宇宙空間で君とドライブを

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  7−6  

 ダイニングテーブルの上にところせましと並べられた料理の皿を見て、翠と功は目を丸くした。
「俺たちも食べていいのか?」
 功が、がらにもなく遠慮がちに聞く。
「もちろん」
 ドルーアが、当然とばかりにうなずく。しかし朝乃には功の気持ちが分かった。食卓には、大きな白ソーセージの入ったポトフ、ハーブ焼きされたチキンの塊、――これは食べやすいように切り分けられている、が置いてある。
 さらに、スライスされたフランスパン。パンのそばには、ハチミツ、バター、チーズ、ソーセージの一種であるペースト状の豚肉。それらに加えてハンバーグ、トマトやレタスなどの生野菜のサラダまである。
(普通の家のお昼ご飯に思えない。値段の高いレストランのランチみたい)
 ドルーアは食材をいっぱい家から持ってきた。朝乃とドルーアは張り切って、たくさん調理した。途中で作りすぎていると感じたが、あまり気にしていなかった。
 ドルーアは、パーティー料理を作るのに慣れているのだろう、料理の盛り付けや見栄えにもこだわった。結果として、大変、豪華な昼食ができたのだ。
「朝乃ちゃんとドルーアが力を合わせれば、こんなにすごいものができるのね」
 翠が着席してから、改めて料理の皿を眺める。彼女の隣の席で、功も感心している。ドルーアが得意げな顔で、彼らの向かいの席に腰かけた。
「ほとんどドルーアさんのおかげです。食材も、ドルーアさんが持ってきたものですし」
 朝乃はドルーアの隣に座って、ほほ笑んだ。
「ありがとう。でも君以上に料理上手な人は、そうそういないさ」
 ドルーアは朝乃にウインクする。
「とにかく食べよう。僕はもう、おなかがぺこぺこだ」
 彼はさっと食事に手を伸ばす。本当に空腹だったらしい。朝乃たちはみんな食事を始めた。ポトフもハンバーグもおいしくできている。料理の出来栄えに、朝乃は満足した。
「朝乃ちゃんは調理師専門学校に通って、シェフを目指すのもいいかもね」
 ご機嫌でトマトを食べながら、翠が話す。彼女の発言は冗談に近いものだったが、料理の専門学校はいいアイディアに思えた。自分の特技がいかせて、卒業後は仕事が見つけやすそうだ。
「そうですね」
 朝乃は調理師という進路を、まじめに考えることにした。朝乃は料理が好きだ。毎日、台所に立っていても苦痛ではない。それを職業にするのは、いいかもしれない。
 今の朝乃は、日本の孤児院にいたときとはちがい、自分で進路を決められる。他者から命令されるのではなく、自分で決めなくてはならない。朝乃の表情を読んだのか、翠は意外そうに目をまばたかせる。それからほほ笑んだ。
「あとで一緒に、専門学校について調べる? あなたなら、日本から来たことをいかして和食の専門学校でもいい。お菓子作りの学校もあるわ」
「はい」
 朝乃はしっかりと返事した。今までうすらぼんやりとしていた未来が、少しずつ見えてきた。裕也がミンヤンのもとで働くように、朝乃は浮舟でささやかな幸せ、――食事を提供する。功と翠は、うれしそうに笑った。
「学校に通えば、楽しいと思うぞ。朝乃は今、この家の中に閉じこめられているようなものだから」
「それに学校に行けば、友だちもできる。学校帰りに一緒にファーストフード店に寄ったり、ウィンドウショッピングをしたりできるわ」
 ふたりは大喜びでしゃべる。彼らは最初から、進学を勧めていた。今日、初めて朝乃が前向きな返答をしたから、喜んでいるのだ。ふたりの笑顔に、朝乃もうれしくなった。
「今は六月だから、九月からの入学をねらうのがいいかもな」
 功は考えこむ。前に一郎から聞いたが、浮舟の学校は日本と同じく、四月から始まるものが多い。ただ、九月や十月もあるようだ。
「学校によっては、入学試験があるかもしれない。だが朝乃は、実技に関しては問題ないと思う」
 功は笑った。翠もうなずいている。しかし朝乃には自信がなかった。朝乃の料理は自己流なところが多い。親や先生から、きちんと教わったわけではないのだ。
「ネックになるのは、調理の実技より英語じゃないかな」
 翠が心配そうにしゃべる。朝乃は昨日から、英語がひどく下手になっている。朝乃は不安になってきた。
「私は、もっと勉強します」
 朝乃は決意した。けれど、ひとりで机に向かっているだけでは限界がある。朝乃が悩んでいると、功が提案する。
「一か月か二か月の短期で、語学学校に通うのもいいんじゃないか。七月と八月に語学学校に通った後で、九月に調理師専門学校に入学すればいい」
 朝乃の心の中で、語学学校という存在が光り輝きだす。そう言えば、信士も語学学校を勧めていた。
「今から探せば、七月から語学学校に通えるわ。語学学校ならば、同じように日本から亡命してきた人とも、いろいろな国の人とも知り合える。朝乃ちゃんの世界は一気に広がる」
 翠はほほ笑んだ。来月から語学学校に通い、九月からは専門学校へ行く。そして数年後には、どこかの飲食店に就職する。いや、自分の店を持つのもいい。途方もない野心に思えるが。とにかく料理人を目指すのは、自分の人生プランとして、いいものに思えた。
「はい」
 朝乃はふたりに向かって、うなずいた。朝乃には裕也のように、やりたいことがない。ならば、自分の特技や好きな気持ちをいかして働きたい。それが、自分の周囲の人たちを幸せにすることなら、まよう必要はない。
 朝乃はふと、ドルーアが会話に加わっていないことに気づいた。朝乃は、彼の方に目をやる。ドルーアは朝乃の夢を応援してくれるはずだ。ところが彼は少し嫌そうな、とまどった顔をしていた。朝乃は驚く。彼は視線に気づくと、取り繕うように笑みを作った。
「功、翠。朝乃はまだ浮舟に来たばかりだ。そんなにあせって、いろいろ決めなくてもいい」
「そうね、少し急ぎすぎたわ」
 翠は、反省したようにほほ笑んだ。確かに、先走りすぎたのかもしれない。もっとじっくりと調べたり考えたりしてから、進路を決めた方がいいだろう。
「ダーリン、君も、もうちょっと適当に遊んでいていい。僕が十七才のときなんて、毎日、楽しむことしか考えなかった」
 ドルーアは軽く笑う。しかし朝乃は、首を縦に振れなかった。なぜ「適当に遊んでおけ」などと言うのだ? ドルーアらしくないセリフだ。彼はナンパでキザなもの言いをするが、中身はまじめな人だ。功は、探るような目つきでドルーアを見ている。
「ドルーア、つい二週間ほど前に、俺が朝乃を養子として迎え入れたいと言ったとき、お前は『朝乃は学校へ通うべきだ、見識を広げるべきだ』と言っていた。だから、彼女に机をプレゼントしたのだろう?」
 功は真剣だった。翠も同じ表情で、ドルーアを見ている。けれどドルーアは困ったように笑った。
「功、そういう話は、朝乃の前でするべきではない」
 三人の間にぎくしゃくとした空気を感じて、朝乃は不安になった。
「いや、今、ここで聞きたい。お前は、もし教育に金がかかるようならば、自分が朝乃の『あしながおじさん』になるとまで言っていた。なのになぜ、今、朝乃の進学に否定的なんだ?」
 功は、はっきりと聞いた。ドルーアは気まずそうだった。楽しい食事だったのに、今は妙な雰囲気になっている。
「私が裕也の姉として、誘拐される恐れがあるからですか?」
 朝乃はたずねた。ドルーアはどう答えるべきか迷っているようだった。裕也の唯一の肉親である以上、朝乃には常に誘拐の危険が付きまとう。学校に通い、行動範囲を広くするのは不安だった。
「もちろん、その心配もある。けれど僕は」
 ドルーアは言いよどんで黙ってしまった。功と翠は、厳しいまなざしを向けている。朝乃は、どう行動すべきか迷った。
 ドルーアの気持ちが知りたい。だが彼の気持ちに忖度(そんたく)して、自分の進路を決めていいのか? かといって、ドルーアの意見を無視して、自分の未来を決めるのも嫌だと感じる。それにドルーアには、何か事情がありそうだ。すると、
「She is my sister. Her name is Asano Murakoshi. We are twins.」
 シンプルな英語をしゃべる裕也の声が聞こえた。朝乃が驚いて、声のした方を見ると、弟が朝乃を指さして立っている。そして裕也の首に腕をまわして、ひとりの女性が裕也に抱きついている。対して裕也は、彼女の腰をしっかりと抱いていた。
 女性は金色の短い髪をして、頭にはベージュのヘアバンドを巻いている。有名なネズミのキャラクターのトレーナーを着て、下は、おそらくウエストがゴムの楽そうなズボン。つまり部屋着だろう。さらに裸足だった。
 彼女は青色の両目を丸くして、朝乃を見ていた。朝乃も彼女を凝視する。この外国人の顔は知っている。
「リゼ・スタンリー」
 朝乃はつぶやく。ロングヘアがショートカットになっているが、彼女はSランク超能力者のリゼだ。裕也ともめていて、裕也が、もしかしたら朝乃も謝罪しなければならない相手だ。
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