転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  解決編2 甘い果実の危険なワナ  

 ヴァレンティナは過去にマンゴーを食べて、体調を崩さなかった。カルロスは、そのことを知っている。なぜなら幼かったヴァレンティナにマンゴーを与えたのは、カルロスだからだ。
「はい。ですが食品アレルギーについて、ソフィア様ほどくわしく分かっていたわけではありません」
 カルロスは静かな調子で言う。次にお茶を飲んで、のどを潤した。
「母は私に、『初めて見る外国の食べものには、気をつけなさい。食べるときは、一口だけ。それで一晩、様子を見て体の具合が悪くなかったら、たくさん食べていい』と言っていました」
 僕は相づちをうってから、会話のジャマにならない程度にお菓子を食べ始める。カルロスの母はアレルギーについて、不十分とは言え、だいたい分かっているのだろう。
「私は、ヴァレンティナと彼女の母は、マンゴーを食べられることを知っていました。彼女たちは南部にいたので。けれど、彼女たち以外については知りません。王都の方々は、マンゴーなんて見たこともないでしょうから」
 したがってカルロスは手紙にロマンチックな言葉を添えて、ヴァレンティナだけで食べてほしいと書いた。周囲の人々の安全のために。
「昨日、ソフィア様は、『食品アレルギーで、その食べものを一口食べただけで死ぬこともある』とおっしゃいました。正直、恐ろしかったです。アレルギーがそんなに危険なものとは知りませんでした」
 カルロスは難しい顔をして、しばし黙る。それから、
「ヴァレンティナにマンゴーを贈るときに、マンゴーの扱いについてきちんと説明すべきでした。ドミニク殿下が体調不良を起こされたのは、私の怠慢のせいでもあります」
 カルロスは落ちこんでいる。僕は食事の手を止めて、しゃべった。
「あまり自分を責めないでほしい。事件が起きたのは、運の悪い偶然が重なったためでもあるから」
 ヴァレンティナがマンゴーをドミニクに与えるなんて、誰が想像するだろうか。めずらしい果物だから、家族や友人たちと食べるとかならまだしも。
「君は善意で、ヴァレンティナにマンゴーを贈った。あのマンゴーは、君の真心そのものだった。ヴァレンティナがマンゴーを王城に持ってこなかったら、事件は起きなかった」
 僕は驚いて、息をのむ。カルロスの顔が険しくなったからだ。それだけではない。彼の肩が、まるで激怒しているように上がった。
 エドウィンが僕の背後から、さっと出てくる。彼は僕を守りつつ、カルロスを注視した。僕は不安になった。いったいカルロスはどうしたのだ? しかし彼は首を振ると、長い息を吐いて、体から力を抜いた。
「申し訳ございません」
 低い声で謝罪する。僕も長く息を吐いて、気持ちを落ちつけた。
「構わないよ」
 僕はほほ笑む。僕はさっき、カルロスが怖かった。そして今は、彼が心配だ。僕はきっと、彼を傷つけることを言ったのだ。
「ごめん。君を傷つけるつもりはなかった。でも僕は、君にとって無神経なことを言ったのだろう?」
 大人の彼が激怒してしまうことを言ったのだ。カルロスはふしぎそうに、軽く目を見開く。僕をじっと見てきた。
「十才という年齢にそぐわない大人びた方と聞いていましたが、……アイヴァン殿下は、大人より大人のように感じます」
 彼は苦笑する。
「そうかい?」
 僕は反応に困った。カルロスは、僕の食べかけのお菓子を見つめる。
「その一方で、まだあどけない子どもでもいらっしゃる。だから、こんなに話しやすいのでしょうか?」
 カルロスは、ひとりごとのようにしゃべった。エドウィンが、もう危険はないと判断したのだろう、静かに僕の背後に戻る。少しの間、沈黙が降りて、カルロスは遠慮がちに話しだした。
「殿下、ずうずうしいお願いではありますが、――おろかな私の昔話を聞いてくれませんか?」
「僕は、君がおろかとは思わない。でも僕でよかったら、話を聞くよ」
 僕は、柔らかい調子で話した。カルロスはとても傷ついているように見えたから。
「ありがとうございます」
 彼は力なくほほ笑む。そして自分を落ちつけるように、またお茶を飲んだ。
「私は、南部の港街に生まれ育ちました。父母は商人で、船で海に出ることが多かったです」
 あるとき港街に、ヴァレンティナとその母が移り住んできた。カルロスの母とヴァレンティナの母は仲がよく、その流れでカルロスはヴァレンティナと知り合った。
「いえ、おしゃべりを楽しむ母親たちに、ヴァレンティナの子守りを押しつけられたようなものです」
 カルロスは懐かしそうに微笑した。
「ただヴァレンティナは、あまり手のかからない子どもでした。私は彼女を、妹のようにかわいがりました」
 ヴァレンティナたちは南の侯爵家の人間で、カルロスたちには爵位はない。しかしそんな身分の差など、カルロスたちの間にはなかった。海で泳いだり、つりをしたり、笑い声のたえない日々だった。
「あるとき、ヴァレンティナが私に言いました。マンゴーを食べたいのに、私の母が一口しか食べさせてくれないと」
 カルロスはすぐに事情を了解した。いや、了解した気になった。
「マンゴーは高価だから、母さんはケチっているんだな。ヴァレンティナにケチるなんて、母さんらしくない。ヴァレンティナ、俺がマンゴーを食べさせてやるよ。すっごく甘くて、おいしいんだぜ」
 カルロスは大人たちの目を盗んで、ヴァレンティナにマンゴーをたくさん食べさせた。ヴァレンティナは大喜びで、カルロスは得意げに笑った。けれどカルロスの悪事は、その日のうちにばれた。
「あんたは、ヴァレンティナを殺す気かい!?」
 カルロスの母は烈火のごとく怒った。そこでカルロスは初めて、マンゴーが危険な果物と知ったのだ。ヴァレンティナが死ぬかもしれないと、カルロスはぞっとした。
 だがカルロスたちの心配をよそに、ヴァレンティナは平然としていた。彼女にアレルギーはなかったのだ。いつもどおり元気なヴァレンティナに、カルロスと母親は胸をなでおろした。
 そしてヴァレンティナの母は、食品アレルギーについて知らなかった。彼女は、娘が高価な果物を盗んだことを謝罪し、その罪を許したカルロスたちに感謝した。
「その後、ヴァレンティナと彼女の母は、王都へ戻りました」
 しかし一年に一度は、南部の港街に遊びに来た。カルロスは、再会するたびに美しく大人になっていくヴァレンティナにひかれた。ところが彼女は、ドミニクと婚約していた。
「ヴァレンティナの口からドミニク、――殿下の名前が出るたびに、私は嫉妬に苦しみました」
 カルロスは、にがにがしげに言う。彼は普段、ドミニクのことを呼び捨てにしているのだろう。僕の方を見て、殿下と敬称を付けたした。
「今年の新年のパーティーに、私が王都に出向いてまで参加したのは、自分の恋心に決着をつけるためでした」
 新年のパーティーで、ドミニクに会おう。仲のよいドミニクとヴァレンティナを見れば、ヴァレンティナのことをあきらめられる。だが実際には、ドミニクとヴァレンティナは破局を迎えた。
「私は歓喜しました。なりふり構わず、ヴァレンティナに愛を請いました。そして彼女と婚約してからは、ヴァレンティナのためだけに王都に滞在しました」
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