乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第二十一話 ハッピーエンドで終わります  

 年が変わって、九月。サラは、コルティーナ魔法学校の入学試験を合格した。
「家庭教師をしてくれたソフィアのおかげよ。ありがとう」
 彼女は笑顔で、お礼を言った。私はほほ笑む。
「どういたしまして。あなたの努力と才能の結果だと思うわ」
 さらに翌年の六月には、ゲームのシナリオどおり、やみのドラゴンが復活した。王都は黒い雲に覆われて、人々はみんな不安そうに北の山を見上げる。
 だがドラゴンは、こつこつと魔法のレベルを上げてきたサラと、乙女ゲームのモブキャラではなく格闘ゲームの主要キャラのようなリカルドと、勇敢な城の騎士たちによって、あっという間に倒された。
 私とミケーレも、ドラゴン退治に参加していた。しかし、ほとんど何もしなかった。リカルドを含め騎士たちが、勇猛果敢に戦ってくれたのだ。私の作った薬は、けがをした彼らの役に立った。
 リカルドがしっかりと守ったので、サラは傷ひとつ負わなかった。彼女は完全に、リカルドを信頼していた。
「リカルド、本当にありがとう」
「気にするな。俺は騎士として、仕事をしただけだ。それより家に帰って、無事な姿を家族に見せろ。みんなサラのことを心配していただろ?」
 彼はほほ笑んだ。
「うん!」
 サラの顔に笑みが花開く。数日後、サラは卒業・進級パーティーで、ミケーレと楽しく踊ったらしい。
「私はパーティーで、ミケーレ先輩と踊るのが夢だったんです」
 サラはにこにこと笑って、ターンを決めた。ミケーレは優しくサラをリードする。ミケーレは彼女を、妹のようにかわいがっていた。
「先輩はダンスがうまいし、性格もいいし、ついでに顔もいいです。ダンスの相手としては最高です。というわけで、私と踊った後もがんばってください。ミケーレ先輩と踊りたい女子は、いっぱいいますから」
 サラのせりふに、ミケーレはちょっと困った。
「俺は、ソフィア以外の女性と踊りたくないのだけど」
 ただ、ジュリアもこんな風に素直に「踊りたい」と言ってくれたらよかったのに、とも感じた。そうしたら、あんな結末にならなかった。
 それともジュリアは、別の方法で何らかのメッセージを送っていたのかもしれない。助けてほしい、と。それに気づかなかったミケーレもまた、ジュリアと同じく子どもだったのだ。
 結局、ミケーレはサラをふくめ五人の女性と踊った。リカルドの四人と踊ったという伝説を超えてしまった。自分は不実な男かもしれない。ミケーレは結構、落ちこんだ。
 一方、サラはパーティーを大いに楽しみ、家に帰った。そして翌日、いつもどおり食堂に昼食を食べにきたリカルドに、愛の告白をした。
「大好きよ。私が大人になったら結婚して」
 リカルドはサラにとって、もっとも頼りになる男性だ。彼がそばにいるせいで、魔法学校にいる攻略対象キャラの男性たちが色あせて見える。全員、中身も外見もイケメンなのに。リカルドはしばし驚いた後で、にっと笑った。
「いいぜ。一生、お前を守ってやる」
「やったー!」
 サラは大喜びして、彼の大きな体に抱きついた。背後では父と母と弟が、こっそりと喜んでいる。サラも家族も、みんなリカルドが好きなのだ。

 卒業・進級パーティーから一か月後、私とミケーレは前々からの約束どおり結婚した。私たちは約三年間、婚約していたのだ。今はふたりで、ミケーレのお母さんと一緒に男爵家で暮らしている。ミケーレは九月から、魔法使いとして王城で働く予定だ。
「国王陛下と王太子殿下のお役に立ちたいんだ」
 ミケーレはもう王子ではない。けれど国王たちは、ミケーレの家族だ。家族を大事にするミケーレらしい理由だった。
 七月の陽気の中、私とミケーレは公園の中を散策する。去年も今年も春から夏にかけて、花壇ではさまざまな花が咲きほこる。今は、紫色のコーンフラワーが見ごろだ。
 この公園は、二年前にリカルドの魔法で焼け野原になった。だが、しっかりと反省したジュリアの手によって、以前より花が多くなった。なので、公園内を散歩する人が増えたのだ。
「去年より花が増えている。ジュリアが、がんばったのね」
 私はほほ笑む。彼女が愛情を持って手入れしていることが、花を見るだけで分かった。
「あぁ」
 ミケーレも顔をほころばせる。私の肩を抱いて、穏やかな表情で花を見つめた。私たちは、たまにこの公園を歩く。ジュリアには、優しい恋人ができた。ふたりでいたわり合いながら、花の苗を植えていた。
 とてもほほ笑ましい光景で、園内を散歩する人たちはみな、笑顔でジュリアたちを見守っていた。ミケーレはゆっくりとしゃべり出す。
「俺、サラが魔法学校に入学してから、彼女とふたりで話す機会が多くて」
 私は相づちを打つ。ミケーレとサラは、兄妹のように仲がいい。
「ソフィアとサラの言う、乙女ゲームとか前世とかがちょっとずつ分かってきた。ソフィアもサラもジュリアも、一種の未来のようなものが見えていたんだな。運命とでも言うべきものが」
 ミケーレの表情は複雑で、彼がもう子どもではないことが感じられた。出会ったとき、彼は十四才だった。今は十八才の成人だ。
「そうだよ。私たちは、運命に似た、けれどけっして運命ではないものを知っていた」
 私は答えた後で、ほほ笑んだ。
「ありがとう、ミケーレ。ジュリアの件があったから、ずっと考えていてくれたのね」
 私は、ミケーレが学校を卒業してから、ミケーレ君と呼ばなくなった。自然と、そうなったのだ。ミケーレ君という子どもっぽい呼び方は、今の彼に合わないから。ミケーレは、かぶりを振る。金の髪が揺れた。
「ジュリアの件もあったが、ソフィアとサラの言うとおりに、やみのドラゴンが復活して王都近くの山にやってきたから」
 ミケーレとリカルドは、ドラゴンに関しては、本音を言えば半信半疑だったらしい。しかしドラゴンが、本当に山に飛んできた。よってふたりは乙女ゲームについて、真剣に考えざるをえなくなった。
「リカルド先輩はこの前、サラに『ドラゴンのほかに復活するものはないか? やみの精霊とか、やみの魔王とか』と聞いたらしい」
「ないよ。ゲームは終わったから」
 私は言う。おそらくサラも、同じように答えただろう。サラがリカルドに告白し、恋愛を成就させて、ゲームをクリアしたのだ。完璧なハッピーエンドで、続編などない。ミケーレは私の肩から手を離して、表情を引きしめた。
「すべてが終わった後で、これを確かめる俺はひきょうで弱い男だと思う。でも、教えてほしい」
 彼は私を、まっすぐに見つめる。ごまかさずに教えてほしいと、茶色の目が訴えていた。
「ソフィアには、別の運命の相手がいた。俺にも、婚約したり結婚したりする、別の運命の女性たちがいた」
 私は黙って、ミケーレを見た。私とサラとジュリアの言動から、彼はこれらのことに気づいたのだろう。私は静かに苦笑する。ミケーレと結婚した今でも、この質問に、はいと答えるのは勇気が要った。
「そのとおりだよ」
 私は肯定する。ミケーレの瞳が、少しだけ細められる。苦痛に耐えるかのように。彼は不器用にほほ笑んだ。
「そういったことを知っていたが、ソフィアは俺を選んだ」
 ミケーレは私の前にひざまずいた。公園を歩くほかの人たちが、ちらちらとこちらを見てくる。ミケーレは周囲の視線を気にせず、私の両手を取った。茶色の瞳が、熱く真摯に私を見上げる。
「俺を選んでくれて、ありがとう。俺より強くて頼りになる男がそばにいたにもかかわらず、俺が別の女性たちと出会って心変わりするかもしれないという不安を抱えていたにもかかわらず」
 ミケーレはうつむいて、悲しそうに私の両手を見た。
「すまない。君の不安に、俺は気づきもしなかった。サラがやみのドラゴンにおびえていたみたいに、ソフィアもきっと不安だった」
「そこまで不安だったわけではないよ」
 私はほほ笑んだ。
「ミケーレはいつも私を好いてくれていた。私は、目の前にいるあなたが大好きなだけだった」
 今、ここにある愛こそが、私の生きてきた道。選択の結果。ミケーレは立ち上がって、私を抱きしめた。ふたりで長い口づけを交わす。
「乙女ゲームについて考えるのは、もうやめるよ」
 彼はささやいた。先月でゲームは最後まで攻略されているので、ミケーレの判断は正しいと思う。
「俺はただ、君を愛しているだけだ」
「私も、あなたが大好き。愛している」
 私とミケーレは笑いあった。手をつないで、公園の散歩を再開する。ゲームは終わった。ここからさきは、白紙の未来だ。前世の知識なんてない。だけど、――だからこそ、いつまでもふたりで歩いていこう。
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