バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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賭けと覚悟 <1>
季節が巡り、厳しい冬がやって来た。
ここ東欧イドニア共和国も例外ではない。雪が降り積もり、交通も不便になる。

シェリーはため息をつくと、毛布を抱え込んだ。
いきなり休暇が取れるとわかったのが昨日の夜。ジェイクに連絡を取ってみたけれど繋がらなかった。もしかしたら戦場に出てるのかもしれない。そう思いつつも今回はどうしても会いたくて、もしかしたら家で待ってれば帰ってくるかも…という期待をしつつ、翌朝の飛行機に飛び乗った。
そして、ジェイクの家に来てみればやはり留守。電話も繋がらない。戦場に出れば国外ということも有り得るので、もしかしたら今回の休暇中には会えないかもしれない。そう思うと重いため息しか出ない。
こんなすれ違いは今回が初めてではないが、いつもはシェリーの都合が合わなくて、ということが多い。いきなりの呼び出しも日常茶飯事だからだ。

(いつもジェイクはこんな想いをしてたのかしら…)

仕事で会えなくなってごめんなさい、と言った時、ジェイクはいつも「別にいいぜ」と言う。怒ったり、拗ねたりなんかしない。その素っ気ない態度が寂しく思える時もある。会えなくて寂しいのは私だけ――?
そう考えて、シェリーは首を振る。そんなわけない。ジェイクもきっと同じように思ってる。私に気を遣ってるだけ。 それでも一旦針を振った思考はメトロノームのように勢いをつけてプラス思考とマイナス思考を行ったり来たりする。
最初に会いに来た夜――想いが通じてから約半年。

キスの先を拒んでからジェイクは手を出して来ない。キスしたり、身体に触れはするけど、それ以外にはない。そんな状態のまま、もう半年。気まずくはないが、それはそういう雰囲気をジェイクが細心の注意を払って作らないようにしているような気がしてならない。そう思うとジェイクに申し訳ない。
――かと言って迫られても困る事情が今のシェリーにはあった。

合衆国のエージェントにはプライベートはないに等しい。休暇なんて不規則で、休暇中の所在は常に明らかにする義務がある。つまり、上層部にはジェイクとの関係はバレバレである。特に何も言われないところを見ると、問題はないのだろう、と軽く考えていた。だが、事態は半月前に一変した。

シェリーが属する組織の上層部はCウィルスの進化によって、ジェイクの血液から作ったアンチCというワクチンの有効性がなくなった時、またもジェイクの協力が必要であると判断し、BSAAにその行方を追わせていた。そうして作られた報告書が半年前にシェリーの元に回って来て、シェリーは彼に会いに行き、付き合うようになった――という経緯を上層部は既に知っており、今後、彼の動向についてはシェリーに報告するように義務付けた。プライベートだからという理由での拒否は許されない状況だった。

そして、合衆国の研究者によれば――シェリーはGウィルス保菌者で、ウィルスがどのように他に感染するかは明らかにされていない。皮膚接触、飛沫・空気などからは感染しないことが立証されており、残るは粘膜接触の可能性が残されている。つまり、キスやセックスで相手にGウィルスを移してしまう可能性がゼロではないと言ったのだ。

聞いた時、シェリーは思わず口元を押さえた。
ジェイクとのキスを思い出したからだ。
顔から血の気が引き、その様子から研究者は頷いた。

「今、大丈夫なら、ジェイク・ミューラー氏には抗体がある、もしくは粘膜からも感染しないということだから大丈夫だよ」
「どうして教えてくれなかったの!?」

知ってたらキスなんてしなかった。そもそも会いに行かなかった。

「最近の研究で明らかになったんだ。今までは胚の植え付けとウィルスの直接経口しか感染を確認できてなかったから、あくまで可能性の問題だ。今までにジェイク・ミューラー氏以外の男性と経験は?」

シェリーは首を激しく振った。

「ではつまり、今のところミューラー氏とは大丈夫だが、他はわからないということだ」

研究者の言葉が頭の中をグルグル回った。

(ジェイクとは大丈夫。ジェイク以外とは感染させてしまう可能性がある)

ジェイク以外なんて今は考えらない。でも、ジェイクは?これを聞いたらどう思うだろう?
自分を選んだ理由を誤解しないだろうか?自分以外に選択肢がなかったから――なんて。

どちらにしろ言わざるを得ない。
隠したまま付き合って行くなんてできない。そう思って今回はやって来た。

それに研究者はハッキリ言わなかったが、シェリーは気づいた。
もし、シェリーとジェイクの間に子供ができれば――ジェイクの子供というだけできっと抗体の有無を調べたりするんだろう、ましてやGウィルス保菌者との子供なんて――格好の研究対象になる。
考えただけで身震いした。
11年にも及ぶ監禁生活で研究され尽くした自分のような思いを子供に――?

そして、思い至った。
シモンズがなぜシェリーをジェイクの保護の任務に当てたのか。
もしかして、こうなることを期待して――?
まさか。そんなわけない。考え過ぎよ。でも――

一度浮かび上がった疑念は、振り払っても振り払っても頭から離れない。

これから、ジェイクとどうしたらいいんだろう。一緒にいたい。でも触れないで、なんて言えない。私もそんなことが可能かどうかわからない。半年前は怖かったが、今はキスだけでは物足りない時もある。もっと触れて欲しい――そんな言うに言えない気持ちを抱えていたのに――

こんな話、どこからどう伝えればいいの。結局、私はどうしたいの。ジェイクは何て言うかしら。それが一番怖い。
思考がどんどん坂を転がるように暗転していく。その時――

「シェリー?」

呼ぶ声に振り返ってみれば、泥だらけの戦闘服に身を包んだジェイクが立っていた。

「ジェイク!」
思わず駆け寄って首に抱きつく。

「わ!何だよ!汚れるぞ」
よろめきながらもしっかり支えてくれたジェイクは「今回は熱烈だな」と揶揄するような口調で言った。

「いつから来てたんだ?」
「今日の朝。いきなり休暇が取れたから…連絡したんだけど繋がらなくて」
「悪ィ、1週間くらい国外に出てた」
「ううん、いいの。私が勝手に来たから」
「とりあえず着替えるから待ってろ」

ジェイクがシャワーを浴びてる間、シェリーは背を向けて俯いたままだった。
そんな様子のシェリーを気にしながら、ジェイクは手早く着替えて、シェリーを後ろから抱き締めた。

「何だよ、どうしたんだ?」
「何が?」
「元気がないから」

ジェイクはどこか思いつめた様子のシェリーをくるりと回転させると、気遣うように顔を覗き込んだ。

「どうした?」
「今日は…話があって来たの」

妙に緊張した面持ちでシェリーはジェイクを見据えた。しばらく沈黙した後、静かに口を開いた――


**********

「つまり、何か?」
話を聞き終えたジェイクは険しい顔で答えた。

「俺とお前の仲はお前の上司の掌の上で踊らされてたってことか?」
「上層部は期待はしてたでしょうね…それは否定しない。でも、私は――」
「お前は知らなかった、って?」
頷いたシェリーにジェイクは鼻で笑った。
「どうだかな。で?俺との間に子供ができたら、研究対象として差し出すのかよ?それとも積極的に作ってこいとでも?」
「そんなわけないでしょう!」
ジェイクの言葉がシェリーを刺した。
涙は堪えたが、口を開くと零れそうで、俯くしかなかった。

「お前はエージェントとして俺と付き合ってんのかよ?」
シェリーは俯いたまま、激しく首を振った。
「でも報告するんだろ、俺のことを逐一?」
頷くことも首を振ることもできずに、シェリーは俯いたまま固まった。答えたも同然だ。
そんな様子のシェリーを見て、ジェイクは舌打ちした。
「エージェントを辞める気はないんだろ」
「…エージェントを辞めても問題は解決しないわ」
「少なくとも報告なんて胸クソ悪いことはしなくて済む」
「所在を明らかにするだけよ。また新たにテロが発生した時のために。それ以外に意味はないわ」
「どうだかな」

ジェイクは投げやりに言うと、ベッドに仰向けに寝転がって両手を頭の下に敷いた。

「で?お前の相手は俺しかいないって?」
「…そう…らしいわ。キス…してあなたに感染してないのは、あなたに抗体があるからなのか、キスでは移らないのかはわからないから」
「セックスしたら?」
「…わからないの、本当に。でもキスで移らないなら、移る可能性は低いって――」
「ロシンアンルーレットかよ」

ジェイクの一言一言が棘のようにシェリーを刺す。
逃げ出したくなる衝動を抑えて、シェリーは顔を上げた。

「怒るのは当然よ。私だって随分責めたわ。最初からわかっていれば――」
「会いに来てないって?」

シェリーの言葉を引き取って継いだジェイクの眼光が鋭くなった。

「当たり前でしょう。好きなのに触れないのよ!そんな前提で好きなんて伝えられないわ!」
「そんな可能性の問題で諦められる程度の気持ちかよ!?」
「あなたが感染するかもしれないのよ!?」
「現にしてねぇよ!試しもしないで諦めるのか?」
「あなたの生死を賭けて一緒にいることなんて、できるわけないでしょう!」

ジェイクはシェリーの顔を両手で挟むと、強引に引き寄せ、噛みつくように唇を奪った。
いつもみたいな優しいさなんて欠片もない、激しくて荒々しいキスだった。
反射的に逃げようとするシェリーをジェイクは頑なな力で逃さなかった。
しばらく無言が続き、シェリーの唇の上に唇を乗せたままジェイクは呟いた。

「一緒にいる今を否定するな、なかった方がよかったなんて、本気か?」

もう無理だった。溢れる涙を止める術もなく嗚咽する。

「ちが…そ、いう意味じゃ…」
「別れようって考えてたのか?この半年をリセットしようと?」
「ちが…」
「別にセックスしたくて付き合ってたわけじゃねぇぞ?離れるくらいなら一生しなくても構わない」

シェリーは言葉にならなくて、首を振る。
ジェイクはそんなシェリーを頭ごと胸に抱え込む。

「OK、スーパーガール。俺の気持ちはこうだ。お前とは離れない。エージェントとして報告義務があるならそれでもいい。いくらでも報告しろ。セックスに関しては、お前に任せる。俺は感染しようとしまいと、できるもんならやりたい。でもお前が俺のためにダメだと言うなら、それを尊重する。それと、もし子供ができても――研究なんぞくそくらえだ。絶対に渡さない。以上だ」


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