない。
ただ、もし――もし、本当にロイが私に対して好意を持ってくれてるなら、それには応えられないということだけははっきりしている。でも、それをこちらからどうアクションを起こせばいいのか、シェリーには経験不足で見当もつかなかった。
途方に暮れたまま日が過ぎて、ジェイクをアメリカに迎える日がやって来た。

空港まで迎えに行く前にロイと待ち合わせた場所に行くと、既に彼は待っていた。
「遅くなってごめんなさい」
久しぶりに顔を合わせたロイは「俺も今来たとこだよ」と笑った。
「車を回したから、行こうか」
そう言ってキーを握った手を開いて見せる。
「ええ、そうね」
車に乗り込んで、空港への道すがら、軽く今度の予定について打ち合わせをした。いつもの軽口も出ないまま仕事の話だけをして、沈黙のまま空港へ到着した。
ロビーの椅子に座り、ジェイクの到着を待つ間、やはりロイが口を開くことはなかった。
いつもは何かしら話しかけてこんな風に沈黙になることはないのに、今日は前を向いたままシェリーの方を向こうともしない。かと言って怒ってるわけでもなく、話しかければ笑顔で答えてくれる。だが、その答えはいつものように会話を膨らませるような受け答えではなく、そこで終わってしまうような紋切り型の答えだった。だから会話も続かずに終わってしまう。
「あの…連絡もらってたのに、なかなか返せなくてごめんなさい」
とうとう耐え切れずにシェリーの方から切り出した。
「ん?いや、いいよ。忙しかったろう?」
こちらを向いた顔はやはり笑顔で、答える声も朗らかだ。それでも何だか居心地が悪い。いつもと違うように感じる。
「あの…怒ってる?」
「ええ?怒ってるように見えるかい?」
軽く目を瞠るようにしてロイは笑う。
「それとも、怒られるような原因に心当たりがある?」
「そうじゃないけど…今日は何かいつもと違うような気がして――」
「そりゃそうだよ。仕事だからね。いつもはプライベートだろ?」
「あ、そうね。ごめんなさい」
そうだ、こんなことを考えてる場合じゃない。慌てて背筋を伸ばす。
「でも、そんなことを聞くってことはもしかして避けてた?」
さらりと聞かれた質問にシェリーは固まった。思わず見上げた彼はやっぱり前を向いたままで――
「避けるってことは俺の気持ちにも気づいたんだよね?」
そう言ってこちらを見た。シェリーも見返して、ロイの視線に耐えきれずに目を逸らす。ロイが吹き出した。
「ホントにシェリーはわかりやすいなぁ。あんなにアタックして気付かなかったのに、誰かに何か言われたの?」
「え…何言って…」
思わず口ごもると「図星だね」と笑われた。
「まぁ、気持ちに気づかれたんならもう遠慮はしないよ」
さらりと投げられた爆弾に顔を上げる間もなく立ち上がった彼は更にもう一発。

「あ、彼氏が来たよ」


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