転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  解決編4 カミラの四つの真実  

 カルロスが去った後も、僕は客室に残って、ぼんやりしていた。気持ちの整理をつけたかったのかもしれない。エドウィンは黙って、僕のそばにいる。こんなとき、何もせずにただ近くにいてくれる彼のことが、僕は大好きだ。
「エドウィン、僕の話を聞いてくれるかい?」
 僕が声をかけると、彼は僕の背後から隣にやってきた。ひざをついて、座っている僕と目線を合わせる。エドウィンは、そういう気づかいのできる人だ。
「私でよろしければ、いくらでも聞きます」
 彼はほほ笑んだ。僕も笑みを浮かべる。
「ありがとう。君が友だちでいてくれて、少年探偵団にも入ってくれて、僕はとてもうれしい。けれど僕は、ともに笑いあえる友だちがもっとほしいんだ」
 僕は、正直な気持ちを打ち明ける。
「あとひとり、少年探偵団に入ってほしい人がいる」
 賢明なエドウィンは察してくれた。彼は優しく、こげ茶色の両目を細める。
「私も同じ気持ちです。彼は今ごろ、どうしているのでしょうか?」
「分からないよ。彼に関しては、十四才の少年で、北部生まれの北部育ちで、侯爵家の人間だろう、としか分からないから」
 僕はがっかりして、ため息をつく。しかしエドウィンは目を丸くした。
「なぜ、そんなにくわしく分かるのですか? いえ、男の子だろうというのは、私も気づきましたが」
 予想外にエドウィンを驚かせてしまった。僕は笑って、説明を始める。
「初歩的なことだよ、エドウィン。だって彼、――つまりカミラは……」
 カミラは、私は十六才と話した。ところがその後で、『自分は四年前の十才のとき、僕ほど大人びていなかった』としゃべった。
「だからカミラの本当の年齢は、十四才だ。さらに彼は最後に、『少年探偵団に入れてくれ』と言った。よって君も気づいたとおり、カミラは男の子だ」
 彼は大胆にも女装して、メイドをしていたらしい。でもカミラは、女の子らしい声をしていた。なので、彼はまだ声変わりをしていないのだろう。さすがに来年か再来年あたりは、もう女装はできないと思う。
 それからカミラは女性の名前だから、彼の本名はきっとカミラではない。ただ彼の名前までは、僕には分からない。そんなわけで、彼のことはカミラと呼び続けるね。
 カミラは、私は王都で生まれ育ったと話した。だがその翌日、『私たち北部の人間』と口にした。カミラは北部に嫁ぐのだから、この言葉だけならそこまでおかしくない。けれどカミラは、北部の問題について真剣すぎた。
「したがって、カミラは『王都で生まれ育ち、これから北部へ嫁ぐ人』ではなく、ずっと北部にいる人、すなわち『産まれも育ちも北部の人間』と考えた方が自然なのさ」
 それにカミラは、裕福な南部をねたむ表情もしていた。これも彼が、北部で生まれ育ったと考える方が自然だよ。
 加えてカミラは僕に、新年のパーティーに出席したと告げた。新年の祝宴に参加できる人はかぎられている。王家、侯爵家、伯爵家、カルロスのような大商人や大富豪しか出られない。とても格式の高い集まりだから。
 カミラは、私は子爵家の人間と自己紹介をした。しかし普通は、子爵家の人たちはパーティーに参加できない。十四才の子どもなら、なおさらだろう。新年のパーティーに、子どもにも関わらず出席できるのは、王家か侯爵家の子どものみだ。
 僕は、王族の顔と名前は覚えている。自分の家族や親せきだから。でも、東西南北の侯爵家すべての人間を知っているわけではない。
「よってカミラは、侯爵家の子どもの可能性が高い。多分、北の侯爵家じゃないかな?」
 僕が説明を終えると、エドウィンは絶句した。口をぽかんと開けている。そして楽しそうに笑いだす。
「殿下のなぞ解きに慣れたつもりだったのですが、また驚いてしまいました。あなたと出会ったばかりのころのように」
 するとドアの向こう、――客室近くの廊下が、急に騒がしくなった。エドウィンは警戒して、そちらに視線をやる。
「待ってください、どこへ行くのですか?」
 メイドのルシアの声がする。ベテランの彼女があわてているとは、めずらしい。何があったのだろう。
「客室だよ。そこでアイヴァン殿下とエドウィンさんを待つから、呼んできてよ」
 ちょっと高い目の、男の子の声がした。聞き覚えのある声だった。
「殿下のご都合を考えず、勝手に城にやってきて、殿下を呼びだすなんて……。北の侯爵家のご令息とは言えど、無礼です!」
 ルシアは怒っている。僕とエドウィンは顔を見合わせた。ふたりそろって、笑い声を立てる。うわさ話をしたら、本当に彼が来た。
「アイヴァン殿下は許してくれるよ。俺は少年探偵団に入るために、城に来たんだ。エドウィンさんだけでもいいから、呼んできてよ。いや、彼がアイヴァン殿下のおそばを離れるわけがないか」
 また聞き覚えのある、元気な声。
「客室はここだろ? 勝手に入りまーす」
 話し声の大きさから、彼らはすでにドアの近くにいるらしい。しかしドアは開かなかった。
「お待ちなさい! なぜ、客室の場所を知っているのですか?」
 どうやらルシアが、がんばっているらしい。青色リボンのメイドのプライドにかけて、客室には入れさせないという気概が感じられた。なぜなら客室には、王子の僕がいる。王子のいる部屋に、客人がいきなり入ってきたら失礼だよね。
「この間まで、カミラという娘がメイドとして働いていただろう? 俺はあの子の遠縁で、文通友だち。だから城の中も、だいたい分かっている。それに俺とカミラは、顔がそっくりだろう?」
「そんなことを言われても、分からないわ。カミラは二か月ぐらいしか、城にいなかった。あの子はおとなしくて、いつもうつむいてほとんどしゃべらなかったし」
 ルシアは困っているようだ。カミラはできるだけ、うつむいていたらしい。周囲の人たちに、顔を覚えられたくなかったのだろう。だがカミラは、僕とエドウィンには顔を見せていた。僕たちには、そのうち正体を明かすつもりだったのだ。
 僕とエドウィンは、ドアに近づいた。ひとりでがんばっているルシアを助けたいし、カミラにも会いたいから。エドウィンがドアをゆっくりと開ける。廊下でもめていたカミラとルシアが、びっくりしてこちらを見た。
「騒がしくして、申し訳ございません」
 ルシアが頭を下げる。カミラは目を大きく開けて、僕を見ていた。この国では、ちょっとめずらしい紫の瞳。長い髪は、後ろでひとつにくくっている。メイドの制服ではなく、ちゃんと男の子の服を着ていた。
「俺が今日、城に来ることを分かっていたのですか?」
 カミラは、おそるおそるたずねる。彼は、僕がすべてを推理した上で客室に先回りしたと考えているようだ。
「そんなわけはないよ。僕とエドウィンが客室にいたのは、ただの偶然さ」
 僕は苦笑する。今日、カミラが来ることまで分かったら、僕は賢人ではなく魔法使いだろう。次に僕は、ルシアに柔らかく話しかけた。
「謝る必要はないよ。どうか顔を上げて。君は、まちがったことをしていない。彼は、僕の大切な友人なんだ」
 ルシアは顔を上げて、目を白黒させている。カミラは少し照れたらしく、ほおをかいていた。僕はルシアに笑いかける。
「そして君に、お願いがあるんだ。彼のために、あたたかいお茶とお菓子を用意してほしい。ルシアのいれるお茶はいつも、おいしいからね」
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