乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第五話 ゲームの流れに従って行動すべきだと感じました  

 リカルドは心配そうに聞いてきた。
「ソフィア、熱でもあるのか? 病気か? 頭がおかしくなったのか?」
 なっていない! と言いたかったが、確かにさきほどの私の発言は、頭がおかしい人のものだった。リカルドの失礼な言動のおかげで、私は冷静に戻れた。まだ「この世界は乙女ゲームだ」とか「私はモブキャラだ」とか口走らなくてよかった。
「もうやめてくれよ。最近、ミケーレは俺をにらんでくるんだぜ。俺たちが卒業後に結婚するかもしれないとも思っているようだし」
 リカルドは困っていた。それもそのはず、春祭りのときも、ミケーレはいちいちリカルドに突っかかっていた。校庭で空に舞うオレンジを、リカルドより多く取ろうとして大騒ぎしていた。
 さらにミケーレは、おそらく参加するつもりはなかったのだろう、素顔のまま仮面舞踏会に現れた。私は仮面で顔を隠して、いろいろな男性と踊っていた。
 たがいに相手が誰か分からないまま、男も女も浮気な恋を楽しむように、一曲だけ踊ってはパートナーを変えていく。だがミケーレは人ごみをかきわけて、私を捕まえた。
「ソフィア先輩ですよね? 顔を隠しても、僕には分かりますよ」
 にやりと笑う少年に、私はびっくりした。その後、私は舞踏会が終わるまで、ミケーレと踊り続けた。そのときの彼の、うれしそうな茶色の両目と赤く染まったほお。そして私を捕まえて離さない、力強い腕。
 居心地の悪いような、けれどずっと彼と踊っていたいような、そんな複雑な気持ちを私は仮面の下に押し隠した。こんな気持ちは初めてで、どう振る舞っていいのか分からなかった。私が悩んでいると、
「とにかく、ミケーレに本当のことを言うからな」
 リカルドはついに私を置いて、教室から速足で出ていった。私は途方にくれる。どうすればいいのだろう。リカルドは、私が無意識に避けていたものを突きつけてきた。私の本音、私の弱さ。
 だって、もし私がミケーレを好きになって、その後で彼が主人公のサラや婚約者のジュリアと結婚したらつらい。ゲームの中で、サラかジュリアと幸せそうに笑いあうミケーレを私は知っている。
(だから彼だけは、好きになってはいけないのに)
 なぜ恋に落ちてしまうのか。自分のおろかさが恨めしい。仮面舞踏会のときも、ミケーレとは一曲だけ踊って、また別の男性と踊ればよかったのだ。
 ゲームの中で、ミケーレは完全無欠の生徒会長だった。魔法を失敗することもないし、剣も得意で、誰かに打ち負けることもなかった。過去につらい恋愛をしたらしく、影のあるキャラだった。そこまで考えて、私ははたと気づいた。
 ミケーレが昔、経験したつらい恋、――失恋。それって、まさか、……私? 私は息をのむ。私とリカルドが……。そのとき、どかどかと足音が響いて、私はわれに返った。ミケーレが走って教室に入ってくる。彼は息を切らせて怒っていた。
「どういうことですか、ソフィア先輩! 僕をだましていたのですか?」
 多分、リカルドからいろいろ聞いたのだろう。私は覚悟を決めて、ミケーレを見る。彼は緊張感をみなぎらせて、私を注視していた。
 これから私がミケーレを振れば、「私はリカルドが好き。彼と付き合い続けたい」と言えば、ミケーレは私に失恋して、ゲームの中のミケーレになる。よって、私は彼を振るべきだ。
 それがゲームの正しい流れだ。私とミケーレの物語は、ゲームの前日譚の一部なのだ。私に振られて心が傷ついたミケーレが四年生になって、ゲームが始まる。でも、
「今からよく分からない話をするけど、最後まで聞いてほしい」
 私はミケーレにお願いした。彼は私をにらみつけた後で、細く長く息を吐く。
「僕、――俺は、あなたからよく分からない話をされるのは慣れています。いまだに覚えていますよ。編入生としてエドアルドとジュリアが来るのですよね」
 彼は少しだけ笑った。私は、あいまいに笑みを返す。今、思いかえせば、軽率なことを口にしたのかもしれない。特に婚約者のジュリアに関しては、何も話すべきではなかった。
 これから話そうとしていることも話さない方がいいかもしれない。けれど私の気持ちに関することは、きちんと伝えたい。
「私があなたに初めて会ったとき、あなたは四年生の先輩で、何でもできる生徒会長だった」
 ゲームの中のミケーレはそうだった。私のせりふに、彼はまゆをひそめる。彼には理解しがたい話だろう。ミケーレは苦笑した。
「最上級生で何でもできる会長は、ソフィア先輩の方ですよ」
「ありがとう」
 私はほほ笑む。
「そして私があなたに次に会ったとき、――ある意味、これが初めて会ったときかもしれない、あなたはまだ十四才で、学校に入学したばかりで、王子という身分を隠そうとしていた」
 現実世界で出会ったミケーレは、――今、目の前にいる彼は、何かと未熟な少年だ。
「でも数か月後には、学校中にばれていたよね」
 私は思い出してほほ笑む。ミケーレは顔を赤くして、むすっとした。ゲームの中のミケーレは冷静で、あまり表情が動かなかった。だが現実の彼は笑ったり、怒ったり、真っ赤になったりする。
「魔法を失敗して自分自身が燃えちゃうし、空を飛ぶオレンジを魔法で取ろうとして爆発させるし」
 ミケーレはますます不機嫌になる。もうこれ以上、思い出話はやめた方がいいらしい。
「私は、そんなあなたが大好き。完璧なあなたではなく、今のミケーレ君が好き。ずっと一緒にいたい。私は卒業するけれど、これからもあなたのそばにいたい」
 ゲームの世界にいたミケーレではなく、今、ここにいる彼が好きだ。私は、ゲームの世界を否定する。私の意志で、ゲームの流れを変える。
 いや、たとえゲームのストーリーが変わらず、ミケーレがジュリアやサラと出会い心移りするとしても。将来、深く後悔するとしても。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるとしても。私はミケーレを選ぶのだ。
 彼は驚いて、茶色の目を丸くしている。それから困ったように笑った。
「友だちとしてですか?」
「ちがうよ。恋人になりたい」
 ミケーレは顔を真っ赤にした。彼はおどおどと、何かを探すように教室の中を見まわした。金色の髪をかいて、私から目をそむける。
「俺はリカルド先輩と決闘したあのときより、だいぶ魔法がうまくなりましたよ?」
 声が上ずっている。
「うん。ミケーレ君はいつもがんばっていると思う」
 私は笑った。彼は、はずかしそうにうつむく。ちょっと待つと、彼は髪から手を離して顔を上げた。さっぱりとした笑顔を見せる。
「来月、卒業・進級パーティーがあります」
 私はうなずいた。毎年六月に、四年生の卒業と一から三年生の進級を祝うパーティーが、学校内にある講堂で開かれるのだ。私はいつもリカルドと参加していた。だから周囲は、私と彼を恋人同士と認識していた。
「ソフィア先輩は、ぼ、――俺がエスコートします」
 僕と言いかけて、俺と言い直す。
「ありがとう。よろしくね」
 ミケーレの顔いっぱいに笑みが広がった。彼は私の前でひざまずいて、私の片手を取る。手のこうにそっと口づけた。私のほおは熱を持つ。ミケーレが、まだ十五才の少年がかっこよくて見とれてしまう。
「ずっと俺と一緒に、……いてくれ。ソフィア」
 ぎこちなく敬語をやめる。私の手を痛いぐらいに握ってくる。
「うん」
 うれしくて、くすぐったい。ふと気づくと、リカルドが笑顔で廊下から私とミケーレを見ている。彼は私に、よかったなとウインクした。
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