乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第三話 王子様は決闘がしたいそうです  

 私の体の中には、力がある。その力をうまく吐き出せば、魔法は使える。私は何もない空間に向かって、右手を出した。指の先から、赤い炎が漏れている。
「フィアムマ!」
 強い意志を持って、魔法の呪文をさけぶ。右手から、炎のかたまりが飛び出していく。そのさきにいるのは、剣を構えたリカルドだ。彼は剣を振るう。炎はあっけなく霧散した。
「バケッタ・マジカ」
 私は呪文を唱えて、右手のさきに魔法の杖を出現させる。私の杖は、細長い円筒状をしている。私の身長ほどの長さがあり、色は深紅だ。模様も飾りもないシンプルな杖をつかんで、再度、炎を出す。
「フィアムマ」
 今度は、青い灼熱の炎だ。さきほどの赤い炎より熱く、威力がある。魔法使いはみんな、杖がある方が強い魔法を使えるのだ。リカルドはまた剣を振る。私はふたつ、みっつと炎の玉を彼にぶつけていく。いきなり、赤い炎の大きなヘビが私に襲いかかった。
「アークワ!」
 私は杖で、地面をどんとついた。その瞬間、水のバリアが炎のヘビから私を守る。ヘビが水に負けて消えた途端、刃が私の体にせまった。私は杖で、リカルドの剣を受ける。剣は炎をまとっているし、私の杖は冷気を放つ。
「相変わらず、遠慮なしに攻撃してくるな」
「あなたこそ、よくもレディに向けて剣を振りおろせるわね」
 剣と杖を合わせながら、私たちはにやりと笑いあった。私の杖がリカルドの剣を凍らそうとして、彼の剣が私の杖を燃やそうとする。白い蒸気が発生して、視界がくもる。
「この勝負、引き分け!」
 戦闘を見守っていた先生の声が響く。私とリカルドは、さっと杖と剣を引いた。先生に向かって、ともに礼をする。
「お疲れ様。いい勝負だったよ」
 先生は笑った。四十代前半の男性で、攻撃魔法が得意な人だ。彼は私とリカルドに、戦闘の改善点を述べる。特にリカルドに対しては、細かく指導する。卒業後、リカルドは魔法剣の使い手として、国王のために剣を振るうのだ。指導にも熱が入る。
 広い校庭では、ほかの四年生たちも魔法で戦っている。雷が落ちたり火柱が立ったりと、危険な状態だ。先生はリカルドへの指導を終えると、また別の生徒のもとへ向かった。校庭のはじの方では、一年生たちが四年生たちの戦いを見学している。
「お、ミケーレがいるじゃないか」
 リカルドが、一年生の集団の中からミケーレの姿を見つけた。今は一月だ。雪はほとんど降らないが、とにかく寒い。なのでミケーレはコートを着こんで、マフラーまで巻いている。着ぶくれしているのかもしれない。何ともかわいいことだ。
 対して私たち四年生は、制服の上から紺色のたけの短いローブをはおっている。いかにも魔法使いらしいかっこうだ。ちなみにこのローブを着用できるのは、二年生になってからだ。
 私とリカルドが笑顔で手を振ると、ミケーレは私たちに気づいて、うれしそうに手を振り返した。ミケーレたち一年生は、みんなおそろいの魔法の杖を持っている。
 白色の棒で、長さは身長の半分ほどしかない。さらにコルティーナ魔法学校と刻印されている。学校からのレンタル品だ。私も一年生のときは、その杖を使っていた。だいたいの場合、二年生か三年生のときに、自分の杖を用意するのだ。
「四年生、全員集合!」
 先生が大声を上げたので、私たち四年生は先生のもとへ集まった。今日は、四年生と一年生の合同授業だ。まず、四年生同士の戦闘を一年生たちが見学する。次に、四年生がさきほどの戦いで使用した魔法を、一年生に教えるのだ。
 私とリカルドも一年生のとき、四年生たちのバトルを見学して魔法を教わった。それが今回は教わる側ではなく、教える側なのだ。四年生たちはみんな誇らしげだった。
「炎の魔法、教えてください!」
「ソフィア先輩の杖を見せてください。真っ赤で素敵です」
 私の周囲には、三人の女子生徒が来てくれた。一年生たちのきらきらとした目に囲まれると、くすぐったくてうれしい。一年生のときの私も、きっとこうだったのだろう。私は後輩たちに杖を見せたり、小さな炎を魔法で出したりする。
 しかし一番、一年生に、――特に男子に人気があるのは、魔法剣のリカルドだ。彼だけは杖を持たず、剣を使う。ちらりとリカルドの方に視線をやると、彼は十人くらいの一年生に囲まれていた。
(魔法剣はめずらしいものね。というより、男子って剣が好きよね。ここは魔法学校なのに、やっぱり剣なのね)
 大勢の後輩たちに囲まれて、リカルドはうれしそうだ。ミケーレも、やはり剣がいいのか、リカルドの近くにいる。ミケーレが意を決したように、大きな声を上げた。
「リカルド先輩、本気の決闘をお願いします!」
 リカルドは目を丸くした。彼だけではなく、みんなが驚いた。ミケーレは口をきつく結んで、リカルドを見ている。リカルドは、にかっと笑った。
「いいぜ。でも先生の許可をもらってからな」
 先生は簡単に許可してくれた。むしろ、ミケーレのやる気を評価した。
「負けん気が強いのはいいことだ。四年生の胸を借りて、がんばりなさい」
 だがミケーレがけがしないように、彼に十分な守護魔法をかけた。加えて彼の服や靴にも魔法をほどこす。ミケーレは守護魔法に不服そうだったが、守護魔法なしでの決闘は許されなかった。
「ミケーレ君、がんばれ!」
 私は彼に声をかけて、ついでに守護魔法をかけ足した。純粋な天使のミケーレは、私に笑顔でお礼を、……言わなかった。それどころか怒りだした。
「これ以上、過保護な魔法はいりません。先輩は去年、僕が十五才になったのを知っていますよね」
 私は目をまたたかせる。先月の十二月に、ミケーレは誕生日を迎えた。彼は、一年生みんなからお祝いの言葉をもらっていた。私も、おめでとうと言った。なぜ今、誕生日の話が出てくるのだろう。
 ミケーレはぷんぷんと怒りながら、マフラーを外して分厚いコートを脱いだ。リカルドに向かって一年生用の杖を構える。リカルドは剣をさやから引き抜く。軽く剣を構えた。抜き身の剣に、ミケーレが怖気づく。腰が引けていた。
 リカルドは困っていた。手加減の仕方に悩んでいるのだろう。リカルドとミケーレは、体格差もある。北方国境のサルプス山脈にいるクマに、公園のリスが挑んでいるかのようだ。私はミケーレが心配になった。
「リカルド、剣はやめて素手で戦えよ。相手は一年だ」
 四年生男子が苦笑して言う。リカルドが答える前に、
「剣でお願いします!」
 ミケーレが顔を赤くしてさけんだ。彼はあくまで戦いたいようだ。腰が引けつつも、じりじりとリカルドに近づいていく。ミケーレのがんばりに、リカルドは優しくほほ笑んだ。
「ミケーレ君、がんばって!」
「リカルド先輩も、がんばってください」
 一年生女子たちが黄色い声を上げる。ミケーレは杖をぎゅうぎゅうに握りしめて、呪文を唱えた。
「フィアムマ!」
 その瞬間、ミケーレは気おいすぎたのか、彼自身の体が真っ赤な炎に包まれた。一年生たちから悲鳴が上がる。リカルドは冷静に剣を振った。魔法の風で炎は消える。
 私は、ほっとした。リカルドは頼りになる。ミケーレはぼう然として、それから顔を真っ赤にした。はずかしかったのだろう。
 だが一年生だから、まだこの程度で当たり前だ。引け目を感じる必要はない。ミケーレは体を震わして、うつむいた。リカルドは彼を心配している。するとミケーレは、唐突に顔を上げた。
「やぁ!」
 かけ声とともに杖を振って、リカルドに襲いかかる。リカルドは危うげなく剣で受け止める。魔法を使わない、ただの打ち合いだ。ところが観衆たちは、――正確に言えば、一年生男子と四年生男子の観衆たちは盛り上がる。
「行け、ミケーレ! リカルド先輩を倒せ」
「一年に負けるな、リカルド!」
 これは魔法の授業ではないのでは? 私はあきれた。しかし、がむしゃらにリカルドに杖でたたきこんでいくミケーレは、ちょっとかっこいい。リカルドに難なくいなされて、何度も地面に転がっているが。ミケーレの制服は土にまみれている。
 でも転がるたびに起き上がって、息を切らしながら立ち向かっていく。ミケーレは、がんばり屋さんだ。顔から、あせが流れ落ちている。「その意気やよし!」とほめてあげたくなる。
 リカルドも同じ気持ちなのだろう。彼はミケーレがけがしないように気を使いつつ、ほほ笑んでいた。
「たまには、こういう授業もいいだろう。異学年交流会だ。一年生と四年生は、一年間しか一緒にいないしな」
 先生も、にこにこしている。案外、大らかな方だ。
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