転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編5 復讐された王子、ドミニク  

 調理場で働く料理人たちは、そのフルーツはマンゴーだと教えてくれた。
「遠い異国のフルーツで、王都ではほぼ見ないものです。海に面している南部でも、希少なものでしょう」
 料理人たちは、ヴァレンティナからマンゴーやオレンジなどを受け取った。とは言っても、実際はヴァレンティナとともに城にやってきたメイドたちから手渡された。侯爵家令嬢のヴァレンティナは、果物なんて重いものを持たない。
 料理人たちはヴァレンティナに頼まれたとおりに切り分けて、大皿に盛り付けた。当然、毒は入れていないし、盗み食いもしていない。
「教えてくれて、ありがとう」
 僕は礼を述べて、調理場から出ていった。廊下を歩きながら、カミラが気楽に話しかけてくる。
「マンゴーという果物の名前を、初めて知りました」
「僕も初めて聞いたよ」
 僕はカミラを見上げた。彼女は僕より六才年上で、背も高い。僕にお姉さんはいないけれど、もしいたらこんな感じなのかな?
「南部は、やはり裕福ですね。そんな外国のフルーツが手に入るなんて」
 カミラは複雑な顔をした。彼女は、豊かな南部に嫉妬しているようだった。僕は言う。
「南部は外国との交易が盛んだからね。僕たちが知らないものが、たくさんありそうだ」
 この国で海に面しているのは、南方だけだ。ところでマンゴーについて、僕のおばあちゃんは知っているかな? 日本では、いろいろな種類の食べものがあるらしい。果物も、たくさんある。遠い外国の果物も、お店で簡単に手に入るそうだ。
 この国では、基本的には自分の地域で取れるものしか食べられない。日本に比べれば、食べものの種類は少ない。日本ではお決まりの、食品のアレルギー表示や原材料の表示などもない。賞味期限もない。
「エドウィン、君はどうだい? マンゴーについて知っていたかい」
 僕はさらに見上げて、エドウィンに聞いた。彼はカミラより背が高く、体も大きい。僕の身長は、彼の胸ぐらいまでしかない。
 エドウィンは礼儀正しく、僕の一歩後ろを歩いている。彼は常に、立場をわきまえた行動をする。そして、どちらかと言うと無口だ。カミラとエドウィンは正反対で、ちょっとおもしろい。
「私も初耳です。祖父も、――彼は博識ですが、知らないと思います」
 エドウィンは王国東部で生まれ育った。東部には大きな山脈があり、その山脈の向こうにはちがう国がある。ただし山脈越えは困難だ。
「それで、殿下。あなたは、どこへ向かって歩いているのですか?」
 エドウィンは、ふしぎそうに問いかけた。僕は笑った。
「ドミニクお兄さんの部屋さ。事件の被害者である彼に、話を聞きたいんだ」

 ドミニクは、五日前の毒殺未遂事件からずっと体調を崩している。なので彼はベッドにいた。しかし僕とエドウィンとカミラが近付くと、ドミニクは億劫そうに体を起こす。彼はパジャマ姿だった。
「何の用だ?」
「お見舞いに来たんだよ」
 僕は愛想よくほほ笑む。ドミニクは面倒くさそうに、僕たち三人を見た。かゆいのか、右手で左腕をかいている。
「まだ、その騎士がそばにいるのか?」
 ドミニクは、僕の背後に立つエドウィンを見る。エドウィンは去年の一月からずっと、僕のそばにいる。もう一年以上の付き合いだ。ドミニクは少し考えてからしゃべった。
「彼を譲ってくれないか? 俺はヴァレンティナに、命をねらわれている」
「駄目だよ」
 僕はきっぱりと断った。ドミニクは不快そうに、再び左腕をかく。長そでのパジャマなので、布越しにかいているのだ。
「エドウィンは彼の意志で、僕の騎士になると決めた。僕はそれを受け入れた。また彼は、僕の友人でもある。彼をお菓子のように、他者に譲ることはできない」
 ドミニクは、ヴァレンティナとの婚約を解消した。よって彼は、国王になる気はないと思っていた。だが護衛を口実にエドウィンをほしがるとは、実は王位をねらっているのだろう。ドミニクは腕をかき続けている。僕は兄が心配になった。
「腕をどうしたの? そんなにかゆいの?」
 ドミニクは嫌そうに答えた。
「毒の後遺症だ。じんましんができている」
 そでをめくれば、そこにじんましんがあるのだろう。彼は腕をかくのをやめた。
「その毒について教えてほしいんだ。僕は、なぜドミニクお兄さんが毒を口にしたのか、調べたいのさ」
 ドミニクは、うさんくさそうに僕を見た。兄の様子から察するに、毒殺未遂事件のときにそばにいたメイドが、今、ここにいると気づいていないようだった。
 カミラはエドウィンの後ろに立って、うつむいていた。これでは、ドミニクは彼女の顔がほとんど見えないだろう。
「真相を解明できれば、お兄さんを毒から守るのに役に立つかもしれないよ」
 僕はさらに言う。ドミニクは心が動かされたらしく、ぼそぼそと話し始めた。
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