転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  解決編1 裕福な南部の商人、カルロス  

 毒殺未遂事件は、ドミニクの不注意による事故になった。それから半月後、カルロスが王都へやってきた。僕は、誤解も解けたことだし、ヴァレンティナはカルロスと南部へ行って結婚するだろうと思っていた。
 けれど実際は、その逆だった。カルロスとヴァレンティナは婚約を解消したのだ。そしてその数日後、
「ドミニクお兄さんも、婚約を取りやめたみたい」
 僕は城の中庭を散歩しながら、エドウィンに話した。意外なことだったのだろう、彼は目を丸くする。でもドミニクが婚約者とうまくいかなかったのは、僕の予想どおりだった。
 兄のあの言動では、どんな女性とも長続きしないだろう。しかし、カルロスとヴァレンティナまで別れるとは思わなかった。
「まさかドミニクお兄さんとヴァレンティナは、よりを戻すつもりかな」
 僕はつぶやいた。
「あのおふたりにかぎって、それはないと思いますが」
 エドウィンは遠慮がちに言う。僕はうなずいた。
「僕も同意見だよ。それに復縁しても、絶対に不幸になる組み合わせだと思う。ヴァレンティナは幸せになりたいなら、カルロスと結婚した方がいい。なのに、なぜ?」
 彼と別れてしまうのか。僕は、もやもやとした気持ちでいた。エドウィンも浮かない顔をしている。彼は考えた末に話し出した。
「ヴァレンティナ様は十年近く、ドミニク殿下と婚約されていました。いつかドミニク殿下は王となり、自分は王妃となると考えていらっしゃったのでしょう。賢明な王妃になるために、厳しい教育を受けてこられた方です」
 僕は、エドウィンが何を言いたいのか察した。
「ヴァレンティナは長い間、ドミニクお兄さんを見つめ続けた。だから婚約解消後も、彼にこだわり続けた。今さら、ちがう道を選べなかったんだ」
 ヴァレンティナは僕に、僕のおばあちゃんのようなすばらしい女性になりたいと言ったことがあった。豊富な知識を持ち、夫をよく助ける女性に。
 僕はため息をついて、花壇を見つめた。赤色のカーネーションが咲いている。去年の夏に、僕がヴァレンティナにあげた花は多分、咲いていない。
 僕は、その花の名前を知らない。花の色や形も、記憶があいまいだ。ヴァレンティナは、とても喜んでくれたのに。僕は彼女を助けられなかった。そのとき、ひとりのメイドが中庭にやってきた。
「どうしたの?」
 僕に用事がありそうな彼女に問いかける。メイドは頭を下げた。
「お邪魔をして申し訳ございません。カルロスという名の商人が、お礼を申し上げるためにアイヴァン殿下にお会いしたいと、城に来ています」
 僕は驚いた。僕はカルロスと面識がない。お礼に心当たりもない。でも彼と会って話してみたい。
「分かった。彼を客室に通して」
「かしこまりました」
 メイドはていねいに返事してから、急いで中庭から出ていった。僕はエドウィンと、ゆっくり客室へ向かう。客室に入ると、すでにカルロスはソファーに座っていた。彼は僕に気づくと、さっと立ちあがって頭を下げた。
「お初にお目にかかります、アイヴァン殿下。私はカルロスと申します。普段は、南部で商いを営んでおります。突然の訪問を許していただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、初めまして。どうぞ顔を上げて、カルロス。そしてソファーに座って」
 僕はほほ笑んだ。だがカルロスは座らない。彼は顔を上げて笑った。
「王子殿下より、さきに座るわけにはまいりません。それにあなたは、私の命の恩人でもあります」
 話に聞いていたとおり、カルロスは美形だった。年は、二十二才。肌は、港街の人間らしく日焼けしている。騎士のエドウィンとはちがう種類の、たくましい体をしている。いい男という言葉を形にしたら、きっとカルロスになるだろう。
 僕は、彼の向かいの席に腰かけた。カルロスは礼儀正しい仕草で、ソファーに座りなおす。エドウィンはいつもどおり、僕の背後に立った。
 テーブルのそばにいたメイドが、食品カートからテーブルの上へお菓子を移動させる。米を牛乳で煮た、甘い食べものだ。僕はこれが好きだけど、日本出身のおばあちゃんは苦手だ。ご飯が甘いなんて! と言っていた。
 メイドは次に、あたたかいお茶をカップにそそぐ。
「ありがとう、ルシア」
 僕は彼女に言った。ルシアは、僕がものごころつく前から城で働いている。彼女の首元のリボンは青色で、これはベテランのあかしだ。ルシアはほほ笑むと、静かにカートを押して部屋から去った。カルロスは興味深そうに、僕を見ている。僕は質問してみた。
「僕は君と初めて会うけれど、僕が命の恩人ってなぜだい?」
 カルロスは、ちょっとびっくりしたようだ。それから優しくほほ笑む。
「私がヴァレンティナに、毒入りのマンゴーを贈った。それを食べて、ドミニク殿下が体調を崩された。そのような誤解があったと聞きました」
 僕は首を縦に振った。その誤解を解いたから、僕は彼の恩人になったらしい。確かにカルロスは、毒殺未遂事件の犯人にされるところだった。もしも犯人にされれば、身の破滅だっただろう。彼は何も、悪いことをしていないのに。
「恩人と言ってくれて、ありがとう。でも誤解を解いたのは、僕ではなくおばあちゃんさ」
 僕はお茶を一口飲む。僕がさきに飲まないと、カルロスはカップを持ち上げることすらしなさそうだから。彼は、やんわりと笑んだ。
「昨日、ソフィア様に会って、お礼を述べました。そうしたらソフィア様が、真の功労者はアイヴァン殿下とおっしゃったのです」
「おばあちゃんは孫に甘いから」
 僕は苦笑した。
「ただ、僕に『食品アレルギー』について教えたのは彼女だから、やっぱりおばあちゃんのお手柄だと思うな」
 ドミニクがマンゴーを食べて嘔吐したのは、マンゴーに毒が入っていたからではない。単なる食品アレルギーだったんだ。
 日本で暮らす人ならば、アレルギーについて知っているだろう。しかしこの国では、ほとんど知られていない。日本に比べて食品の種類が少ないし、遠い場所の食べものが容易に手に入るわけでもないから。
 ゆえにヴァレンティナも彼女の両親も、食品アレルギーについて無知だった。よって、カルロスが毒入りのマンゴーを送ったと誤解したのだ。
「食品、アレル、ギ―、……はい。ソフィア様も、そうおっしゃいました」
 カルロスはものめずらしそうに、食品アレルギーと口にする。彼はこの単語を、昨日初めて知ったのだろう。
「昨日、ソフィア様は、『ヴァレンティナにはマンゴーアレルギーがなかった。そして、たまたまドミニクにはあった』と説明してくださいました」
 したがってヴァレンティナは、いくらマンゴーを食べても平気だった。対してドミニクは、いくつか食べた後で吐いた。もしドミニクにアレルギーがなければ、何も起こらなかった。彼にとって、マンゴー自体が毒だったんだ。
「カルロス、君は食品アレルギーについて知っていたのだね? だから、マンゴーはヴァレンティナだけで食べてほしいと手紙に書いた」
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