バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
5000万ドルの価値 <1>
ジェイクは豪華な応接間に通され、腰かけたソファの沈み具合に苦笑した。

(こんなフカフカの椅子、座ったことねぇな)

幼少時代から極貧生活な上に戦場では野営が当たり前。母親と住んでいた家も質素だったし、母親が死んでからに至っては家なんていう概念すらなくなった。
固い感触の床を思い出して、ジェイクは立ち上がった。
正直、こんなに居心地のいい椅子はジェイクにはかえって居心地が悪かった。

窓際に寄って外を眺める。
陽の光が中庭の噴水にきらめいて光っている。所々に置かれたベンチには談笑する人々。芝生の上で寝転んで本を開いている人もいる。

…平和な光景だぜ。

バイオテロによって引き起こされた、この世の地獄と化した中国の街も急速に収束に向かいつつあるようだ。ここはその街から離れてるとは言え、同じ国内なのにその爪痕は微塵も感じない。

中国の都市部にあるDOS(Division of Security Operations)の中国支部――正直長ったらしい名称でよく覚えちゃいねぇが、要するに俺の血液を渡す機関にネオアンブレラの海底基地を脱出後、問答無用で連れて来られた。

またネオアンブレラに監禁されていた日々のような検査に次ぐ検査かと思いきや、採血をされ、簡単な検査をされただけで、もう解放されるらしい。どうやらネオアンブレラに監禁されていた時にされた色々な検査のデータが既にあるかららしい。

検査と称したモルモット生活にはうんざりしていたので、正直助かった。
これから責任者に会って、例の契約の話をして、もう国に帰れるという話だった。

――例の契約。

ジェイクは目の前の窓枠に腰かけると、片膝を立ててもう一度外に視線を投げた。

――5000万ドル。現金。値切りはなしだ。

そう言ったのは、もうはるか昔のような気がした。
あの時のシェリーの顔は、今も鮮やかに脳裏に蘇る。

ジェイクは目の前のガラスに映る自分を見つめた。

金に汚いのは承知の上。自分を安く売る気はねぇ。価値があると判断すれば、多少は高く吹っかけたりもした。大抵、値段交渉でジェイクが言った金額は相手の眉を顰めさせるのに十分だった。
人の足元見て――と吐き捨てるように言われたことなど数え切れない。
そんな今までの雇い主の顔とその時のシェリーの顔が重なる。

アイツもそう思ったんだろうな。

ジェイクが自分の映るガラスから視線を外すと同時にドアがノックされた。

入って来たのは、いかにも高そうなグレーのスーツに身を包んだ高級官僚っぽい男だった。

「この度はワクチン精製のための血液提供には大変感謝する」
大げさなジェスチャーでジェイクに歩み寄って来た男にジェイクは手を振った。ほっとけばハグでもされかねない勢いだったからだ。男にハグされても嬉しかねぇ。

「別にいいからよ、早く終わらせてくれよ。待ちくたびれちまった」

男は中国での事態収束のために派遣された責任者だそうで、名前も名乗っていたが、ジェイクには興味がなかったため聞いてもなかった。

「それでゾンビは一掃できたのかよ?」
「ああ、感染者の隔離は完全に終わっているよ。これ以上、感染は拡がらない。ワクチン接種も順次進んでいるはずだよ」
「そりゃよかったな。じゃあ、俺はもう用済みだよな?」
「ああ、君がいなければこんなに被害が少ないことは有り得なかったよ。ラクーンの時のような悪夢の再来だったからね。本当に感謝する。君が世界を救ったんだ」

熱い口調で語る男に本気で笑いそうになった。ケツが痒くて仕方ねぇ。

――俺じゃねぇ。世界を救ったのは――

「それで――血液と引き換えの契約の件だが、5000万ドルということでエージェント・バーキンから聞いてるが、間違いないかね?」

久々に聞いた名前に、ジェイクは思わず聞いていた。

「アイツは…どうしてる?」

海底基地脱出後、ヘリでここに連れて来られてからは一度も会っていない。
ここにいるのかも、もうアメリカに帰ったのかもわからない。

「エージェント・バーキンかね?報告義務があるのでまだこちらに残っていたはずだが、今日、君の血液を持って、本国に帰る予定だよ」

今日――帰るのか。

今まで誰かに聞けばわかることなのに、聞けなかった。会ってどうしようと言うのか。
会わない方がいい。会えばきっと離れたくなくなるに決まってる。でも離れないわけにはいかない。
俺たちは住む世界が違う。今まで一緒にいれたのは、テロから世界を救う、という大義名分があったからだ。それがなくなった今、俺たちは一緒にいる理由がない。そして、その理由は俺の方からは決して作れない。

Shit! 一体、俺はどうしたいんだ?

親父のこともそうだが、シェリーのことを考えると、更に頭が混乱する。

そんなジェイクをよそに、男は話を続けた。

「エージェント・バーキンは今回の任務を立派に遂行した。評価も上がるだろう。正直、組織内ではああいう出自だったから、エージェントとしての活動に疑問視する声もあったんだが――これで大丈夫だろう」

男はジェイクの目の前に書類を差し出し、「これでよければサインをこことここに――」と言いかけた。

ジェイクは反射的に「もし」と呟いた。男が書類から顔を上げる。


「――もし、5000万ドルの代わりにシェリーをくれって言ったら?」

BACK - INDEX - NEXT