転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編7 前世の知識を活用して  

 僕とカミラとエドウィンは、ドミニクの寝室から、毒殺未遂事件のあった客室に戻った。ソファーに座ると、カミラは落ちこんだ様子で話し始めた。テーブルの上に置きっぱなしだったお茶は冷めている。
「私は、マンゴーを含めフルーツが、どのように皿に盛り付けてあったか覚えています」
 彼女は僕の向かいに座り、下を向いている。
「中央にサクランボ、サクランボを囲むように、オレンジ、イチゴ、モモ、マンゴーがありました。マンゴーは小さく切られていました。量も、ほかのフルーツに比べて少なかったです」
 相変わらず、カミラはよく覚えている。
「切られたマンゴーのうち、どれに毒が入っていたのか、ヴァレンティナ様には分からなかったと思います。マンゴーを切ったのも盛りつけたのも、城の料理人たちですから」
 彼女はひざの上で、両手を固く組んでいる。
「ヴァレンティナ様が、『私は犯人ではない。犯人は城に勤めるメイドか料理人』と主張するのも当然です。ヴァレンティナ様もマンゴーを食べていました。彼女も、毒を口に含む可能性があったのです」
 たまたま毒を食べたのがドミニクだっただけで、ヴァレンティナも毒を口にしてもおかしくなかったのだ。だからヴァレンティナは犯人ではない。そのように、カミラは言いたいのだろう。
「私は、『ヴァレンティナ様が毒を盛って、その罪を私たち城で働く者になすりつけようとしている。よってヴァレンティナ様が犯人と判明すれば、問題は解決する』と考えていました」
 彼女は、深く頭を下げた。
「浅はかな考えでした。申し訳ございません。犯人はきっと……」
 カミラはつらそうに、口を閉ざす。
「この城にいるメイドや料理人が犯人である可能性は低い、と僕は考えているよ」
 僕は言った。カミラは驚いて、顔を上げる。彼女の顔には、なぜ? と描かれていた。僕はほほ笑む。
「君の話、料理人たちの話、そしてドミニクお兄さんの話を聞いて、だいたいのことは分かった。次は、明日にでも、ヴァレンティナに会いにいく。その次は、カルロスかな。それで、なぞは解けると思う」
 うまくいけば、ヴァレンティナの話を聞くだけで、事情はすべて分かるだろう。でも僕の言葉に、カミラは軽く混乱しているようだった。
「え? 分かったって、……えっと」
 僕は彼女を落ちつかせるように、柔らかい調子で話した。
「僕には、おばあちゃんから聞いた日本の知識があるから分かったのさ。けれど、日本や異世界の知識がなくても、知っている人は知っていると思う」
 カミラは僕をじっと見た。日本の知識は、別に特別なものではない。この世界でも、博識な人ならば知っているだろう。僕の産まれたこの国には、日本のようにスマートフォンや飛行機はない。しかし、だからといって、無知で劣っているわけではない。
「特に、海上貿易が盛んな南部の人は知っているのかもしれない」
 カミラは、ぴんときたようだ。
「海上貿易商人のカルロス様が、毒を入れたのですか? その場合、彼はドミニク殿下に毒を盛ったのですか? それともヴァレンティナ様に、もしくはおふたりに……」
 カルロスは、恋敵のドミニクを殺そうとしたのか。あるいは何かトラブルがあって、婚約者のヴァレンティナを殺そうとしたのか。はたまた、ドミニクとヴァレンティナのふたりをねらったのか。さきばしるカミラを、僕はたしなめた。
「カミラ、落ちついて。まだ、そこまで分からないよ。それにカルロスに会いたくても、彼は今、王都にいない。南部の港街に戻っている」
 カルロスは新年のパーティーのために王都へ来たが、二月末には南部へ帰った。王都から南部の港街まで、馬車で五日間ほどかかる。僕が彼に会いたければ、二週間ほど旅行をしなくてはならない。カミラは、はじいって身を小さくした。
「はい、申し訳ございません」
「謝罪する必要はない。君は何も悪いことをしていない」
 僕は笑った。カミラはあちこちに視線を動かしてから、また僕を真剣に見た。
「殿下が、十才の子どもに思えません。すごく落ちついていらっしゃるというか……」
 僕は困ったように笑った。僕はよく、周囲の人からそう言われる。でも異世界から転生してきたわけじゃない。
「僕は、正真正銘の十才の子どもさ」
 中身が男子高校生で、外見が小学一年生でもない。カミラは苦笑する。
「私は四年前、こんなに賢くて、大人びていませんでした。いえ、殿下と私なんかを比べるのは失礼ですが」
「失礼でもないよ。僕たちは同じ人間だ」
 あれれ、おかしいぞ、と思いながら、僕は笑みを保った。カミラは、僕の背後に立つエドウィンを見た。
「あなたはさっきから、アイヴァン殿下の発言にまったく驚いていないのですね。無表情を装っているというわけでもありませんし」
 私、気になります、とカミラは氷菓(アイスクリーム)みたいな瞳で言った。僕は振り返る。エドウィンは懐かしそうに、両目を細めた。
「私も初めて殿下に会って、殿下がどんどんなぞを解いていくのを拝見したときには驚きました。ですが今は慣れました。これが三回目ですから」
 となると、二回目がおばあちゃんのブローチ探しで、一回目が僕とエドウィンが出会ったときの事件かな。いや、あれは事件というほど大きなことではなく、ちょっとしたトラブルだったけれど。だがそのトラブル解決後、
「父を救ってくれたあなたに、生涯仕えます」
 エドウィンはそう言って、僕の騎士になった。僕は、こんなささいなことで一生を決めない方がいいと言ったのだけど、彼の意志は固かった。
「あなたが殿下のもとに来られたときから、この毒殺未遂事件は片付いたようなものです。したがって安心して、日々の業務にあたってください。またほかのメイドや料理人たちにも、同じようにお伝えください」
 エドウィンの自信満々なせりふに、カミラは口をぽかんと開けた。彼は平然としている。僕は首をすくめて笑う。
「エドウィンは僕を、高く評価しすぎだよ。それに事件は、まだ解決していない。なぞがいくつか残っている」
 ついでに、王国東部に住むエドウィンの祖父も、僕を高く評価しすぎだと思う。エドウィンは何も言わずに、僕にほほ笑んだ。それからカミラに向かってしゃべる。
「今のあなたは、アイヴァン殿下に出会ったばかりの私と、置かれた状況が似ています。一刻も早く冤罪をはらさなくてはならないと、気持ちがあせっています。ですから、余計に何も心配することはないと伝えたかったのです」
 エドウィンはカミラを安心させたいらしい。彼は優しい騎士なのだ。カミラは黙ってエドウィンを見た後で、にこりと笑った。
「ありがとうございます」
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