転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編10 なぞはすべて解けた  

 僕はエドウィンと城に戻った。カミラを名指しして、お茶とお菓子を客室に持ってきてもらう。カミラは慣れた仕草で、テーブルの上にあたたかいお茶とチュロスを並べた。チュロスはドーナツに似ていて日本でも食べられる、とおばあちゃんが昔、言っていた。
 カミラは僕の許可をもらってから、向かいのソファーに腰かける。彼女は緊張した面持ちで、僕を見つめた。僕は彼女を安心させるように、ほほ笑んだ。
「ヴァレンティナと話して、なぞはすべて解けた。カルロスと会う必要はない」
 アイヴァン少年の事件簿としては、じっちゃんの名にかけて、もう解くべきなぞはない。カミラは口を、ぽかんと開けた。次に苦笑する。
「カルロス様に会いに南部へ行く必要もなく、……もう解決したのですね。私は驚けばいいのか喜べばいいのか、それさえも分からないです」
 僕の背後に立つエドウィンが、カミラに優しく声をかける。
「これが、アイヴァン殿下の普段どおりです。あなたも、そのうち慣れるでしょう」
「慣れるような気がしません」
 カミラは遠慮がちに否定した。
「なぞは全部解けたけれど、事件はまだ解決していない」
 僕は、ふたりに向かって言った。まだ仕事が残っている。カミラとエドウィンは、表情を引きしめた。
「事件解決のために、僕はおばあちゃんに会いに行こうと思う」
 おともしますと、エドウィンはうなずいた。カミラは僕にたずねる。
「アイヴァン殿下のおばあ様というと、前世の記憶を持つソフィア様のことですか?」
 おばあちゃんが日本の知識を持っていることは、この国の者ならみんな知っている。おばあちゃんは昔、異世界からの転生者であることを隠していた。でも王妃になったときに、その秘密を公表したんだ。
「そう。おばあちゃんに、ヴァレンティナと彼女の家族に対して説明してもらう。あと、ドミニクお兄さんにも説明というか、……多分、おばあちゃんはお兄さんをしかるのではないかな」
 おばあちゃんは僕以外の孫にも、その知識を伝えていた。それは毒であって、毒でない。しかし危険なもの。そのおばあちゃんの忠告を忘れて、ドミニクは毒を盛られたと大騒ぎしたのだ。おばあちゃんはきっと、不用心なドミニクをしかるだろう。
「それでカミラ、君も一緒におばあちゃんに会いに行かないか?」
 僕が誘うと、カミラは目を丸くした。
「君には、少年探偵団に入ってほしい。いや、君は女性だから、少年少女探偵団にしよう」
 僕は笑った。カミラは少し迷った後で、質問をしてくる。
「探偵団とは何でしょうか?」
「僕は探偵になりたいんだ。探偵とは、困っている人たちを知恵と勇気で助ける人のことさ。そして探偵団は、ともに事件を解決する仲間だ。だが今のところ、僕とエドウィンしか団員がいない」
 僕は人差し指を立てた。
「でも君が仲間に加われば、少年少女探偵団になる。探偵団の仲間として、一緒におばあちゃんに会いに行こう」
 おばあちゃんに事件の解決を頼むとともに、エドウィンとカミラを仲間として紹介するのさ。カミラは、ほうけたような顔で僕を見ていた。けれど心は決まったらしく、口もとに笑みを形作った。
「探偵団に誘ってくれて、ありがとうございます。とても、うれしいです。ですが、私は探偵団に入れません」
 カミラの声は、さびしそうだった。
「事件が解決すれば、私はメイドをやめます。もともと城に勤めるのは、二か月だけの予定でした。ところが毒殺未遂事件に巻きこまれて、やめられなくなっていたのです」
 カミラがいなくなると聞いて、僕もさびしくなった。
「昨日の今ごろは、犯人と疑われて、生きた心地がしませんでした。大切な友人になんと申し開きすればいいのか、悩み苦しんでいました」
 もしもカミラがドミニクの毒殺未遂事件の犯人にされていたら、彼女は死刑だっただろう。なぜならドミニクは王子だ。この国は、おばあちゃんいわく封建的なのだ。
「アイヴァン殿下を頼って、よかったです。うそをついて殿下に近づいたのは、いけないことでしたが……。事件が解決すれば、私は城をやめて、予定どおりに婚約者と結婚します」
 意外な事実に、僕は驚いた。
「結婚すれば王都から出ていって、婚約者の実家のある北部へ行きます。王都に比べると、――特に豊かな南部と比べると、貧しい地域です」
 カミラは苦い表情をしている。北部は寒く、場所によっては雪も積もる。土地もやせている。だから北部の人たちは、南部に出ていくことが多い。そうやって若い人たちが出ていくから、余計に貧しくなる。北部の人たちは南部にあこがれ、またねたんでいる。
 ただ、北部地方を治める北の侯爵家当主のおじさんは、聡明な方だ。去年の秋に、僕は城で彼に一度だけ会った。彼は、北部の新しい産業や北部に住む人々の気質などを教えてくれた。ついでに、年を取ってから産まれたすえっ子がやんちゃで、手を焼いていることも。
「南北の貧富の差は、お父さんも国王として、どうにかしようとがんばっている。もちろん、北の侯爵家の方々も手を尽くしている。なかなかうまく、その問題を解決できないけれど」
 成果がまだ出ていないことを、僕はすまなく思った。だがカミラはほほ笑む。
「承知しています。城に上がって、それは本当に理解できました。北部の問題は、数年で解決できるものではありません。数十年かけて、解決するものです」
 カミラは僕を見つめた。しばらくの間、黙ってから、ゆっくりと口を開く。
「ですが、アイヴァン殿下は、困っている人たちに手を差し伸べる探偵です。あなたは、私たち北部の人間も助けてくれるのかもしれません。いつか国王になって」
 彼女の紫の瞳は真剣だった。彼女は本気で、僕に国王になってほしいのだ。僕は返答に困る。それから、やんわりとほほ笑んだ。
「この国で、国王になるのは大変だよ。四つの侯爵家と現国王から選ばれなくてはならない」
 転生者のおばあちゃんが作った、この国の王位継承システムは独特だ。東西南北の侯爵家当主と国王が集まって、多数決で決めるのだ。
 日本でいうところの投票用紙に、次の国王になってほしい人の名前を書く。そして投票箱に入れる。王子の名前でもいいし、姫や王弟の名前でもいい。もっと言えば、王族でなくてもいい。
 ドミニクはヴァレンティナと婚約を解消するまでは、南の侯爵家当主に名前を書いてもらうつもりだった。彼には、王になる野心があった。今も多分、国王の座をねらっている。
「国王に選ばれることは、アイヴァン殿下にとってたやすいことです」
 カミラは、ふふふとほほ笑んだ。
「僕は国王になるより、探偵になるつもりだけど」
 僕は反論した。カミラは笑っている。
「探偵より探偵兼国王の方が、より多くの困っている人たちを助けることができます」
「それは、名案かもしれない」
 僕は説得されてしまった。彼女はしたたかだ。そもそも最初から、うそをついて強引に僕に会いに来た彼女だ。強くて当然なのだ。
「あなたが何者になっても、私はおともします」
 エドウィンが会話に加わってくる。彼の瞳はゆるがない。彼はおそらく、僕の決定をすべて受け入れてくれる。
「頼もしいな。君はいつでも、僕の一番の味方だ」
 僕は笑った。
「さしあたって、僕と一緒におばあちゃんの家に行っておくれ。カミラと別れるのはさびしいが、この不幸な毒殺未遂事件を終わらせよう」
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