転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編9 港街で見た、めずらしい果物  

 ヴァレンティナは、ドミニクと寄りを戻したいのか。いや、さすがにそれはないだろう。僕は、話をドミニクから遠ざけるために質問をした。
「君とカルロスは昔なじみらしいと聞いたけれど、合っているかい?」
 ヴァレンティナはうなずく。
「はい、そのとおりです。私は幼いころ、――ちょうど今のアイヴァン殿下と同じ年ごろのとき、南部の港街に母と暮らしていました」
 母の病気の療養のため、暖かい南部に三年ほど滞在したのだ。そこでヴァレンティナはカルロスと出会った。母親同士の仲がよく、ヴァレンティナとカルロスも自然に親しくなったのだ。
「六才年上のカルロスは、兄のような存在でした」
 近所にある、たがいの家を行き来していた。カルロスは算数や外国語を教えてくれたし、カルロスの両親は商船に乗せてくれた。そんなある日、カルロスの家に行くと、見たことのない異国のフルーツがあった。
「それはマンゴーという、とてもめずらしい果物でした。カルロスの母は、『ちょっとだけなら、いいわよ』と言って、私に一切れ食べさせてくれました」
 マンゴーは甘くて、おいしかった。ヴァレンティナはもっと食べたかった。ところがカルロスの母は、おかわりをくれなかった。でもカルロスはちがった。ヴァレンティナとカルロスは大人たちの目を盗んで、マンゴーをいっぱいほおばった。
「ただ私たちの悪事は、すぐにばれました」
 ヴァレンティナは苦笑する。ヴァレンティナは母に、きつくしかられた。カルロスも、彼の母親にかんかんに怒られた。しかしマンゴーを盗み食いしたのは、ヴァレンティナにとって楽しい思い出だった。
「母親たちからしかられたのに、楽しい思い出というのは変な話ですね。ですが、私は親に反抗したことがあまりなくて……。だから、……その、マンゴーを盗んだことは、はらはらどきどきするような大冒険だったのです」
 ヴァレンティナは懐かしく思い、そのことを手紙に書いた。するとカルロスが、マンゴーをサクランボやオレンジなどとともに贈ってきたのだ。
 手紙には、以下のように書かれていた。マンゴーは希少な果物で、手に入れるのに苦労した。めずらしい果物なので、料理人やメイドたち、ヴァレンティナの父母や友人たちが食べたがるかもしれない。
 だが君だけで食べてほしい。このフルーツは、自分の気持ちだから。あのときと同じで、君を喜ばせるためだけに手に入れたから。情熱的な愛の言葉に、ヴァレンティナの心は満たされた。
「しかし、そのカルロスの贈ってくれたマンゴーを食べて、ドミニク殿下は体調を崩されました」
 ヴァレンティナのひざの上に置かれた両手は震えていた。彼女は、カルロスが毒入りのマンゴーを贈ってきたと考えているのだ。そしてその危険な果物を、必ずヴァレンティナが食べるように指示したと。僕は、彼女がかわいそうだった。
「君はドミニクお兄さんに、『カルロスは毎日、新鮮なフルーツを贈ってくれる』と言ったそうだけど、カルロスは毎日、マンゴーを贈ってくるのかい?」
 僕はたずねた。ヴァレンティナは、きょとんとする。それから、ほおを赤らめた。
「申し訳ございません。それは、適当についたうそです。話を大きくして自慢したくて、そのようなたわごとを申しました。実際には、フルーツをもらったのは、先週のそのマンゴーやオレンジなどだけです」
 彼女はうなだれた。しばらくしてから、泣きだしそうな声で話し出す。
「ドミニク殿下が嫌がらせをするために、自作自演で毒を口に入れたのだ、城のメイドか料理人が毒を入れたのだ、といろいろ考えました」
 でも……、と言葉を途切れさせる。
「カルロスは城での騒ぎを知らず、普段どおり手紙と贈りものをくれます。けれど、怖くて……、私は何も受け取れません」
 ついにヴァレンティナは顔を覆って、すすり泣きを始めた。僕は彼女に、できるだけ優しく話しかける。ここにいるのは、これ以上はなく心が弱っている女の子だから。
「ヴァレンティナ。カルロスが君を殺そうとしたなんて、誤解だと思うよ」
 彼女は幼子のように、首を横に振る。
「カルロスは君を喜ばせようと思って、マンゴーを贈っただけさ。これに関しては、僕より僕のおばあちゃんの方がうまく説明できると思う」
 ヴァレンティナは、体中を震わせて泣いていた。彼女がカルロスの願いどおり、マンゴーをひとりで食べていたら、問題は起こらなかった。
「おばあちゃんに、君と君のご両親に向けて手紙を書いてもらうよ。それで問題は解決する」
 僕は立ちあがって、ヴァレンティナに近づいた。年上の女性にやっていい行為なのか分からなかったが、彼女の頭をよしよしとなでる。彼女の泣き声が大きくなる。僕は、こいねがうように話し続けた。
「大丈夫、大丈夫だから」
 どうか泣かないで、ヴァレンティナ。君が泣くと、僕も悲しいよ。
「ドミニクお兄さんのことは忘れて、優しいカルロスと幸せになっておくれ」
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