転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  解決編5 北部から来た少年と少年探偵団  

 ルシアが新しく、お茶をいれてくれた。お菓子も新しいものを出す。彼女が下がって部屋から出ると、カミラは話し始めた。彼は、僕の向かいのソファーに座っている。
「おひさしぶりです、アイヴァン殿下、エドウィンさん。俺の名前はマルティンです。北の侯爵家当主の末子です」
 彼は、お空にある太陽のようにほほ笑んだ。僕も笑顔になる。
「ひさしぶりだね、マルティン。君がいなくて、僕もエドウィンもさびしかった。君のお父さんとは、去年の秋に城で会って話した。とても優しくて穏やかな方だった」
 そのときに彼は、すえっ子がやんちゃで困っていると言った。多分、マルティンのことだろう。なんせ彼は、女装して城のメイドになっていたのだから。
「頑固おやじをほめてくれて、ありがとうございます」
 マルティンは苦笑いをする。
「彼は聡明で、柔軟な頭の持ち主だった。君にとっても、自慢のお父さんだろう?」
「いえいえ。あれは古臭く、口うるさい父親です」
 マルティンは首を振る。彼は反抗期のようだ。僕は話題を変えることにした。
「君がなぜ身分や名前をいつわって、城のメイドになっていたのか。そして本物のカミラが今、どうしているのか、聞いていいかい?」
 マルティンは、にこりと笑った。
「まずカミラについてですが、彼女は俺の親せきで友人でもあります。カミラは予定どおり、北部に住む俺の友人のもとへ嫁ぎました。ふたりの結婚を、俺が仲立ちしたようなものです」
 彼は、ちょっと自慢げにしゃべった。
「ふたりは毎日、楽しそうです。ただこの前は、ヨーグルトがまずいとか言って、けんかをしていました。しかし次の日には、仲直りをしていました。新婚というものは人騒がせなものです。別れるだの二度と会わないだの騒いだ後に、よりを戻すのですから」
 マルティンは首をすくめた。僕は笑う。
「カミラはもともと、家から出るのが好きではないのです。人見知りするたちなので、友人も多く作りません。カミラは王都で生まれ育ちましたが、彼女の顔を知っている人は少ないのです」
 北部に住むマルティンの顔も、王都の人たちはほとんど知らない。よってマルティンがカミラのふりをして城のメイドになっても、ばれる恐れが少なかった。
 マルティンがメイドになっている間、カミラは普段どおり家にこもり、今の夫と文通したり読書したりしていた。
「それで、俺がメイドとして城に入った理由ですが、国王陛下と会って話したかったのです」
 マルティンは真剣な顔になった。
「北部のことを気にかけてくれ、もっと支援してくれと訴えるつもりだったのです。いえ、本当は新年のパーティーで陛下とお話したかったのです」
 マルティンは十四才。毎年、新年のパーティーには参加できなかった。だが今年は、初めて参加が父母によって許された。マルティンの両親はパーティーで、国王にマルティンを紹介する予定だった。
「国王陛下と、お言葉を交わすことができる。父さんと母さんは『余計なことをするな』と怒るだろうけれど、陛下に直接、北部のことを訴えられる。そう考えて、俺はパーティーに喜んで出席しました」
 ところが、ドミニクが婚約破棄騒動を起こした。パーティー会場は大騒ぎで、マルティンが国王と話すどころではなかった。でもマルティンはあきらめきれず、国王の周囲をうろうろした。しかし国王はいそがしく、マルティンに気づかなかった。
「俺はパーティーに期待していた分だけ、がっかりしました」
 マルティンは肩を落とした。彼は心底、今の北部の状況を憂いているのだ。そして自分にできることは何でもやりたい。
「そこで俺は、強硬手段に出ました。女装して、城のメイドになりました」
 カミラと彼女の両親は、マルティンに協力した。カミラは数か月後には結婚して、北部へ行く予定だ。城に勤める人たちが、マルティンの顔をカミラのものと認識しても支障はない。カミラはむしろ楽しんで、マルティンを女装させた。
「ただ、俺の両親には内緒にしていました。今も当然、黙っています。俺がメイドをやっていたなんてばれたら、父に本気で首をしめられます」
 マルティンは、げんなりとした。
「ともかく俺はメイドとして、まじめに働きました。新人メイドの中では一番、力仕事をやっていたと思います」
 新入りだったので、国王のそばに行くことはできなかった。四人いる王子たちにも、ほとんど近づけない。けれどマルティンは城の中で働くうちに、じょじょに分かってきた。
「国王陛下は、おいそがしい方です。陛下は、北部のことを気にかけてくださっている。でも難しい問題だから、解決に時間がかかるのです」
 マルティンは、沈んだ調子で言う。歯がゆくても、辛抱強く待たなくてはならないのだ。
「ありがとう」
 僕は父に変わって、礼を述べた。彼は照れたように笑う。
「自分の無知がはずかしいです。俺はそろそろ潮時と考え、メイドをやめようとしました」
 マルティンは性別をいつわっていた。「カミラではない」ではなく、「女性ではない」とばれる危険が常にあった。だからボロが出ないうちに、メイドをやめるつもりだった。
「なのに毒殺未遂事件に巻きこまれました。俺は、ヴァレンティナさんから犯人と疑われました。いいえ、俺自身が、――マルティンが疑われたのではなく、カミラが疑われたのです」
 マルティンは苦しげな顔をして、両手を握りしめた。
「このままでは、カミラが犯人にされます。俺の友だちで、幸せな結婚を控えているカミラが。俺は、生きた心地がしませんでした。申し訳なくて、カミラにも彼女の両親にも相談できませんでした。すべてを内緒にしている自分の父母にも」
 マルティンは悩み、ふと妙案を思いついた。メイドたちのうわさ話によると、すえっ子のアイヴァン王子はまだ十才の子どもなのに、やたらと頭がいい。
 先月は、元王妃のなくなったブローチを探し当てた。去年も失せもの探しをして、とある伯爵家を救った。伯爵家の息子はアイヴァンに忠誠を誓い、騎士として王子を守っている。アイヴァンは、カミラも助けてくれるのかもしれない。
「それに俺は北の侯爵家の者として、四人いる王子殿下の人となりを確かめたかったのです」
 マルティンは、まっすぐに僕を見た。
「どの方を次期国王として選ぶべきか、誰に忠誠をささげるべきか考えたかったのです。とりあえず、ドミニク殿下は論外でしたが。それで俺は、アイヴァン殿下のもとへ参ったのです」
 僕を知るために、カミラを救うために、マルティンはやってきた。僕はほほ笑む。
「長い大冒険だったのだね」
 僕はまだ、こんなすごい冒険をしていない。
「俺の無謀な行動を、大冒険と称してくれてありがとうございます」
 マルティンは苦笑する。僕はゆっくりと、カップに口をつけてお茶を飲んだ。マルティンもお茶とお菓子を楽しむ。しばらくすると、彼はそわそわとしだした。
「俺が今日、アイヴァン殿下に会いに来た理由ですが……」
 わくわくと期待した目で僕を見る。僕は、にっこりと笑った。
「もちろん大歓迎だよ。少年探偵団にようこそ!」
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