バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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昔話を聞かせて【side Sherry】
シェリーはパンの匂いで目が覚めた。
頭を巡らせると、ジェイクの後姿が見えた。相変わらずズボンだけ穿いた上半身裸で、朝食の準備をしてくれているようだ。
シェリーが起き上って「おはよう」と声をかけると、ジェイクは「よぉ」と肩越しに笑った。
「朝飯できてるぜ」
朝は大抵、ジェイクの方が早く起きる。シェリーが目を覚ます頃には朝食の準備が整っていて、いつも食べるだけになってしまう。早く起きようと思うが、大抵は前の晩の疲れが影響して深く眠ってしまう。ジェイクも別に構わないというスタンスで、「俺のせいだしな」と言われてシェリーは早く起きれない理由に思い至って赤面する――の繰り返しだった。
「うん、ありがとう」
シェリーはそう言いながら裸の上に無造作にジェイクのシャツを羽織ろうとして、手を止めた。思い直して、しっかり自分の服を着ることにした。
――昨日と同じ轍は踏まないために。 服を着ている間、ジェイクがニヤニヤしながらこちらを見ているのはわかったが、背中を向けて無視した。
服を着てテーブルに着くと、案の定、揶揄する口調で言われる。
「俺のシャツ着ればよかったのに」
「いい。もう絶対着ない!」
「何でだよ?」
シェリーは答えずにパンを口に入れる。
「そんなことより、昨日の話の続きだけど」
「話?」
とぼけているのが丸わかりな口調で聞き返され、シェリーは呆れた。
「ジェイクの昔話よ」
「俺もお前が初めてだっつーの…」
ジェイクにまたもとぼけているのが丸わかりな口調で言われ、シェリーは言いたくないのかな、と思った。そう考えると、少し胸が苦しくなった。 ――そんなに大切な思い出?
「そう」
平静を装って話を切り上げようとしたら、ジェイクが焦ったように声を上げた。
「何でそんな泣きそうな顔してんだよ!?」
言われて鼻がツンとしたのがわかった。
「だって、私には言いたくないような大切な思い出なのかなって」
目尻を拭うとジェイクが身を乗り出して、シェリーの手を握った。
「んなわけないだろ!好きでもなんでもねぇ女だよ!事故みたいなモンだった」
え?予想外な言葉に目を丸くする。事故?
「だから!名前も知らねぇ女で、荒れてた俺に――」
焦って説明しようとするジェイクの話は支離滅裂で、その焦り具合がおかしくて、シェリーは思わず笑った。
「何だよ?」
笑われたのが心外だったのか、慌てたのが恥ずかしかったのか、ふてくされたようにジェイクが横を向いた。
「ごめんなさい、言いたくないならいいの。気にはなるけど、もしジェイクが――」
「別にお前を泣かせてまで隠すほどのことじゃねぇ。話すほどのことでもないとも思うけどな。お前が聞きたいなら話すぜ」
「好きだったんでしょ?」
「好きとかいう感情はお互いなかった。一度だけだったしな。お互い名前も知らねぇままで、相手はお前くらい年上だったな」
それってどんな状況?シェリーは首を傾げてジェイクを見つめる。
ジェイクはシェリーから目を逸らしてため息をつくと、頭を掻きつつ話し始めた――


「すごい女性(ひと)だね…」
話を聞き終えたシェリーが呟いた。
どんな感想だよ、とジェイクは苦笑いした。
「性根の据わった女だったな。襲われても顔色ひとつ変えなかったしな」
「私には真似できないわね」
「やられてたまるか、そんなこと」
反射で言い返す。冗談じゃねぇぞ。
「そんな風に人を救うってことよ」
笑いながら言われて、ジェイクはふてくされたように横を向いた。
「お前は俺を救ったろ」
横を向いたまま呟くとシェリーが微笑んだ気配がして、テーブルの上の手を握られた。ジェイクも掌を返して、握り返した。


「さて、と。俺の昔話は終わったから、次はお前の番な」
わざと口調を変えてジェイクは言った。
「ええ?私?何もないわよ?」
「何でもいいよ。エージェントの話とか」
「任務の内容は極秘だから話せないんだけど…エージェントらしい仕事はジェイクの保護が初めてだったの。それまでは調査とか訓練とかで。訓練もちゃんと受けたのよ」
妙に胸を張るように言うのが可愛い。しかし、次の言葉を聞いてジェイクは眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。 「すごく熱心な教官で、プライベートでも時間を割いてくれてね――」
「プライベート?」
「うん、銃の扱い方から全部教わったわ。教官はその都度変わるって聞いてたけど、何でかずっと一緒だったわね。近接格闘とかの練習相手もよくしてもらったわ。食事に行って、エージェントの心得とかそういう話もよくしてくれたし、すごくお世話になったわ」
ジェイクは心もち低くなった声で「男?」と聞いた。我ながら顔にも声にも不機嫌さが滲み出てるのは自覚していたが、当のシェリーはあっけらかんと「もちろんよ」と答えた。
「柔道が黒帯で寝技とか教えてもらったりしたわ。色々技があって面白かった。ジェイクは柔道って知ってる?」
知ってる、と答えた声が更に低くなった。寝技だって?
「腕ひしぎとか痛いよね、アレ。三角絞めとかこう、腕と頭を足で挟んで――」
身振り手振りで説明を始めたシェリーを手を挙げて遮り、「お前、それをそいつとやったのか?」と聞く段になってようやくこちらの表情を読んだのか、シェリーの目が泳いだ。
「だって練習だし…ええと…」
段々声が尻すぼみになり、考え込むように俯いた。
「プライベートに、柔道の寝技の稽古?プライベートに、食事してエージェントの心得?」
わざとのように"プライベート"を強調して言ってやると、「だって」とか「そんなんじゃ」などと小さく呟いている。
「いくつだ?」
「え?」
「だから、そいつはいくつだよ?」
ジェイクは苛立ちを抑えながら聞いた。
「えーっと、30歳くらい?私を20歳くらいだと思ってたみたいで、見えないねって――いう、話をした…から」
よほど自分の顔が険しかったらしく、シェリーが慄いた表情で言葉を切る。
「…ジェイク?怒ってるの?」
怒ってることはわかるらしいが、理由は思い当たらないらしい。顔に「何で?」と書いてある。
(そういう方面には鈍感だとは思っていたが、ここまで――)
ジェイクはこめかみを押さえながらシェリーに言った。
「そいつはお前を狙ってたんじゃねぇのか?」
「狙って?」
どういう意味?とばかりにまた首を傾げるシェリーに眩暈を覚えた。
「だから!お前のことが好きだったんじゃないのか?」
一瞬考え込んで、シェリーは「ええっ」と声を上げた。次に表情が変わったので、ジェイクは腰を浮かせた。
「何かされたのか?」
「え?何も…」
「今何か思い当たったろ?」
テーブルを回り込んで、向かいに座るシェリーに近づく。
「ううん、別に…」
首を振るシェリーの前に立つと、顎を掴んで上を向かせる。ジェイクがシェリーの視線を捉える前に目が泳いで逃げた。お前はホントに嘘が下手だな。
「正直に言わねぇと今すぐ襲うぞ?」
「なっ!何言って…!」
「何か、されたのか?」
わざとゆっくり区切って、顔を近づけながら聞いた。
「さ、されてないっ!言われただけっ」
そう口走ったシェリーの顔色がわかりやすく変わった。口が滑った、という表情。
ジェイクは口の端を吊り上げて「ふぅん」と呟くと、「何て?」と聞いた。
シェリーの目線が言うべきかどうか迷うように泳いで、結局観念したように吐いた。
「つ、付き合ってって言われたような気がする。どこにって返したら、苦笑いしながら食事にって――」
なんつー古典的な…と相手の男が気の毒になる。それから、と続けたシェリーが爆弾を放った。
「訓練が終わっても会おうって言われて、いいですよって――」
一瞬周りが停止したかのように感じて、ジェイクは恐る恐る聞いた。
「今も会ってるのか?」
「あの…何回か誘われたけど、休暇は全部こっちに来るから会ってはないけど…だ、ダメだった…のよね?」
「当たり前だろ!バカか、お前!!」
思わず至近距離で怒鳴りつけたからか、シェリーは首を竦めた。
「俺がいながら他の男と会おうたぁ、いい度胸だな」
「そんなんじゃ…それにそれはジェイクの予想でしょ?実際はそんなんじゃないかもしれないじゃない。私のことなんて何とも思ってないかも――」
「それだけアプローチされて気づかないヤツが男を語るな、10年早いわ!」
「じゅ!?10年は…言い過ぎでしょ?私、10年経ったら38だよ!?」
うるせー、と掴んでた顎を放して、そのまま抱き締める。
「男と食事とか有り得ねぇ。絶対行くなよ。つか、他の男とも喋るな話すな会話するな」
「…最後、全部一緒だけど…ていうか、喋るなは無理でしょ」
冷静に突っ込まれて更にきつく抱き締める。いたい、とシェリーが声を上げた。
「とにかく、そいつにはもう連絡してくんなって言えよ。いや、俺が言う」
「ええ!?いいよ、私がちゃんと言う!」
「いや、何かお前だとポカしそうだ。俺が――」
更に言い募ろうとしたジェイクをシェリーが遮る。
「大丈夫。ちゃんとできるから心配しないで」
「…ちゃんと言えよ」
ジェイクはシェリーを見下ろしながら、確かにシェリーは正解だったな、と思った。

――俺のシャツ着てたら間違いなくまた襲ってた。


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