バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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ロッカールームの攻防
それはコウと呼ばれていた。
その呼び名がジュアヴォと呼ばれるバケモノになった後からつけられたのか、そのバケモノになる前からだったのかは本人にもわからない。
気づいた時には、頭が常に霧がかかったようにスッキリせず、自分の周りで起こっていることは薄皮一枚隔てた別世界の出来事のような感覚だった。
指示されたことを忠実に遂行せねば、という強迫観念にも似た焦燥感があり、仲間との意思疎通も連携も武器を使うのも問題なくできる。だが常に何かに追い立てられている感覚が拭えず、落ち着かなかった。

そんなコウは目の前の女をモニター越しに見つめた。
白い検査着をまとった女はGウィルスの保菌者とかで、半年前にここに来た。コウは監視の役目を言いつけられ、毎日毎日彼女を見つめてきた。
最初に連れて来られた当初は何か喚いていたが、その内大人しくなった。ジェイク、という単語は聞き取れたので、一緒に連れて来られた男のことを心配して聞いていたのだろう。コウは彼女の言葉が理解できなかったので、答えようがなかったが。
仲間の中には監視役を代わって欲しい、というやっかみに似た軽口も叩かれたが、コウ自身は別に彼女の姿に何の興奮も覚えない。普通に検査服を着た女、というだけだった。
性に関する興奮は個体差によるようで、コウのように薄くなる者もいれば、異常に高ぶる者もいるらしい。後者の中には彼女をあわよくば、という考えの者もいるようで、コウの役目の中に彼女を守る、という項目が増えた。コウが勝手に増やしたものだが。
彼女が何のためにここに監禁され、毎日毎日繰り返し検査をされているのか詳しくは知らない。だが、少なくともCウィルス強化という目的を果たすまでは彼女は必要なはず。それまでは手を出していいはずがない。それまでは自分が守らなくては――自分が、彼女を守らなくては。

思考がすり替わっていることにコウは気づかないまま、その日を迎えた。

何てことない日だった。いつも通りやって来ては過ぎる日のはずだった。
だが、突然建物内が真っ暗になった。停電。いつもと違う出来事から始まったいつもとは違う日は、こうやって幕を開けた。
見回りをしていたコウは、突然慌ただしくなった建物内に持っていた銃を握り直した。
何だ?何が起こった?
何もわからないまま彼女の部屋の方向へ走った。すると向こうの角を曲がる彼女と、それを追いかける仲間たちが見えた――仲間?彼女を害しようとしている?
コウは反射的に銃を乱射した――仲間に向けて。



シェリーは銃の乱射音が聞こえて咄嗟に遮蔽物に飛び込む。姿勢を低くしたまま音の方を窺うと、ジュアヴォがバタバタと倒れるのが見えた。それと同時に上からも銃弾が降ってきた。見るとカメラの下に取り付けられている銃が明らかにジュアヴォに向けられている――もしかして、ジェイク?
向こうを見ると、いつもの監視役のジュアヴォが発火して灰になるところだった。
最初に聞こえた銃の乱射音は何だったんだろう?そんな小さな疑問が頭を掠めたが、また新たな足音が聞こえて慌てて シェリーは廊下を走った。


ジェイクはモニターを見ながら操縦桿を握って、片っ端からジュアヴォを撃っていた。
シェリーが走る姿が見えて、それを追いかけるジュアヴォに照準を合わせようとした時、奇妙なことが起きた。ジュアヴォがジュアヴォを撃った――ように見えた。実際、シェリーを追いかけていた奴らが倒れた。その後ろには銃を構えたジュアヴォ。相打ちか?シェリーが物陰から顔を出すのが見えて、そのジュアヴォも銃を構え直して――ジェイクはそのままそのジュアヴォに向かって照準を合わせてトリガーを引いた。連弾となって降る銃弾に蜂の巣にされたそのジュアヴォはしばらくして発火すると、跡形もなく消えた。
とりあえず、ここから排除できる敵はすべて排除した。ドアを開けるコードも手に入れたし、長居は無用、とばかりにジェイクは身を翻した。
そして、何やら狭い道を潜ったり梯子を昇ったりしながら、ロッカールームに着いたジェイクを待っていたのは――
「ジェイク!」

半年ぶりに聞くシェリーの声だった。弾むように呼ばれた声に思わず笑みがこぼれて――
シェリーの姿を見た途端、目を逸らすしかなくなった。
手で顔を覆って横を向く。ついでに咳払い。
(早く気付け!お前、そんな格好でこの半年いたのかよ!?)
奴らの言った半裸の意味を理解した。自分のように上半身裸ではない。ない、が――
(裸よりひでぇじゃねぇか!)
白い布を前と後ろで紐で結んだだけ。胸の谷間はモロ見え、二の腕も脇腹も足も惜しげもなく晒されている。
一瞬しか見てないシェリーのその姿は脳裏に焼き付いた。
「あ…」
呟く声が聞こえたので指の隙間から窺うと、ロッカーの扉の裏にシェリーが隠れたのが見えた。
気まずい沈黙の中、その辺のロッカーを開けてみる。鍵がかかっているものもあれば、何も入っていないものあった。

「ここはどこかしら?」
沈黙に耐えきれなかったのか、シェリーが口を開いた。
「中国だ」ジェイクも簡潔に答える。
「中国のどこ?」
「さぁな…」
ジェイクは答えながらロッカーの扉を開ける。中に服がかかってるのが見えた。
助かった、とその服を取ろうとして、目の端で白い物が翻るのを捉えた。視線を向けると、シェリーの足元に落ちた検査着だった。ということは――
視線を上げると、シェリーの何も着けていない背中が見えた。綺麗な曲線を描いた白くて滑らかな肌。その下は――

ジェイクは何とも言えない気持ちを抱えて、首を振って視線を外した。
(この女は本当に無防備だよな)
ジェイクは自分の気持ちを自覚しているが、この状況ではその無防備さが逆に苛立たしい。
「ただ色々実験された」
無理やり話を繋ぐと、何も気づいてないシェリーも「何されたの?」と聞いてくる。
「plenty.(色々だよ)」
半年間の実験を思い出して、片方の口角が上がった。思い出したくもない。
「俺の抗体を使ってC-ウィルスを強化するとか…そんな話をしてたな」
「大変だわ…他に何か言ってた?」
他に、と聞いてジェイクの手が止まった。聞こうか聞くまいか迷った。この半年間、考え続けてきたこと。

「お前は知ってるか?――アルバート・ウェスカーって奴のこと」

シェリーの周りの空気が止まった気がした。ジェイクにとっては結構な時間の後――実際には一瞬だろうが――シェリーは「え?誰?」と聞き返す。
(お前はホントに嘘が下手だな…)
苦笑いにも似た思いで首を振る。
「知ってたんだな」
そう言うと、シェリーは無言だった。肯定ということだろう。
ジェイクはそのまま話を続ける。
「奴らが散々話してたよ。俺の親父ってのはどんなウィルスにも抗体があって、最後にはその力を利用して自分の体をバケモノに変えた」
ロッカーの中のブーツを手に取り、後ろの椅子の上に投げた。その椅子にドカッと腰を下ろすと、片足を上げてブーツに足を突っ込みながら、ジェイクは畳みかける。
「挙句の果てには世界征服を目論んだらしいじゃねぇか?」
後ろからは何の反応もない。それにも苛立ちを覚える。お前は知ってたんだろ、全部?
「俺はてっきりおふくろを捨てたただのチンピラだと思ってたぜ!」
吐き捨てるように言い切ると、後ろからシェリーの凛とした声が響いた。
「あなたとお父さんは関係ないわ」
「ヤツの呪われた血がなきゃ、俺はここにはいねぇよ!イカれた親と子の間に因果関係なんかねぇ」
ほとんど反射でジェイクは言い返した。
――関係ないだって?じゃあ、お前は何でここにいるんだよ?俺が奴の息子だからだろ?違うのかよ?それでも関係ないなんて言えんのか?ああ、じゃあそれは――
「お前がそう思い込みたいだけだろ?」
(お前の親もそうだったもんな?だから俺と重ねてそう言うんじゃないのか)
ジェイクはロッカーの中から銃を手に取ると、弾倉に弾が入ってるか確認した。
シェリーは開いたロッカーの扉の向こうにいて顔も見えない。何も言ってこないので、そのまま続ける。
「なんで俺がこうなっちまったのかは、今はわかる気がするけどな」

こんな金に汚い、誰も信用できない、信用もされない人間。奴がおふくろを捨てたせいで金がなかった。おふくろの病気も治せなくて死なせちまった。その根源は根っからの悪党で――俺は被害者だろ。

銃をホルスターにしまうと、ジェイクは乱暴に扉を閉めた。



**********

「お前がそう思い込みたいだけだろ?」
そう言われた時、シェリーは目を閉じた。拳を握りしめたい衝動を我慢した。
呼吸を整え、目を開けると、ゆっくりと目の前の扉を閉めて、ロッカーに手をついたジェイクの姿をじっと見つめる。
視線を感じたのか、ジェイクがこちらを見る。険のある視線で見返されたが、シェリーもまっすぐに見返した。
彼はまだ20歳そこそこの少年で、父親のルーツを知ったばかりで頭が混乱していて、自分の血を呪っても仕方ない。そう思っても今の言葉はシェリーの逆鱗に触れた。
実の父親にウィルスを植え付けられ、命の危機に晒された。保護の元、11年も軟禁された挙句、研究と称してのモルモットのような生活。普通の青春時代なんて望むべくもなく、そしてそれは自分には望んではいけない未来だとわかっていた――親のせいで。そう、全てはウィルスに飲み込まれた父親のせい。そう思うのは簡単だ。でも、それで何が変わる?絶望の現実から逃げられる?そんなわけない。親のせいにしたって研究は終わらない。自分の未来も変わらない。 だって、自分の未来を変えるのは自分だから。それを今、彼に理解しろと言うのは酷だろうか?

――否、ジェイクなら大丈夫。
今理解しないときっとこれから先、ずっと彼は変われない。

シェリーの強い視線に、ジェイクはとうとう口を開いた。
「何だよ」
(お願いだから。ウェスカーが自分の父親なんて悪夢のようだけれど。自分の人生は自分で切り開いて)
「親がひどいから何だっていうの?」

――あなたならできるから。
そう想いを込めて、シェリーは言い放つ。

「生きることに信念が持てないのは自分の問題だわ」

表情の変わらない彼を見つめながら、自分の想いが届いたことを願う。
彼からの視線を断ち切ると、シェリーはドアに向かって歩き出した。
彼の横をすり抜ける時、わざと肩を当てた。そのまま振り返らずにドアを開けて部屋の外へ出た。

ドアが閉まる直前、ロッカーを叩く音がして、シェリーはその音に少し安堵した。



**********

「親がひどいから何だっていうの?生きることに信念を持てないのは自分の問題だわ」

口調は厳しかったが、目には他の感情が込められていたように思うのは気のせいか?
ジェイクは肩を怒らせて出て行くシェリーの音高い足音を聞きながら思った。
シェリーの一言はジェイクの急所を突いた。遠慮なく抉った。
シェリーだからこそできる一撃だった。

親のせいで自分の状況がひどかったのは同じだ。それでもシェリーはエージェントになってテロと戦う覚悟をした。
俺のように親のせいにして逃げなかった。そう――俺は逃げたんだ。

自分の現状を誰かのせいにして嘆くだけの子供。責任転嫁をして現実から逃げるだけの臆病者。そう詰るだけの権利がシェリーにはある。でも彼女は――

生きることに信念を持て。

そう諭した。

――お前がそう思い込みたいだけだろ?
思えばあの一言はシェリーには痛かったろう。ジェイクは唇を噛んだ。

彼女は思い込みたいだけの時期はもうとっくに経験したんだろう。
思い込んで逃げてもどうにもならない現実も知っている。
それを知った上で、テロから世界を救うために俺を迎えに来た。

俺は一体彼女の何を疑う?
彼女は世界を救うという使命を全うしようとしているだけだ。それが自分の信念だから。

半年間の疑念が氷結すると同時に自分の甘えも思い知った。
そしてそれをよりによってシェリーにぶつけるなんて――

ジェイクは自分の不甲斐なさに自己嫌悪した。たまらず目の前のロッカーを拳で叩く。
ロッカーが大きくたわんだ。

でも――これからは違う。

ジェイクは踵を返すと、シェリーの後を追いかけた。


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