転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編3 急転直下、美貌の男からの求婚  

 カミラの話は続く。彼女は記憶を掘り起こしつつ、できるだけ正確に伝えようとしている。
「私は貴族の一員として、パーティーに参加していました。ドミニク殿下はわめきちらして、事態の収拾はつきませんでした」
 そんなとき、ある男がヴァレンティナの前に現れた。彼の名前は、カルロス。南部地方の港街に住む、海上貿易商人だ。彼に爵位はない。しかしカルロスは多くの帆船を所有し、王家や侯爵家をしのぐ富を持つ。だからパーティーにも出席できたのだ。
「申し訳ございません」
 カミラは、はっとして謝った。王子である僕の前で、カルロスは王家より金持ちと言ったからだろう。
「構わないよ。謝る必要もない」
 僕は笑う。カミラはほっとした。王国が平和になってから、もっとも財を成したのは、南部の港街に住む商人たちだ。彼らは外国と貿易し、その外国の品々を国内に流通させて富を蓄えた。
 彼らによって、王国南部と王都は豊かになった。ところが、ほかの地方は置いてけぼりをくらっている。特に北部は貧しいままだ。だから僕のお父さんは、頭を悩ませている。
 カミラはお茶を一口飲んでから、また話し始めた。
「カルロス様は、泣いているヴァレンティナ様に結婚を申しこみました」
 私を見てほしい。私は君だけを愛している。だが君がドミニク殿下と婚約しているから、あきらめていたんだ。周囲の人々が顔を赤らめるほど情熱的に、カルロスは言い寄った。どうやらカルロスとヴァレンティナは、昔なじみのようだった。
「今日は君への想いを立ち切るために、王都まで来て、このパーティーに出席した。でも、もう遠慮することはない。私と結婚してくれ」
 カルロスに懇願されて、ヴァレンティナはとまどっていた。相当に予想外な出来事だったのだろう。けれど彼女の目からは、もう涙は流れていなかった。
 ヴァレンティナの両親も驚いていた。しかし彼らは、これはいい話と気づいた。なぜならカルロスは金持ちで、美貌の男でもあった。さらに、彼がヴァレンティナを大切に思っていることは、彼の態度から疑いようがなかった。
 ヴァレンティナは両親に勧められて、自分の窮地を救ってくれたカルロスの求婚を受け入れた。彼は飛びあがらんばかりに喜んだ。その場にいるほぼ全員が、カルロスとヴァレンティナを祝福した。ドミニクだけは苦虫をかみつぶしていたが。
「その後、ヴァレンティナ様とドミニク殿下は正式に婚約を解消しました。そしてヴァレンティナ様はカルロス様と、ドミニク殿下は別の女性と婚約したのです」
 カミラの話に、僕はうなずいた。彼女の話は、お父さんとお母さんの話よりくわしかった。カミラは本当に、記憶力がいいらしい。
「ヴァレンティナ様は、カルロス様と婚約したことがうれしかったみたいです。彼女はことあるごとに、周囲にカルロス様のことを自慢しました」
 カルロスが、すばらしいネックレスを異国から取り寄せてくれた、着心地のいい絹の服をくれた、彼は自分のわがままを何でも聞いてくれるなど。ヴァレンティナの自慢話を、周囲は最初はほほ笑ましく聞いていた。だが徐々に、度が過ぎてきた。
「そしてヴァレンティナ様はさまざまなフルーツを持って、王城までやってきたのです」
 ヴァレンティナは調理場の者たちに、果物を切り盛りつけるように命じた。盛りつけられた果物の大皿を、カミラが客室まで運んだ。カミラが部屋に入ると、ドミニクはフルーツの盛り合わせに驚いた。ヴァレンティナは自慢げにほほ笑む。
「確かに、あの盛り合わせは自慢できるものでした」
 カミラは冷静に言い、僕は同意した。
「新鮮なフルーツは案外、手に入らないからね。自分の住む地方で取れるフルーツで、なおかつ旬のものならば、簡単に大量に入手できる。しかしそれら以外は、普通はお目にかかれない」
 なぜならフルーツは、輸送が困難だからだ。まず、重い。さらに、かさばる。そして傷みやすい。新鮮なフルーツを遠い場所へ運ぶならば、氷などで冷やしながら輸送しなければならない。
 当然ながら、相当な手間と金がかかる。外国の果物や、自分の地方では旬ではない果物を食べられるのは、金持ちや特権階級だけだ。ただ僕たち王族は、そういったぜいたくはしないようにしている。
 この国では通常、フルーツは乾燥させて軽くしてから、運んだり保存したりする。僕が今、食べているクッキーにも、乾燥させたサクランボが入っているしね。
「オレンジとイチゴは、このあたりで今の時期に取れるけれど、――サクランボとモモは、あたたかい南部地方から運ばせたもの。そして、カミラが見たこともない異国のフルーツ」
 異国の果実。なんて好奇心の刺激される言葉だろう。カミラはまじめな顔で、首を縦に振る。僕はほほ笑んだ。
「本当に、ぜいを尽くしたプレゼントだね。それらのフルーツは、カルロスの愛の結晶だろう。手間と時間と金をかけて、手に入れたもの」
 それをヴァレンティナは、王城まで持ってきたのだ。
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