バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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5000万ドルの価値 <2>
男は軽く目を見開いた。
聞き間違いでなければ、目の前の彼は今、シェリーが欲しいと言った。

「くれ――とは?どういう意味かな?」

男は意外な思いで聞き返した。

シェリーが今回の任務に就くと聞いた時、正直大丈夫かと思った。エージェントとしての経験は浅いながらあるが、今回のように戦場に赴くのは初めてだった。しかもB.O.Wが溢れている地に――そう心配する男に彼女は笑った。

(心配症ですね。もう――過去を振り返って嘆くのはやめたんです。自分にできる精一杯をしようって決めたんです。だからエージェントになることを承諾したし、実際やってみて、私ができることは些細かもしれないけど、それでも国に監禁されてる頃に比べたら生きてるって思えるんです。だから―――)

止めないで。

彼女の瞳は音に出ない声を発しているように揺るぎない色を宿していて、昔から見てきた泣き虫のシェリーの面影は消え、すっかり自分の運命に立ち向かえる大人の女性に成長していた。

男は苦笑いすると彼女の頭を撫でた。昔から娘のように思っていて――実際、同じような年頃の娘がいる――からか、保護の名目の元、監禁を余儀なくされた彼女に最初から同情的だった。彼女の心の支えとなるクレア・レッドフィールドとの連絡も男はできる限り橋渡しした。そうでないと彼女はきっと壊れていただろう。それほど研究と称した検査に次ぐ検査は過酷だったし、はっきり言えば彼女は人間扱いされてなかった。
彼女の支援者であるシモンズも表向きはシェリーへの支援を惜しまず、彼女を支えているかに見えたが、男は正直それを疑っていた。彼が彼女をモルモット扱いしているのは何となく感じていたからだ。そして、その疑念はクレアからのある手紙で確信に変わった。

シェリーへの手紙は全て検閲される。クレアからの手紙も例外ではない。当時、男はシェリーへの手紙を調べる立場にいたため、それを発見できた。
彼女の手紙には、シモンズを信用するな、という主旨の言葉が連ねられていて、男は即座にその手紙を秘密裏に処分した。もし、その手紙がシモンズに知れれば、クレアはもちろん出入り禁止になる。そうなるとシェリーはきっとこの環境に耐えられない。もしかしたらクレアの命も危ないかもしれない。そう判断してのことだった。

政府に勤めて長いこの男は、ここでは秘密など存在しないことを知っていた。知りたいと思えば知れる立場にいる人間に、秘密にするなど不可能なのだ。そして、シモンズはその立場にいた。

男は目の前にいる青年に意識を戻した。

(さて、彼はどういうつもりで言ってるのかな?)

「エージェントの任を解いて自由にしてくれ、という意味かな?」

「まぁ、平たく言えばそういうことだな」

ほぅ、とわざとらしく息を吐きながら、男はソファの背もたれに背中を預けた。

「おかしなことを言うね、ミスター・ミューラー。君が欲しいのは金じゃなかったのかね?金額も君からの提示だよ。5000万ドルは破格だと思うが、つまり―――ミス・バーキンには5000万ドルの価値があると?」

「金はいいから厄介者を引き受けてやるっつってんだよ」

―――アイツを金なんかに換算できるか。

声にならない声を聞いた気がした。
ジェイク・ミューラーなる人物の報告書にはもちろん目を通している。
イドニア共和国出身の20歳の青年。幼少の頃から極貧生活をしており、10代半ばから傭兵で生活費を稼いでいる。母親は病死した。荒んだ環境の中で、彼自身も荒んだのだろう、周りの評判も芳しくない。
協調性に欠け、自己中心的。金に執着しており、他人に心を開かない。

そう聞いていたので、契約金に5000万ドルを提示したと聞いた時には、その報告書との人物像と一致したのだが――
男は目を眇めると、首を振って口を開いた。
「つまり、君はシェリーを愛しているんだね?」

途端に彼は咳き込んだ。

「ハァ??オイコラ、おっさん!耳ん中に何か詰まってんじゃねぇのか!?誰がそんなこと言ったよ??」

立ち上がる勢いで言い放つ青年を見ながら、男は内心苦笑した。

(ふむ。どうやらシェリーはこのナイフのように尖った青年の心を溶かし、持って行ってしまったようだね。まぁ、彼女ならあり得るか。彼のような人間には初めて会うタイプだろうしね…しかし)

「それは無理な相談だね」

男は彼を真っ直ぐに見ながら言った。

ジェイクは男の顔を見つめながら言葉を失くした。
あっさり突っぱねられた提案は、ほとんど考えずに口から出たものだ。自分でも驚いた。

「エージェント・バーキン…シェリーはそれを喜ぶと思うのかね?確かに彼女は自由の対価としてエージェントの仕事を得たが、もう自分のような犠牲者を一人でも少なくするため―――そう決意して危険な任務にも臆さず挑んでいるんだ。矜持と信念を持ってね。それは君も一緒に行動してわかってるんじゃないのかな?」

口調は穏やかだが、ジェイクは鋭く突かれた気がして自然に視線が落ちた。
いや、わかってたことだ。彼女が自分の境遇を嘆かず、信念を持って自分の生き方を貫いているのは―――わかってたはずなのに。

「私は施設に収容されたころからシェリーを見ているがね、あんなにいい子はいないよ。幸せになってほしいと願ってる。だが、その幸せは彼女が決めることだからね。もし君がどうしてもと言うなら――」

ジェイクは手を上げて男の言葉を遮った。俯いた顔も上げられなかった。

(シェリーの幸せ)

自分は何てバカなんだろう。大馬鹿野郎だ。
欲しいおもちゃを欲しい欲しいと駄々こねてる子供と一緒だ。
ロッカールームで諭されたシェリーの言葉が蘇る。

「自分の生き方に信念が持てないのは、自分の問題だわ」

その通りだ。
俺はまだ何もやり遂げてない。アイツと肩を並べて歩けるほどの何かを見つけたわけでもない。

こんな自分がアイツを欲しい?

ちゃんちゃらおかしくて自分でも苦笑いしか出てこない。
何て自分勝手で、傲慢な―――願い。

ジェイクは立ち上がると、男の方も見ずに「もう用はねぇだろ」とドアに向かって歩き始めた。
「契約金の書類を書いてもらわないと…」と言いかけた男に向かってジェイクは言った。

――「金は50ドルにまけといてやるよ」



************

不意にクスクス笑い出した男に、シェリーは「どうしたんですか?」と首を傾げた。
「いや、何、今日は楽しいことがあってね」
男は端末に映ったシェリーに笑いかけた。もう背後は空港だ。専用機で本国へ旅立つ時間が迫っている。
「ジェイク・ミューラー氏だが、無事に手続きも終えて解放されたよ。責任を持って国に帰れるよう支援するよ。君に宜しくとのことだ」
そうですか、と呟いたシェリーが寂しそうに見えるのは気のせいか。男は一層笑みを深くして「気を付けて帰りたまえ」と言うと端末を閉じた。



シェリーは上司の言葉を反芻した。
もう帰ったのね、ジェイク。

ヘリで施設に収容されてからはジェイクに会えなかった―――いや、会おうと思えば会えたかもしれないが、敢えて会わなかったのだ。報告書を書くのに忙しかったから、今日はやめとこう、明日にしよう、延ばし延ばしにした期限はあっさり終わりが来た。
今日、本国へ帰るよう指示が出て、数時間後には飛行機へ乗らなくてはならなくなった。
エージェントになってからは「今すぐどこそこへ飛んでくれ」と言われるのは日常茶飯事だったので、特に驚きはしないが、今回ばかりは間が悪い。

今、ジェイクに会わなければもう二度と会えないかも――そう思うと悩んでたことが嘘のように走り出した。

なぜ会うのに躊躇うのか。
そのくせ会えないとわかるとなぜこうも焦るのか。
いくつものなぜを頭の隅に追いやって、シェリーはジェイクの姿を探した。

だが、結局会えなかった。
聞いて回った場所にどこにもジェイクはいなくて、仕方なく部屋に戻ったところに銀のケースが置いてあった。
今日、本国に持って帰るジェイクの血液だと言う。ついさっき本人が持って来たわよ、とそこにいた職員が言った。
そのまま踵を返して追いかけたが、やはり彼の姿はどこにもなく――


シェリーは機体が飛び立つ感覚を身体に感じながら窓の外を見た。
またいつか会えるのだろうか。
明日からまたジェイクに会う前の日常が戻って来る。何だか胸にぽっかり穴があいたような、そんな気持ちも日常に紛れて忘れてしまうのだろうか。

シェリーは報告書の仕上げをするべく、パソコンの電源をオンにした。

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