転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  解決編3 身を持ち崩すほどの恋  

 たった数日の滞在のつもりだったのに、カルロスは二か月も王都にいた。カルロスが突然、港街を長期間、留守にしたことで、いくつもの商談がつぶれた。カルロスは商人としての信頼を、どんどんと落としていった。
 それでもカルロスはヴァレンティナのそばにいて、彼女の気を引き続けた。必死だったのだ。
「なのにヴァレンティナの口から出てくるのは、憎いドミニクの名前、――ドミニク殿下の名前ばかり」
 カルロスは苦しんでいた。実際にヴァレンティナは、僕と話していたときも、ドミニクのことばかりを気にかけていた。カルロスにとっては、屈辱的だっただろう。
「二月末、これ以上、港街を留守にできず、私は王都を去りました。ヴァレンティナは、まだ親もとにいたいと言い、私についてきてくれませんでした」
 カルロスは、ヴァレンティナに港街に来てほしかった。はやく結婚したかった。けれど彼女は、その望みをかなえてくれなかった。カルロスは、後ろ髪を引かれる思いで故郷へ帰った。
 港街に戻ってからは、手紙とプレゼントをヴァレンティナにおくり続けた。しかし、彼女は自分を愛していないのではないかという不安が募った。そんなとき、ヴァレンティナが、マンゴーについて書いた手紙を送ってきたのだ。
「マンゴーを手に入れるのには苦労しました。強引な手段も使って、周囲にも迷惑をかけました。友人たちからはあきれられ、父母からは……」
 家から出ていけと……。声は小さく、ほとんど聞こえないほどだった。カルロスはうなだれている。そこまでして、手に入れたものだったのだ。彼は、うなるようにして話しだした。
「あのマンゴーは私の愛、私の真心そのものです。アイヴァン殿下のおっしゃるとおりです。その私の心を受け取るのは、ヴァレンティナだけです」
 カルロスは顔を上げて訴えた。彼は泣いていた。でも彼は大人だから、涙なんか流していない。けれど体中で泣いていた。
「あのマンゴーを食べていいのは、彼女だけです。なのにヴァレンティナは私の愛を、よりによってドミニクに与えたのです」
 彼の両手のこぶしは震えていた。
「マンゴーに本当に、毒が入っていればよかったのに……。いいえ、あの黄色い果実に、毒を入れたのは私。私が毒を、もっと入れるべきだったのです」
 苦悶に満ちた声に、僕はただ口をつぐんで黙った。こんなにも苦しんでいる大人に、なんと声をかけていいのか分からない。
 ヴァレンティナは、カルロスからもらったマンゴーを軽く考えていたのだろう。だから手紙の言葉を無視して、ドミニクのもとへ持っていった。大切なマンゴーを、自慢話の道具にした。
(カルロスが、ヴァレンティナとの婚約を解消するのは当然だ)
 彼は疲れたのだ。ヴァレンティナを愛しているからこそ、心が傷ついて立ち上がれなくなった。もしヴァレンティナがマンゴーをドミニクに与えたことを謝罪しても、カルロスと結婚したいと言っても、彼はきっと首を縦に振らない。何もかも遅すぎたのだ。
 気づくと、僕は泣いていた。泣くつもりはないのに、目から涙がこぼれてくる。カルロスが驚いて、僕を見つめる。彼のかたく握られた両手のこぶしが、ほどけていく。僕はあわててズボンのポケットからハンカチを出して、顔をふいた。
「僕は駄目だな。困っている人を助けたいのに、――君をなぐさめたいのに、何もできない」
 なんて情けない王子だろう。カルロスは静かにほほ笑んだ。
「あなたは確かに、私を助けました。あなたが南部にお越しの際には、ぜひ私にお声をかけてください。これ以上はなく、あなたを歓待します」
 もう打ち明け話はおしまいだという風に、彼は話題を変えた。
「そしてもしも、あなたが助けを求めたならば、私はすぐに城に駆けつけます」
「ありがとう」
 僕も笑った。カルロスは少し黙って、僕をじっくりと見た。その後で話し出す。
「あなたの年齢から、まださきのことだと思います。ですが、あなたがその素直で優しい心根のままで国王陛下となられたら、私は心の底から『国王陛下、ばんざい』とさけびます」
「ありがとう。ただ、君は先走りすぎだと思うよ」
 僕は苦笑した。カルロスは、僕の背後に立っているエドウィンを見る。
「私は先走っていません。あなたはすでに、東の侯爵家の支持を得ています。そこにいる騎士の名前はエドウィンで、彼の母方の祖父は、東の侯爵家当主であるルカス様です」
「知っていたのかい?」
 僕はびっくりした。カルロスは、いたずらが成功した子どもみたいにほほ笑む。
「私はヴァレンティナと婚約していたとき、南の侯爵家をつぐつもりでいました。侯爵家当主として、誰の名前を次期国王として書くべきか考える必要があったのです」
 彼は説明する。
「ドミニク殿下は、失礼ですが論外でした。私は、彼以外の三人の王子殿下について調べました。それで、あなたには東の侯爵家がついていることを知ったのです」
 エドウィンは、ぶぜんとして言う。
「東の侯爵家は、まだどの王子殿下にもついていません。それは、慎重に決めなければならないことです」
 僕はうなずいた。カルロスはちょっと驚いている。エドウィンのおじいさんは、まだ幼い僕に対して、王位に関しては何も言っていない。彼は、軽はずみな言動はしない。思慮深い方なんだ。
「それに私は祖父に命令されて、アイヴァン殿下に仕えているわけではありません。私は私の意志で、殿下のおそばにいます」
 エドウィンは、むっとしているようだった。カルロスは、申し訳なさそうにまゆを下げる。
「すまない。君の忠誠心を疑ったわけではないんだ。だが、アイヴァン殿下が国王を目指されるのならば、君も君の祖父も力になるだろう。そう思っただけさ」
 エドウィンは黙っていた。王位継承に関しては、容易に人に話していい内容ではない。過去にそれで、国を割るような大きな内乱をこの国は経験した。その内乱を反省して、投票箱に次期国王の名前を書いた紙を入れるという今の方式ができたのだ。
 口のかたいエドウィンに、カルロスは何も言わずにほほ笑んだ。次に、僕に向かって話しかける。
「長居をしました。申し訳ありません」
「構わないよ。君なら、いつでも歓迎さ」
 僕は笑った。
「ありがとうございます、殿下。次に会うときまで、どうかお元気で」
 彼は優美なしぐさで立ちあがった。おそらく彼は、女性にもてるのだろう。けれど、ヴァレンティナとはうまくいかなかった。単に、それだけのこと。それだけのことが、とても苦しかったのだ。
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