乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第二十話 魔法剣の彼は大人気です  

「いいぞ。でも食事が終わってからな」
 リカルドは笑って、弟の頭をなでた。昔、新入生だったミケーレの頭をなでたように。弟は大喜びでジャンプする。
「やったー! 食べ終わったら、二階に来てよ」
 彼はまた走って、階段へ向かった。
「食堂の中を走らないで!」
 サラのお母さんが、客が食べ終わった後の食器を運びながら、弟をしかりつける。だが少年は母親の叱責を無視して、階段を駆け上がって逃げていった。サラの弟は、リカルドが大好きらしい。彼の魔法剣はかっこいい。弟があこがれるのは理解できる。
「そうだ、サラ。さっきの話の続きだけど、魔法学校入学後の何を心配しているの?」
 私はたずねる。サラはゲームの本編が、ストレスのようだった。彼女は顔をしかめる。
「ほら、ゲーム本編が九月に始まると、翌年の六月にはアレが復活するじゃない?」
「うん、……例のアレだね」
 私とサラは、ひそひそと話す。小声とはいえ、客でにぎわうお昼の食堂で、「世界をほろぼすやみのドラゴン」とは口にできない。よって私たちは言葉をにごして、アレと言う。ミケーレはこれまた首をかしげて、私たちの内緒話を聞いていた。
「主人公の私がアレを倒さないと、世界がアレするわけで。責任重大だし、私自身も命がけだし」
 サラは不安そうだ。リカルドとミケーレが同席しているので、「世界が滅亡する」とは言えない。なのでサラは再び、アレと言ってごまかす。
「はい。イカスミのパスタ。サービスで大盛りにしておいたよ」
 サラのお父さんがやってきて、リカルドの前に料理を置く。
「ありがとうございます」
「いやいや、いつも息子の相手もしてもらっているんだ。このくらいサービスさせてくれ」
 お父さんは、リカルドの肩を親しげにたたいてから立ち去った。お父さんもリカルドを気に入っているようだ。やはり魔法剣はかっこいい。リカルドは食べ始める。
「でも、そんなに心配することはないよ。アレはあまり強くないじゃない。私はゲームの中で、五ターンくらいで倒したよ」
 私はサラに対して、のん気に笑った。今、目の前にいるサラは、ゲームの中のサラより頼もしい。ドラゴンくらい、一撃でやっつけそうだ。しかしサラは、あぜんとした。
「私、ゲームでは恋愛パートばかりをやっていた。魔法のレベル上げをさぼったから、すごく苦戦したわ。高卒で就職したばかりで毎日いそがしかったから、ソシャゲなんか適当にプレイしていたし」
 頭を使わず、いい加減に画面をタップしていたと言う。
「VSアレ戦では、アイテムを全部使い切って、MPもなくなって、――課金もしなかったから、ミケーレ王子とエドアルド先輩が死んだ」
 その瞬間、ミケーレがぶっとコーヒーをふきだした。リカルドもまゆをひそめて顔を上げる。
「さっきから何の話をしているんだよ!?」
 ミケーレが怒りだす。彼は私とサラの話を聞き流していたが、さすがにスルーできなかったらしい。
「ゲームの中の話だから、気にしないで。今のミケーレ君には関係ないよ」
 私はあわててごまかす。サラは、前世でミケーレを殺したことが気まずいのか、視線をそらしている。彼女がミケーレに、変に気をつかう理由が判明した。私と恋仲であることは関係なく、単に申し訳ないのだ。
「クールビューティーのくせに仲間をかばいまくるミケーレ王子が勝手に自滅したから、ゲームに飽きてプレイしなくなったのよ」
 サラはぼそぼそと言う。
「俺が自滅するって、……君、俺と目を合わせて話せよ!」
 ミケーレは真っ赤になって怒っている。
「だからソフィアと末長く幸せになってねと言ったじゃん」
 サラはあさっての方向を見ながら、また小声で言った。
「なるつもりだ。で、俺が死ぬってどういうことだよ?」
「大丈夫よ、ミケーレ君。私がプレイしたときは、ミケーレ君もエドアルド君も生きていたし。多分、ジュリアもミケーレ君を殺していないし」
 私は、けんかするふたりを仲裁しようとした。が、ほぼ確実にできていない。ミケーレは、頭の中にクエスチョンを踊らせている。もはや収拾がつかない。どうしよう。リカルドが冷静な様子で、口をはさんだ。
「三人とも、落ちつけ。ソフィア、サラ、さっきから何の話をしているんだ? アレアレ言ってごまかさずに、教えろ。責任重大とか命がけとか、言っていただろ。それからミケーレは、ソフィアを置いて死ぬような男じゃない」
 言ってから、また真っ黒なイカスミパスタを食べる。ミケーレは口をへの字にして、私とサラを見た。私はサラと顔を見合わせる。私たちはうなずきあって、すべてを打ち明けることにした。
「世界をほろぼす、やみのドラゴンを知っている?」
 私は、リカルドとミケーレにたずねた。
「もちろん。子どものころはよく、悪さをするとやみのドラゴンに食べられるぞと親からおどされた」
 リカルドの方が答える。ミケーレも同じらしく、うなずいている。この世界に魔法は存在するが、ドラゴンや妖精などは想像上の生きものだ。魔王とかモンスターとかもいない。
「その伝説のドラゴンが、再来年の六月に何の前触れもなく唐突に復活するの」
 私が言うと、リカルドはイカのように墨を吐いた。彼は、ごほごほとむせぶ。
「リカルド、汚い」
 サラが文句を言う。ミケーレは困った顔をして、私に聞いた。
「それは本当なのか? ソフィアの話を疑うのは嫌だけど、さすがに信じがたい」
 彼の気持ちは分かる。私は、まじめな調子でしゃべった。
「本当なの。ドラゴンはながい眠りから覚めて、王都の北にある小さな山にやってくる」
「王都の近くまでやってきて、ドラゴンは何をするつもりだ?」
 ミケーレが表情を厳しくする。彼は、王都が危ないと考えているようだ。リカルドも真剣な顔だ。ところが私は再度、サラと顔を見合わせる。
「何もしないよね」
「うん。主人公、――つまり私が仲間たちと倒しに来るまで、いつまでも待っている」
 王都を襲ったり、城から姫をさらったりしない。おとなしく山にいるだけの、気長なドラゴンだ。
 ミケーレとリカルドは何とも言えない顔で、私たちを見ている。彼らの顔には、意味が分からない、ドラゴンが何を考えているのか理解できないと書かれていた。しかしドラゴンに関しては、ゲームのご都合主義だから仕方がない。
「ただドラゴンがいる間、王都の空はずっと黒い雲に覆われている。だからゲーム画面が暗いのよ」
 サラは深刻な顔になって話した。
「さらにドラゴンを倒さないと、世界が終わる。そしてドラゴンとの戦闘は命がけ。私、……その、主人公や攻略対象キャラが死んだりする」
 サラの顔色は悪い。自分が死ぬ可能性があるのだ。私は脇役で、前世では簡単にドラゴンに勝ったため、ドラゴンを軽く考えていた。だが実際は、世界の存亡をかけた光とやみの戦いなのだ。リカルドはひとつ息をつく。
「承知した。明日にでも城で親衛隊隊長と、ドラゴン退治の相談をする。害獣の駆除といっていいのか分からんが、そういうのは俺たち騎士の仕事だ。サラは何も心配せず、家で家族と待っとけ」
 しかしサラは、まなじりを上げる。
「私がいないと、ドラゴンのいる山に入れないの。ドラゴンは、やみの結界を山にはっているから。だから私は必ず、ドラゴンを倒しにいかないといけない。私の聖なる光魔法でないと、とどめもさせないし」
 主人公がいないと山に入れないし、ドラゴンも倒せないのだ。これもゲームのご都合主義だ。けれど十三才の少女に、――ドラゴンと戦うときは十五才だが、とにかく幼い子どもにドラゴンと対峙しろというのは酷な話だ。
 ドラゴンは大きくて、凶暴だ。鋭い爪でおそいかかってくる。ほのおのブレスもはく。空も飛ぶし、しっぽでも攻撃してくる。サラは歯を食いしばって、主人公という責務に耐えている。リカルドは困ったらしく、考えこんだ。その後で言う。
「危険な場所に子どもを連れていきたくないが、仕方ない。一緒にドラゴンを倒しに行こう。サラは俺が守る。けがひとつさせない」
 リカルドは頼もしく笑う。サラは彼を見つめた。勝気な瞳に、涙がにじむ。彼女は、さっとうつむいた。
「ありがとう」
「俺に任せろ」
 リカルドは大きな手で、サラの頭をなでる。サラは小さな声で弱音を吐いた。
「実はずっと不安だったの。悪夢もよく見るし」
「そういう不安なことは、すぐに俺に言えよ。両親でも、誰でもいいから。ひとりで背負いこむな」
 リカルドは優しくしゃべった。彼は本当に面倒見がいい。
「リカルドほど頼りにならないけれど、私のことも頼って。魔法薬研究所でHP回復薬もMP回復薬も、たくさん作っておくから」
 私もサラに声をかける。私にできることは、なんでもやってあげたい。
「俺のこともな。あと俺もエドアルドも死なないから」
 ミケーレも笑う。サラは手のこうで、ごしごしと涙をぬぐう。顔を上げて、明るい笑顔を見せた。
「ソフィアとミケーレ先輩も、ありがとうございます。すごく頼りになります」
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