乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第十九話 おいしいパスタを食べながら、近況報告をしあいます  

 あれから二か月ほどがたった。サラの家の食堂は、にぎわいを取り戻していた。十二月初めのある日、私とミケーレは昼食を食べに食堂へ行った。食堂では、サラの両親が笑顔で出迎えてくれる。
 食堂には、カウンター席とテーブル席がある。私とミケーレは、テーブル席の方を選んだ。使いこまれた木製のテーブルで、いすは四脚ある。
「わぁ、おいしそう!」
 ゲームの中で見た食事が、私の目の前に用意される。バジルソースのパスタ、ひき肉のたっぷり入ったボロネーゼ、そして外の寒い空気で冷えた体を温めてくれるオーブン料理のラザニア。
 私とミケーレは大喜びで、食事をほおばった。ゲームの中では攻略対象キャラとここで食事をすると、好感度が上がった。それも納得のおいしさだった。すると二階から、サラが食堂に降りてきた。
「ソフィア、ミケーレ先輩、おひさしぶりです!」
 少女の明るい笑顔に、私とミケーレも明るい気持ちになる。
「食べに来てくれたのですね。ありがとうございます」
 私はサラから、食堂が再開したら食べに来てほしいと誘われていたのだ。
「うん。だって前世でゲームをプレイしていたときから、食べてみたかったもの」
 乙女ゲームなのに、なぜか料理がおいしそうなスチル絵を思い出す。私のせりふにミケーレは首をかしげたが、サラはうれしそうに笑った。
「私のお父さんの料理はおいしいでしょ?」
 サラは、私たちと同じテーブルに座る。おたがいに近況を報告しあった。サラたち家族は、けんめいに働いて食堂を復活させた。ジュリアの父が多額の賠償金を支払ったために、食堂は予想より早く普段どおりに戻れたという。
「弟の体調もよくなりました。それから先々月の十月に、ジュリアが親と一緒に、私たち家族に謝りに来ました。だから私も、二回もほおをぶってごめんなさいと言いました」
 彼女は首をすくめて、苦笑する。私とミケーレはほほ笑んだ。サラはいい子だと思う。ジュリアと彼女の両親は先月、私とミケーレの家にも謝罪に来た。ジュリアたちは慰謝料を支払うと言ったが、私とミケーレは断った。
「そのお金は、焼失した公園の再建に使ってください」
 私たちはジュリアたちに、そうお願いした。公園は、リカルドの雷の魔法で全壊したのだ。リカルドは悪くないが。
 食事が終わると、私とミケーレは食後のコーヒーを飲む。サラは、さっきからオレンジジュースだけを飲んでいる。彼女は昼食を取った後のようだった。
「ジュリアは魔法学校を退学させられたと、彼女のご両親から聞きましたが?」
 サラは心配そうに、ミケーレにたずねる。彼はうなずいた。
「魔法を犯罪に利用したんだ。退学処分は妥当だと思う」
「ジュリアは王立魔法薬研究所への就職も決まっていたけれど、それもなくなったわ」
 私は言い添える。研究所の所員たちはみんな、とても残念がっていた。ジュリアにはすばらしい才能があったのに、歴史に名を残すほどの薬の開発者になれたかもしれなかったのに、なぜ道をまちがえたのか。
「そうか。そうなるよね」
 サラは悲しげに、ため息をついた。自業自得とはいえ、気のしずむ話だった。ジュリアは一生、魔法が使えない。魔法を使えない人もいるが、この国では少数派だ。
 ジュリアがミケーレの王位継承権破棄の書類を盗んだことに関しては、彼女がどのような罰を受けたのか、私たちは知らない。ミケーレは罪の減免をお願いする手紙を国王に出したが、私たちにできるのはその程度だった。
「そうだ。私、ソフィアに頼みがあるの」
 サラが、気を取り直したように話す。
「コルティーナ魔法学校の入試まで、私の家庭教師をしてほしいの。授業料は払えないけれど、いつでもうちに食事に来て。すべて無料にするわ」
 サラは頭を下げた。
「うん。私でよかったら、勉強を教えるよ」
 私はほほ笑んだ。家庭教師ならば、前世でも大学生のときにやったことがある。
「あと、お金はいらないから。だってサラは、私とミケーレ君の恩人だもの」
 あのとき、サラが私とリカルドの前に現れたから、そしてジュリアの魔法を封じてくれたから、事態はすぐにおさまったのだ。サラがいなければ、もっと苦労して時間もかかっただろう。
「ありがとう!」
 サラは笑顔で答える。
「でも、うちで食事するときはお金を払わなくていいから」
 彼女は、まじめな顔で言った。私はちょっと悩んでから、妥協案を出す。
「じゃあ、半額で」
「分かった、半額ね。あ、ついでにミケーレ先輩も半額でいいですよ。ソフィアの伴侶になるのですし。長生きして、末長く幸せになってくださいね」
 サラはにこにこと話す。彼女は、ミケーレが私の恋人だからなのか、彼に対して妙に気をつかう。
「はぁ。どうも」
 ミケーレは、サラのノリについていけていなかった。
「あぁ、よかった。これで入試は安心できる」
 サラは、ほっとしたように息を吐いた。それから、うんざりしたように言う。
「まさか異世界転生してまで、受験勉強するとは思わなかったわ。私、前世では高校受験しかやったことがないんだけど」
 しかも魔法学校は、合格倍率が十倍以上のせまき門だ。貴族の子どもたちは、家庭教師のもとで受験勉強をする。平民でも裕福な家の子は、親が家庭教師を雇う。対して私は、ひたすら自学自習だった。われながら、よく合格できたなと思う。
「そんなに入試は心配しなくていいと思うよ。サラは主人公だし」
 私は気楽にしゃべる。合格がほぼ確定しているようなものだ。
「それにあなたが主人公でなくても、あなたはすばらしい魔法の使い手。ぜひとも魔法学校に入学すべきだし、もし入試をパスできなくても翌年に編入すべきよ」
 ほめちぎる私に、サラは照れ笑いをした。
「ありがとう。でも実は入試より、魔法学校入学後の方が心配でさ。だから今から、ちゃんと勉強して備えておきたいの」
 魔法学校に入学できても、二年生への進級時に試験で落とされる生徒は多い。サラの心配は当然だった。ミケーレは、さっきから話を理解できていないのだろう。彼はふしぎそうな顔をしつつ、聞き役に徹していた。
「入学後のことを、――つまりゲーム本編について考えると、胃が痛いのよね。私が主人公だから、すごいプレッシャーを感じる。夜に眠れないときもある」
 彼女は顔をしかめる。サラは相当、ゲーム本編を苦痛に感じているようだ。しかし「マジカルスクール―光のスペランツァ―」は、難しいゲームだっただろうか。
 どの攻略対象キャラのルートを選んでも、簡単にハッピーエンドになった。恋のスパイスとなる適度な障害はあったが。また誰とも恋人同士にならないパターンもあり、これもハッピーエンドだ。
「何がそんなにしんどいの?」
 私は疑問に思って問いかける。サラは口を開いた。
「だって私が……」
「いらっしゃいませ!」
 そのとき、サラのお父さんがカウンター奥のキッチンから、声を張り上げる。誰かお客さんが来たらしい。
「リカルド、今日は何にする?」
 サラのお父さんは、にこにこと笑ってたずねる。
「いつもどおり、本日のお勧めパスタで。――あれ?」
 客、――リカルドは、私とミケーレに気づいてびっくりした。私とミケーレも、常連客らしいリカルドに驚いている。目を丸くしている私たち三人を、サラは楽しそうに見た。
「彼は家が近所らしくて、よく来てくれるの」
 サラは、私とミケーレに説明した。リカルドは、気持ちのいい笑みを返す。
「たとえ遠い場所にあっても、食べに行くさ。なんせ料理がおいしくて、量も多いし」
「あなたも口がうまいわね。ありがとう」
 サラは笑った。リカルドは、私たちと同じテーブルに座る。期せずして、テーブルは満席になった。
「ソフィアもミケーレも、ひさしぶりだな」
「そうね。あのとき以来だから、だいたい二か月ぶりかしら?」
 私は、ひさびさに会えた友人にほほ笑む。ジュリアの騒ぎ以来、リカルドとは会う機会がなかったのだ。今日、会えたのは予想外だが、うれしい予想外だ。
「そうだな。いそがしくて、だいぶ会っていなかったな。元気だったか?」
 リカルドの青の瞳は、いつも優しい。
「はい。あのときは、本当にお世話になりました」
 ミケーレも微笑した。するとひとりの男の子が、二階から階段をどたばたと降りてくる。勝気な目をした、十才くらいの少年だ。おそらくサラの弟だろう。彼はテーブルまで走ってやってくると、リカルドの片腕に抱きついた。
「リカルド、今日も魔法剣を見せてよ。家の前を、水浸しにしてもいいから。それから僕に、剣を教えて!」
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