転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

戻る | 続き | 目次

  問題編6 刑事アイヴァン、なぜか被害者を追及する  

「俺は、ヴァレンティアが食べているものと同じものを食べたんだ。けれどそれに毒が入っていた。彼女は、おいしそうに食べていたのに」
 ドミニクは、不可解そうに首をひねった。僕にもちょっと、ふしぎな話だ。
「ドミニクお兄さんは何を食べたのだい? オレンジかい、イチゴかい?」
「知らないフルーツだった。あんなに甘い果物を、今まで食べたことはない。それしか食べていない」
 となると、マンゴーだろう。
「何色だった?」
 黄色という答を期待して、僕は聞いた。
「そんなの覚えているわけがないだろう? 目立つ色だったとは思うが」
 ドミニクは不快そうに、まゆを上げる。事件があったのは、先週のことだ。兄が忘れるのも無理はない。果物の色や形まで覚えているカミラがすごいのだ。
「お兄さんが食べたものは、遠い異国のフルーツのマンゴーだと思うよ。さきほど、料理人たちから聞いた」
 僕は言った。ドミニクはぶすっとしている。はじをかかされたと思ったのだろう。
「でも、お兄さんはなぜマンゴーを食べたの? けんか別れした元婚約者の持ってきたものだよね」
 敵が差し出してきた、得体の知れない食べものだ。普通、そんなものは怖くて口にできないだろう。
「ヴァレンティナが、おいしそうに食べていたからだ。彼女はほかのフルーツも食べていたが、マンゴーを一番、食べていた。実際に、マンゴーはおいしかった」
 僕はあきれた。おいしそうというだけで、未知の食べものを口に入れないでほしい。僕たち兄弟は昔、おばあちゃんから、初めて食べるものには注意しなさいと言われなかったっけ。
 しかもマンゴーは、ヴァレンティナが持ってきたものだ。ドミニクは、毒を盛られてもおかしくないぐらいに恨まれている自覚があるのかな?
「俺はマンゴーを、みっつ? ――よっつぐらい食べたと思う。三個目か四個目を食べたときに、口の中がかゆくなった。それで毒だと気づいたんだ。最後に食べたマンゴーに、毒が入っていたのだろう」
 ドミニクは、そう結論づける。サイコロ状に切られたマンゴーのうちのひとつが、毒入りだったのだ。それをドミニクは食べた。その仮説が正しいのならば、僕には疑問がある。
「その場合、どうやってヴァレンティナは毒入りのマンゴーを避けたの?」
 ドミニクは、とたんに不機嫌になった。僕は質問を続ける。
「毒の入ったマンゴーに、何か目印があったの? それとも、毒入りは右はしにあったとか、形や色がほかとちがったとか」
「知らない! お前が考えろよ」
 ドミニクは考える気がないようだった。僕はやっぱり彼と相性が悪い。話していて、まったく楽しくない。
 調理場で働く人たちは、ヴァレンティナのフルーツはすべて、その日のうちに捨てたと言っていた。残っていれば、見た目やにおいなどを調べることができたのに。いや、さすがに全部、くさっているか。僕は思考をさらにめぐらせた。
「毒と一口に言っても、いろいろなものがあるよね。トリカブトとかダチュラとか。毒入りマンゴーは、どんな味がしたんだい?」
 兄に問いかける。そしてただの体調不良で、たまたまマンゴーを食べたときに嘔吐した可能性もある。
「うるさいな! 質問ばかりして、しつこい。俺は毒のせいで、病気なんだぞ」
 ドミニクは完全に怒っている。僕は困った。これ以上、質問を続けることは難しいだろう。しかし、まだ聞きたいことがある。
「最後にひとつだけ、教えてもらってもいい?」
 僕は子どもらしく、おねだりする。僕はまだ十才で、ドミニクとは八才差だ。おねだりしたって、いいだろう? 兄は苦虫をかみつぶした。彼が嫌だと言う前に、僕はしゃべる。
「お兄さんは、なぜヴァレンティナに会ったの? 彼女が城へ来ても、無視すればよかったのに」
 ドミニクが会わないと決めたら、ヴァレンティナは彼と会えなかっただろう。ここは城で、ドミニクは王子だ。ヴァレンティナより立場は上だ。ドミニクは二回まばたきをしてから、勝ち誇ったように笑った。
「カルロスには、金はあっても爵位はない。彼は爵位目当てで、ヴァレンティナに求婚した。彼がほしいのは、南の侯爵家当主の座。次期国王を決める権力の座だ。ヴァレンティナには、何の価値もない。そういううわさ話を聞いた」
 彼の唇は、みにくくゆがんでいた。確かに、カルロスにはメリットの大きい結婚だ。彼は婚姻によって、今まで以上に富と名声と権力を持つだろう。
「ヴァレンティナに、『カルロスはいやしい商人で、お前を愛していない』と言うつもりだった」
 ヴァレンティナを傷つけるつもりだった。そうやって彼女をいじめることが、ドミニクには楽しいことなのか。
「そう……」
 兄の毒に当てられないように、僕は視線を下げた。だが心の中に、嫌なものがたまっている。
 ドミニクとヴァレンティナは、婚約を解消した今も、悪縁が切れていないのだ。ドミニクに自慢するために、城に来たヴァレンティナ。ヴァレンティナに嫌みを言うために、彼女に会ったドミニク。
 もう婚約は解消したのだから、おたがいに会わずに無視し合っておけばよかったのに。なぜ、わざわざ傷つけ合うのか。この毒殺未遂事件は、起こるべくして起こったのかもしれない。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2021 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-