宇宙空間で君とドライブを

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  8−5  

「それはよかった。自慢の孫なのよ、ドルーアもニューヨークも」
 サランは、うれしそうに両目を細めた。次に、わいわいと騒いでいる弘とドルーアに声をかける。
「さぁ、席について。私はもう、おなかがぺこぺこ。『人気者の大スター』になったドルーアとお食事したいわ」
 サランは、ドルーアをからかうように笑った。さっき自分でそう言ったドルーアは、うっと言葉に詰まる。弘は孫を、あきれたように見やった。
「ギターをかついで歌手になるだの芸能人になるだの言って、誰もお前の言葉を本気にしなかったのに、――まさか本当に芸能人になるとは思わなかった。『チャレンジャーズ』を初めて観たときは、驚いて心臓が止まるかと思った」
 ドルーアは、やはり居心地が悪そうに黙る。ニューヨークはむすっとしたままで、長方形のテーブルの席についた。ドルーアは朝乃のために、いすを引いてくれる。朝乃は礼を言って着席した。ドルーアは、朝乃の隣に腰かける。
 朝乃の向かいには、弘とサランとニューヨークがいる。卓上に置かれた小さなベルを、弘がちりんと鳴らす。しばらくすると、朝乃の背後にあるドアから、給仕の男性が部屋に入ってきた。
 あのかすかなベルの音が聞こえたのか、それともベルには何かスイッチがついているのか。ふしぎに思う朝乃をよそに、蝶ネクタイの男性は優雅に飲みものをグラスに注いでいく。
(ニューヨークさんもジュースなんだ)
 朝乃とニューヨークの前に置かれたグラスにはオレンジジュースが、ドルーアと弘とサランのグラスにはワインが満たされた。朝乃は意外に思って、ニューヨークのオレンジジュースを見る。
 彼はまだ学生だ。朝乃より年上で体も大きいので、勝手に大人みたいに感じていた。しかし実際には彼は十九才で、十七才の朝乃とあまり年齢は離れていない。ニューヨークの言動が、ドルーアに比べて子どもっぽいのは当然だった。
「ひさしぶりの再会に乾杯!」
 弘が笑って、ワイングラスを掲げる。
「もうやめてくれ」
 ドルーアがうなだれる。食事が始まった。朝乃にとっては、初めてのコース料理だ。料理の皿が、簡単な説明とともに朝乃の前に出されていく。
 洋食なのは分かるが、フランス料理なのかイタリア料理なのかさえ分からない。ただ二番目に出てきたのはさつまいものポタージュスープなので、実は和風なのかもしれない。
 料理はすべて食べやすい味だった。とてもおいしい。そしてドルーアが、このスープはこのスプーンで飲むとかナイフはこう使うとか教えてくれるので、朝乃は困ることがなかった。
「ドルーアとジュノより、ドルーアと朝乃の方が本当の兄妹に見える」
 ニューヨークが、ぽつりとつぶやいた。さびしそうな声だった。ジュノはドルーアの妹で、ニューヨークの姉だ。ドルーアは苦笑する。
「ジュノは元気かい?」
 彼はナイフもフォークも手慣れている。朝乃は、彼が行儀悪く食べている姿を見たことがない。会話はさきほどから、ずっと日本語だ。多分、英語が不慣れな朝乃に気を使ってくれているのだ。
「さぁ? 俺は四月から浮舟にいるし、……いや、浮舟関係なく、ジュノとは普段から顔を合わせない。最後に彼女と会って話したのは」
 ニューヨークは首をひねる。
「今年の一月かな」
 ドルーアたち兄妹は、基本的に疎遠なのかもしれない。連絡もあまり取り合っていないようだ。もしかすると、ほぼ毎日弟にメールを送っている朝乃がブラコンなのかもしれない。しかも朝乃は今、弟の恋人のリゼともメールのやり取りをしている。
「思い出した。年始にちょっとだけ話した。なぜ従軍しないのかと責められたんだ」
 ニューヨークは嫌そうに顔をしかめる。
「ひさびさに俺に話しかけてきたと思ったら、『軍隊に入れ』だとさ。俺がちがうことをやりたいと言ったら、ジュノは鼻さきで笑ったよ」
 彼はため息をつく。そう言えば、ドルーアは過去に宇宙軍にいたらしい。コリント家では、従軍することが普通なのだろうか。父親が軍需企業のトップだから、その息子たちは入隊するべきという考えなのかもしれない。
「彼女はいつも俺のことに興味ないしね。ゲイターにべったりだし。俺が今、浮舟にいることも知らないんじゃないかな。ドルーアもジュノには会わない方がいい。ドルーアはものすごく嫌われているから、本気でジュノに首をしめられる」
 ニューヨークは言ってから、皿の上のチキンを口に運んだ。ドルーアは苦笑する。彼は苦笑してばかりだ。
 ゲイターは、ドルーアの弟でニューヨークの兄だ。ドルーアと対立しているらしい。つまり『ゲイターとジュノ』VS『ドルーア』なのか? 殺伐とした家族関係に思えた。
 ただその一方で、今、食べている鳥肉料理はおいしい。おそらく、これがメインなのだろう。ナイフとフォークがよく進む。メインディッシュを、ニューヨークはがつがつと食べている。なんとなく彼はマナーを分かっているが、わざとやぶっている感じがする。
「エンジェル、この鳥肉にかかっているソースは、パンにつけて食べてもおいしいよ」
 ドルーアが卓上のスライスされた小さなパンを指して、朝乃に教える。朝乃は「はい」とうなずいて、パンに手を伸ばした。ドルーアは、またニューヨークに話しかける。
「ジュノは、ソロンゴ宇宙軍のマルチェロ・ロッシ中尉と結婚を前提に付き合っていると、うわさを聞いたことがあるけれど」
 朝乃はどきっとした。月面都市ソロンゴの宇宙軍の軍人ということは、今、地球国家の宇宙軍と戦っている人だ。少し前までは、裕也やリゼと戦場で対峙していたのだろう。
「知らないし、興味ない。でもジュノは『ヌールの男たちは軟弱で嫌い』と言っていたから、そうなんじゃない」
 ニューヨークは本当に興味なさげだ。朝乃はパンを、もぐもぐと食べる。ジュノの恋人は軍人で、彼女はニューヨークにも軍隊に入るように言っている。そして父親とゲイターは、宇宙戦艦を作る会社にいる。
 対してドルーアは戦争反対の立場をとり、ニューヨークはバスケットボールをしている。ニューヨークは、どっちつかずの気がした。いや、どちらにもつけないのだろう。
 ドルーアもゲイターもジュノも父親も、ニューヨークにとっては家族だ。ある意味、戦争のせいで、家族がふたつに別れている。朝乃は、切ない気持ちになった。ニューヨークが朝乃を、じっと見てくる。
「ドルーアが君の世話を焼くのも分かるよ。ジュノに比べると、素直でかわいいし」
 彼は悲しげに目を伏せた。朝乃は返答に困る。本来、ジュノが受けるべき愛情を、朝乃はドルーアから受けているのかもしれない。ニューヨークはほほ笑んだ。
「ごめん、困らせて。君には関係のない話なのに。――パン、おいしい? 無理に全部、食べなくてもいいよ。おなかがいっぱいなら、残しても」
 せりふの途中で彼は目を丸くして、朝乃から視線を外した。朝乃の背後を、ふしぎそうに見る。ニューヨークだけではなく、弘とサランもびっくりしている。朝乃はとまどって、背後を振り返った。
 そこにいたのは、食事を運ぶレストランのスタッフではなかった。三人のスーツ姿の成人男性が、ドアから入ってきたところだった。異様な雰囲気に、朝乃は不安になる。
 彼らは、何かのボスと部下のふたりに思えた。ボスは癖のある黒髪で、目も黒い。目鼻立ちがはっきりしていて、眼鏡をかけている。三人の中で一番、若く見えた。だが立ち位置や雰囲気から、彼がボスと感じとれた。ボスは威圧的に、朝乃たちを見おろしている。
「ゲイター、なぜ、ここに? 来るとは言っていなかっただろ」
 ニューヨークが警戒して、ボスの男に英語で問いかける。この人がゲイターか、と朝乃はまじまじと見る。言われてみれば、ドルーアと顔だちは似ている。しかし身にまとう雰囲気は真逆だ。ゲイターは、まじめで硬く冷たい感じだ。
 朝乃は今日、彼が来るとは聞いていない。ニューヨークたちの反応を見るに、ゲイターは予期せぬ客人だろう。そして彼は、ヌールで暮らしていると聞いている。気軽に来れる距離ではない。
「来ると思っていたよ、ゲイター」
 ドルーアも英語で話しかける。彼は、まったく驚いていなかった。朝乃たちがみんな動揺しているのに、ひとりだけ余裕がある。ドルーアは頼もしいのか、底知れなくて恐ろしいのか分からない。玉座に悠然と腰かけて、彼はほほ笑む。
「今日、このレストランで食事すると、ヨークから聞いたのだろう? 僕に用事があって来たのか?」
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