宇宙空間で君とドライブを

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  8−6  

 ゲイターは冷ややかな目を、ドルーアに向けた。背広の中に手を入れて、なんと拳銃を取り出す。朝乃が驚く間もなく、それをドルーアのみけんに突きつけた。
「きゃっ」
 朝乃は小さく悲鳴を上げる。同時に、弘が鋭く声を上げた。
「ゲイター!」
 しかしドルーアは、好戦的に笑っている。朝乃は怖くて、がたがたと震えだす。だって銃口が、ドルーアのおでこにくっついている。なのに、あろうことかドルーアは、突きつけられている拳銃を右手でつかんだ。
「僕は、君の性格をよく知っている。浮舟では、外国人による銃の持ちこみも所持も購入も使用も、法律によって厳しく制限されている。万事につけ慎重で保守的なゲイターが、本物の銃を持つという危険を冒すわけがない」
 朝乃はとまどった。さらに英語が難しくて、実はあまり聞き取れていない。とりあえず、この銃は本物ではないらしい。
「普段なら、そんなリスクは取らないさ」
 ゲイターは冷静に話す。彼は日本語だった。
「けれどその子のためなら、この程度のリスクは必要だ。世界最高の超能力者。どこにでも簡単にテレポートで飛んでいける、ただひとりだけの存在。ほかにも、どれだけの特別な力を持つのか」
 彼は朝乃を、じろりと見た。朝乃はびびって、身を小さくする。
「村越裕也の、唯一の肉親。双子の姉である村越朝乃。本人にも、すばらしい超能力があるかもしれない。彼女のためならば、陸軍の一個中隊を出してもいい」
 ゲイターは朝乃を捕らえるために、本物の銃を突きつけているのか。朝乃には、この銃が本物なのかにせものなのか分からない。見た目で分かるわけがない。朝乃はおろおろとして、ドルーアを見た。
「エンジェル、何もしなくていい」
 ドルーアは、落ちついた声で命令した。日本語だったので、朝乃はすぐに理解し従った。両手をひざの上に置いて、本当に何もしない。ドルーアはゲイターに向かって笑う。
「かむことしか知らないアリゲイター、残念だったな。僕は役者という職業柄、にせものの銃を見慣れているし触り慣れてもいる。どれだけ君がおどしても無駄だ。この銃は発砲できるものではない。最初から分かっていた」
 これまた日本語だった。ゲイターはむっとして、拳銃を手放す。やっぱり本物の銃ではなかったのだ。朝乃はほっとした。
 ドルーアは、ゲイターから拳銃を受け取った形になる。彼は銃を、背後に向かって放り投げた。朝乃はぎょっとする。だが朝乃以上にびっくりしたのが、ニューヨークだ。彼は自分の方に落ちてくる銃を、びびりながら受け取った。
「ボールみたいに投げるなよ」
 小声で文句を言う。ドルーアは彼を無視して、ゲイターの方を向いたままだ。ふっと笑う。
「当てが外れたかい? この程度のおどしで、世界随一の超能力者を呼び出せるわけがない」
 ゲイターはまゆをひそめて、より一層不機嫌になった。つまり彼はドルーアに拳銃を突きつけて、裕也を呼び出そうとしたらしい。でもドルーアがすぐに、拳銃をにせものと見抜いた。
「あなたが嫌いだから銃を向けた、とは考えないのか?」
 ゲイターはあきれたように言う。さきほどから会話はずっと日本語だ。朝乃としてはありがたい。
「そんな幼稚な行動のために、北極のヌールから南極の浮舟まで来たのか? 君は多忙だと思っていたが、僕のかんちがいだったらしい」
 ドルーアは弟をばかにする。ゲイターは、まゆをつり上げた。
「減らず口をたたくな」
 ドルーアは、緑色の両目を細めてほほ笑む。
「そうだね。ただの減らず口だ。君の目的は、銃でおどして裕也を呼び出すこと。朝乃が彼に助けを求めて、裕也が瞬間移動でここに来ることを期待した。それが無理なら、朝乃の人となりや能力を知ること。もしくは彼女を、浮舟からヌールへ連れていくこと」
 減らず口と認めたわりには、ドルーアはよくしゃべる。しかも、なぜか優しい口調で。
「目的達成のためには、朝乃に銃を突きつけるべきだった。けれど、何も悪いことをしていない初対面の女の子に、たとえおもちゃとはいえ銃を向けるのは気が引けた。――で、もちろん君のことだから、ほかにも僕に用事があって来たのだろう?」
 最後は、気楽な感じでたずねた。ゲイターは、ひとつ息をつく。
「コリント家に戻ってくるのか?」
 静かな調子で問いかける。ドルーアは、少し迷った顔を見せた。
「あぁ。来月中には一度、帰省する。本当は今月中に帰りたかったが、仕事の予定が詰まっていて無理だったんだ」
 彼は答えた。ところがゲイターは黙って、続きの言葉を待っている。緊張した空気が流れた。朝乃には詳細が分からないが、彼らの間では重要な会話なのだ。
「俺が聞きたいのは、そういうことではない。パオルに浮舟で会ったと耳にした」
 ゲイターはドルーアを注視する。パオルはドルーアの父方の祖父で、きつねに似ているらしい。ドルーアは観念したらしく、ため息をついた。
「去年の年末、パオルが僕に会いにやってきた。自分はもう年だから、当主の座を誰かに譲りたい。だが、アルベルトにもレーアにも断られた。よって、僕かエマにコリント家に戻ってきてほしい、と」
 ゲイターの表情が微妙に動いた。しかし、それがどういう心の動きなのか朝乃には分からない。アルベルトはドルーアの父親だ。パオルの息子でもある。ただレーアとエマが分からない。
「なぜエマ? ドルーアは分かるけれど、……いや、どっちも今、ヌールにいないじゃないか。普通、ゲイターかフィンか、せめてレオンだろ」
 ニューヨークが、あきれたように口をはさむ。さらに知らない名前が増えて、朝乃は困った。フィンとレオンが分からない。話の流れから、全員、ドルーアの親せきと思うが。そしてニューヨークの反応から、エマの名前が挙がるのは意外なことなのだろう。
「ヨーク。今の話は他言無用だ。ジュノには言っていいが、フィンとレオンには教えないでほしい」
 ドルーアが真剣な顔で話す。ニューヨークは一拍置いてから、うなずいた。名家であるコリント家の跡取りについての話題は、かなりセンシティブなものなのだろう。
 でもさっきから、親族ですらない朝乃が話を聞いている。朝乃は、ここにいていいのか? 朝乃は困って、ドルーアを見た。
「ドルーア、ゲイター、ニューヨーク、もうやめなさい」
 弘が孫たちに、厳しい声をかける。
「そういった話は、君たちが三人だけで集まってしなさい。今、この場で話す内容ではない」
 サランも首を縦に振る。朝乃も、そうしてほしい。どうしても目の前で話すのならば、フランス語とか中国語とか朝乃の知らない言語にしてほしい。
「心配しなくていい。数年後にはドルーアは、コリント家当主の座についているし」
 ゲイターは、冷めた目を朝乃に向けた。
「この子は、ヌールのコリント家に保護されているはずだ」
「え?」
 朝乃は声を上げる。それは朝乃にとって困る未来だ。もしドルーアがコリント家のトップになったら、朝乃はどうすればいいのか? ドルーアはヌールへ戻って、朝乃と離ればなれになるのか? そんなのは嫌だ。
 ならば朝乃は彼にくっついて、ヌールへ行くのか? しかし朝乃は、世界平和のために動く裕也のじゃまをしないように、コリント家と距離を取った方がいいのではないか?
 だが、星間戦争をやめさせたいドルーアがコリント家の当主になれば、話はちがうのか? そもそも反戦派のドルーアが、コリント家のリーダーになっていいのか? 朝乃には、自分と彼の将来が想像できなかった。
「勝手に、僕と朝乃の未来を決めないでくれ」
 ドルーアが不愉快そうに言う。
「とにかく、ゲイター、今日の君は無作法すぎる」
 弘は説教を始める。
「食事の最中に乱入してきて、にせものだったとはいえ銃を突きつける。その後は、のん気に立ち話だ。君のせいで、私たちのメインディッシュはすっかりと冷めている」
 確かに、朝乃たちのランチは完全に中断されている。そして空気を読んでいるのか、給仕のスタッフがひとりも部屋に来ない。
「弘、お説教をしたいのは俺の方だ。三十名のボディガードを用意した。今から、弘とサランの家とその周辺を警備する」
 ゲイターは怒った調子で宣言した。
「はぁ?」
 今度は弘が驚いて、声を上げた。サランも目を丸くする。
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