転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編8 大切にされて愛されて  

 翌日、僕とエドウィンは、王都にある南の侯爵家の邸に向かった。南の侯爵家は、王国南方に領地を持つ。つまり、そのまんまな名称なのだ。
 僕とエドウィンが客室で待っていると、侯爵家のひとり娘であるヴァレンティナがやってきた。彼女の肌は白く、髪は明るい茶色。瞳の色は、南の海のような青だ。
「おひさしぶりです、アイヴァン殿下」
 彼女はふんわりしたスカートを両手で持って、頭を下げる。僕はソファーから立ちあがって、あいさつを返そうとした。ちなみにエドウィンは、僕の背後にやっぱり立っている。するとヴァレンティナは、ゆるゆると首を振った。
「お座りになったままでいてください。殿下と呼ばれる方を立たせたとあっては、侯爵家の名折れです」
 この王国では、僕たち王家を、東西南北、四つの侯爵家が支えている。だから次期国王を決めるのは、実質この四つの侯爵家だ。
 特に、裕福な南に領地を持つ南の侯爵家は、大きな権勢を誇る。逆に北の侯爵家は貧しく、立場が弱い。南北の差を減らしたいと、国王のお父さんはがんばっているけれど。
「じゃあ、座ったままで失礼するよ。ヴァレンティナ、ひさしぶりだね。前に君と話したのは、去年だったかな?」
 僕はほほ笑んだ。そのときから、ヴァレンティナとドミニクは不仲だった。
「はい。去年の夏に、城の中庭でばったりと出会いました。殿下は庭の花を一輪取って、私に与えてくれました」
 ヴァレンティナは静かにほほ笑む。彼女は、はかない印象の女性だ。体もほっそりしている。
「あのときの花の香りを、私は覚えています。ドミニク殿下はそのようなことをされなかったので、とてもうれしかったのです」
 僕はあのとき、名前も知らない花を適当につんで、ヴァレンティナにあげた。男の子としてレディに対して、かっこつけたかったのさ。でも彼女は花を喜んで、僕もうれしかった。ヴァレンティナは遠慮がちに、僕の向かいのソファーに腰かける。
「ドミニク殿下の事件について、話を聞きたいとうかがいました」
 彼女の声が小さくなる。顔色も悪い。僕はヴァレンティナをいたわるように、柔らかい調子で話した。
「さきに話しておくけれど、僕は君がドミニクお兄さんに毒を盛ったと考えていないよ」
 ヴァレンティナは目を丸くした。それからほっとしたように、息を細く吐く。だが彼女の顔色は青いままだ。ドミニクよりヴァレンティナの方が、ベッドにいるべきかもしれない。彼女は長く沈黙した。その後で、意を決したように話し出す。
「賢明なアイヴァン殿下。いっときは厚かましくも、あなたを弟のように思っていました。しかしあなたにならば、本心を打ち明けることができます。どうか私の話を聞いてください」
 ヴァレンティナの両目はうるんでいた。彼女は何かにおびえているように見えた。
「僕も君を、姉のように思っていたよ。君の力になりたい。さぁ、話しておくれ」
 僕は促す。ヴァレンティナは、すがるように僕を見た。
「新年のパーティー以来、カルロスはいろいろな贈りものをしてくれました。どれも、ぜいたくなものばかりでした。けれどそれだけではなく、彼は私のほしいものをくれました」
 ヴァレンティナが異国に興味があると言えば、異国のエキゾチックなネックレスを。親しい友人たちとのお茶会に行くと言えば、お茶会に着ていける上等な絹の服を。
 ドミニクはヴァレンティナに、義務的にドレスや宝石を贈ってくれただけだった。対してカルロスはヴァレンティナの気持ちをくんで、心のこもったものを贈ってくれる。それが、うれしかった。
「私は、カルロスからの愛に浮かれていました。ドミニク殿下とはちがい、彼は私を大切にしてくれました。二月末にはカルロスは、王都から南部の港街に戻りました。でも変わらず、手紙と贈りものをくれました。ドミニク殿下は、手紙など送ってくれませんでしたが」
 ヴァレンティナの話に、僕は相づちを打った。実は、内心では困っている。彼女は自覚しているのかいないのか、いちいちドミニクについて言及する。彼に未練でもあるかのように。
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