バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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昔話を聞かせて【side Jake】 <2>
ドアを開けてその女を見た時、一瞬混乱した。
なぜここがわかったのか。なぜ――ここに来たのか。

女は手に持った紙袋を目の高さに上げて、ニッコリ笑った。
「この前の食材ダメにさせちゃったから」
「何でここがわかった?」
最大の疑問を口にすると、女は自分の頬に指を当てた。
「傷痕。外人マーケットで聞いたらすぐわかったわよ?」
「別に礼はいらねぇ。帰れよ」
「とりあえずこれは受け取って」
差し出した紙袋を受け取ると、林檎がゴロゴロ入ってるのがわかった。
「じゃあ、これは貰っとく。じゃあな」
そう言ってドアを閉めようとしたジェイクに女は言った。
「ね、また来ていい?」
「はぁ?何しに来んだよ?」
そう言って女の返事を聞く前に強引にドアを閉めた。

それから女は一週間に一回の割合で訪ねて来た。
正直、何しに来るのかジェイクにはサッパリわからない。
大抵は食材を渡しに来て、一言二言話して――主にジェイクが話を切り上げてドアを閉める、というパターンだった。
特にジェイクに好意を寄せて、というわけではない。そんなタマじゃない――妙に確信に近い勘でジェイクはそう思っていた。

何度かそういうことがあって、ジェイクは切り出した。
「なぁ、何で来るんだよ?もう礼はいいからよ、他に何かあるのか?」
「そこで俺に惚れてるんだな、って自惚れないところがいいわね」
「惚れてるって態度じゃねぇだろ」
「まぁそうねぇ…ちょっとほっとけない感じがしたからかな」
「はぁ?」
「自暴自棄っていうの?あの時も相手を殺しちゃうっていうより、あなたが死んじゃうって思ったから――」
ジェイクは頬が紅潮するのがわかった。女の腕を取ると部屋の中へ引っ張り込む。
「ありがたいこった。それで?アンタは俺に何をしてくれんだよ?」
後ろ手にドアを閉めながら女を見据えた。お節介でイラつく女だ。人のプライベートに遠慮なく入って来て自暴自棄?笑わせるぜ。それで俺を救ってくれるつもりか?どうやって?
「別に。してほしいことがあれば言ってみれば?」
いっそ挑戦的とも取れるほどの視線を向けられて、ジェイクは舌打ちした。
女の頭を掴むと引き寄せて唇に唇を押し当てた。女は抵抗しない。そのまま押し倒して――女と目が合う。微塵も恐怖が感じられない強い視線と絡んで、ジェイクは身体を起こした。女に背を向け「帰れよ」と言った。額に手を当て、「帰れ!」と怒鳴る。それでも女は動かなかった。
膝を立てて座るジェイクの背に、女は自分の背を合わせて座った。背中がくっついて、妙に温かった。

「ねぇ、私、弟がいたの。あなたと同じ年くらいかな。でもこの前死んじゃった。戦場でね、すっごい無茶したんだって」
呟くように女が語り出した。
「私の生まれた故郷はすごい田舎でね、私が16の時かな、父が出て行ったの。母は病弱で働けなかったから、小さい弟を抱えて食べるために私は身体を売ったの。それしか生きる術はなかった。でも20の時に母は死んだわ。弟ももう働くからそんな仕事はやめろって言ってくれた。でもね、私はこの仕事をやめる気がなかった。弟は働くって言っても軍に入るしかなくて、そんな危険な仕事はダメって言ったけど、聞く耳も持たなかった。お互い相手のことを心配してたのに、意地になって――会えばお互いのことを詰って、喧嘩ばかり。最後に会った時も、姉さんは男に抱かれるのが好きなんだろ、だから仕事をやめれないんだろって言われた。でも、言った本人がすごい傷ついた顔してた。その1週間後に戦死の通知を受け取ったわ。2階級特進の報奨金も出てた」
ジェイクは何も言わずに黙ったまま聞いていた。
「私ね、この仕事、今は嫌いじゃないわ。お金のためじゃなくて、自分のためにやってる。お客に一夜の夢を見せる仕事。最高の情をかけて、愛するの。でもね、それは一夜限り。私の心は誰のものにもならない」
ジェイクには、それはもう誰も愛することができない、と聞こえた。
「私はそんな生き方を選んで、納得もしてた。でも、弟は違ったの。もっと話し合えばよかった。納得いくまで、もっともっと。でも、もう遅いの…」
最後に声が震えたから、泣いてるのかと思った。でも、ジェイクは振り向かなかった。
「だから、って言ったら怒るわね?弟とあなたが重なって、助けなきゃって思った。何があったのかはわからないけど、あの時のあなたは心が死んでるみたいだった。でも、私を助けてくれた。通り過ぎようとしたのに、戻ってきたでしょ?まだ大丈夫、まだ間に合うって思ったの」
女はジェイクの前に回り込んで座ると、ジェイクの顔を覗き込んだ。
「間に合えばいいな、と思ったの」
別に、と視線を外してジェイクは呟く。
「自暴自棄になんてなってないさ。助けて頂くことなんて何もない」
女が微笑む気配がして、ジェイクの頬に唇をつける。
「泣きたい時には泣いていいのよ」
ジェイクは女がおふくろが死んだことを知ってることを悟った。
顔を向けると唇に柔らかい感触を感じて目を閉じた。
顔を触る手があったかくて、密着した身体はもっとあったかかった。

人肌が温かい、ということをジェイクはこの夜初めて知った。
最高の一夜を提供する――その言葉に嘘はなかった。
事後にまどろみながら、ジェイクは子守唄のような女の声を聞いた。

(あなたは一人じゃない。見つけなさいね。あなたにとって命を懸けてでも守りたい、唯一無二の誰かを。きっと、どこかにいる――あなたはその存在を願えるんだから、幸せよ?)

あんただって――とジェイクは言ったような気がする。
それに対する女の笑顔が今まで見た中で一番綺麗だった。

(その存在を願わないのが私の誇りなのよ)

自分の身体を売ることがこんなに高貴に見えたのは、後にも先にもこの女だけだった。


――そして、2年後、この地で出会う。



**********

意識が浮上してジェイクはぼんやり天井を見つめた。
隣ではシェリーが寝息を立てている。
久しぶりに思い出した昔話に、ジェイクは苦笑いした。
朝には女の姿は消えていて、その後、女がジェイクの家に現れることはなかった。
結局名前も知らないままだった。向こうもそうだろう。
この出来事が何らその後のジェイクに影響したかと言われれば――ジェイクは自分ではよくわからない。
実際、今の今まで忘れていたことだ。シェリーに聞かれて思い出したくらいだから。
ただ――金に執着して金を貰っての人殺しも躊躇することはなかったが、最後の一線だけは守っていたように思う。根っからの悪党にはなれなかったのは、もしかしたらあの女のお蔭なのかもしれない。今になってそう思う。

隣で眠るシェリーを見ると、あどけない寝顔に自然と笑みが深くなる。
こんな風に眠る誰かを見つめる日が来るなんて思いもしなかった。あの女が言ったような唯一無二の誰か、なんて――あの時は、まさか見つかるとは思ってもみなかった。
そんなの奇跡だろ、と鼻で笑っていたのに。その奇跡が自分のそばにいる。そのことにジェイクは感謝して、シェリーの額にキスを落とした。



さて――この話をシェリーにどう話したもんかな…


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