乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

戻る | 続き | 目次

  第四話 親友から鈍いと言われました  

 毎年、六月に四年生たちは学校を卒業していく。魔法学校の生徒は、就職に関しては引く手あまただ。なので例年、どの生徒も五月までには勤め先は決まっている。今年もその例に漏れない。
 五月の暖かい、――むしろ少し暑い日差しを窓際で浴びて、リカルドはぼんやりしていた。いすに座り、机にほおづえをついている。四年生の教室の中で、もの想いにふけっているのだ。私は冷やかすように声をかけた。
「まだ卒業していないのに、感傷的な雰囲気じゃない?」
 生徒会主催での春祭りが終わったので、リカルドは燃えつきているのかもしれない。毎年、学校では、大規模な春を祝う祭りが行われている。日本の学校で言うところの文化祭みたいなものだろう。
 講堂で合唱や寸劇を披露する生徒たちもいれば、せまい廊下で仮面舞踏会をしゃれこむ生徒たちもいる。校庭では、派手な魔法の撃ちあいをしたり、魔法をかけられてふわふわと飛んでいくブラッド・オレンジを捕まえるゲームをしたりする。
 リカルドは、まじめな顔で私を見た。放課後の今、教室の中には私と彼しかいない。
「来月にはこの学校を出ていくし、俺たち、別れないか?」
 私は少し驚いた後で、ほほ笑んだ。
「そうね。今までありがとう」
 私とリカルドは、恋人同士ということになっている。なぜなら、私は平民の生徒だから。何かといじめられる私を心配して、リカルドは私のボディガードになってくれたのだ。
 体が大きく腕力もあり、子爵家の令息であるリカルドが私の恋人になってから、陰湿ないじめは減った。さらにいじめっ子たちの大半は、二年生に進級できず退学になった。
 四年生に上がってからは、私は生徒会長になった。もはやいじめの被害者ではなく、いじめられやすい平民の下級生たちを守る立場だ。加えて私もリカルドも、もう十八才だ。うそのお付き合いはやめて、本気の恋人や結婚相手を探すべきだろう。
「本当にリカルドには感謝している。私が無事に卒業できるのは、あなたのおかげ」
 私は心から礼を述べた。私の両親も、リカルドには心底、感謝している。
「照れくさいから、やめろよ」
 リカルドは苦笑した。ちょっぴり、ほおが赤い。彼は窓から校庭を見おろして黙る。私も静かに、校庭を眺めた。あの校庭で、魔法の炎で栗を焼く授業があった。焼き栗の好きな先生が、毎年秋にそんな授業をするのだ。
 来月の六月には、私たちは学校を卒業する。七月と八月は、この国では長期休暇だ。働く人はいない。いや、労働している人たちもいるが、あまりまじめには動かない。九月になれば新年度が始まり、私たちはそれぞれちがう場所で仕事をする。
 リカルドは遠慮がちに、しゃべり出した。
「一年のミケーレについてだけど、……あいつ、お前にほれているだろ?」
 私はリカルドに視線をやって、少し迷ってからほほ笑んだ。
「それはないよ」
「ええ!? ソフィア、お前は鈍いよ」
 リカルドはぎょっとする。
「そうかな?」
 私は苦しげに笑う。
「私は平民で、ミケーレ君は王子だよ」
「この学校では、よくあることだろ?」
 リカルドは言う。ここでは、身分ちがいの恋が起こりやすい。十四才から十八才までの少年少女が集まっているのだ。すいたほれたの騒ぎは、もちろん起こる。そして魔法学校の生徒は優秀なので、多少の身分ちがいは許されるのだ。
 自分で言うのははずかしいが、私たちはエリートだ。コルティーナ魔法学校には、それだけのブランド力がある。さらに生徒の家の経済状況によっては、授業料や制服代などがほぼ無料になり、奨学金が給付される場合もある。
 したがって毎年、入学試験には大勢の子どもたちが集まる。合格倍率は十倍以上と言われている。私は言いわけを探すように話した。
「それにミケーレ君からすると、私は三つも年上だし」
「今どき、そんなことにこだわるのは老人だけ。そもそもミケーレの母親って、国王陛下より年上じゃなかったっけ?」
 リカルドはあきれたように言う。私は苦虫をかみつぶした。
「言われてみれば、そういうことを聞いた気がする」
 ゲームの中では語られていなかったが、ミケーレの母親は、男爵家、――下位貴族の方だ。よってミケーレは王子だが、権力だの財力だのはあまり持っていない。当然ながら、母親が公爵家や侯爵家の王子の方がそれらを持っている。
 ミケーレは今、王子として城で暮らしている。しかし十才までは、母と男爵家でつつましく暮らしていたらしい。だから彼は、えらぶったところがないのだ。
「ミケーレに、『俺とソフィアは付き合っていない。俺はいっさい、彼女に手を出していない』と伝える」
 リカルドは、いすから立ち上がった。
「え? 待って」
 私はあわてた。
「なぜ?」
 リカルドは私をまっすぐに見つめる。私は困った。
「ほら、私は美人じゃないし」
「そうだな」
 彼は肯定した。私は怒る。
「ここは否定するところでしょ!」
「まぁ、そうだけど。ミケーレは美少年だし、対して俺とソフィアは……」
 リカルドは言葉をにごした。だが彼の言うとおり、私とリカルドは美形ではない。ごくごく普通の顔だ。いや、まだリカルドは目が青いぶん、異性からもてやすい。
 この国では、たいていの人は茶色の髪に茶色の瞳をしている。したがって、金に輝く髪とか海のように青い目とかを持っていると、周囲からちやほやされるのだ。ちなみに私は、茶髪に茶色の目だ。なんて脇役らしい容姿だろう。別に卑屈になる必要はないが。
「ミケーレは、人間の中身を見るやつなんだろ」
 リカルドは、うんうんとうなずいた。地味に失礼な友人だ。私は、怒っているよと示すために、腕組みをした。
「じゃ、ミケーレに会いに行ってくる。あいつは放課後に残って、魔法の自主練習するのが好きだし、まだ学校にいるだろ」
 一月の一年生と四年生の合同授業で、リカルドにこてんぱんに負けてから、ミケーレは魔法の居残り特訓をするようになった。
「待って」
 私はまた引きとめる。リカルドはうんざりした。
「次は何?」
 私は口を閉ざし、彼から視線を外した。もう理由が思い浮かばない。私はいろいろと悩んだすえに答えた。
「その、……ミケーレ君には婚約者がいるかもしれない」
「いないだろ。そんな話は聞いたことがない」
 リカルドはあっさりと否定する。私はせきを切ったように話し出した。
「これから、婚約者ができるの。しかも美人で性格もいいお嬢様。あとミケーレ君が四年生のとき、主人公が、――彼の運命の女性が入学してくる」
 ミケーレはそのうち、侯爵家令嬢のジュリアと婚約する。ゲーム本編が始まれば、主人公のサラと出会う。サラと恋に落ちるかもしれないし、ミケーレを一途に愛してくれるジュリアと結婚するかもしれない。
 そのときには、私はもう学校にはいない。ミケーレのそばにはいないのだ。これからさき起こるであろう現実に、私は打ちのめされた。しかしリカルドは顔をしかめて、私の額に手をやる。
「何よ?」
 私は、むっとしてたずねた。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2022 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-