宇宙空間で君とドライブを

戻る | 続き | 目次

  7−7  

「―――――」
 リゼは何事かを英語でつぶやく。裕也のカタカナ英語とはちがう、おそらくネイティブの発音だ。朝乃には聞き取れなかった。裕也は安堵した表情で、英語でしゃべる。
「理解できた? 朝乃は俺の姉だ」
 彼はリゼの体を離す。彼女は三秒ほどぼう然としてから、裕也にまくしたてた。
「―――! Yuya said Asano is ――――――――. You told me ――――――.」
 早口の英語なので、朝乃には九割以上、理解できなかった。裕也は顔をしかめている。多分、彼も半分くらい聞き取れていない。ドルーアは、少し険のある表情だ。功も妙な顔をしている。しかし彼はさっと冷静になって、日本語で問いかけた。
「裕也。これはどういう事態だ? 彼女は有名超能力者のリゼさんだろう? なぜわざわざ、彼女をここに連れてきた?」
 裕也は申し訳なさそうに、まゆじりを下げた。
「すみません。リゼとちょっともめまして、……彼女に直接、朝乃を見せた方がはやいと思って、この家に戻ってきました」
 なぜ朝乃を見せたら、裕也とリゼのもめごとが解決するのだ? 朝乃は首をかしげる。リゼは不安げな顔で、裕也の片腕に抱きついていた。まさか、裕也がリゼにしたひどいことに、朝乃が関わっているのか?
「You are ―――――, right? ―――――. ――――――――.」
 リゼはゆっくりと話す。最後のフレーズは、I'm sorry. と聞こえた。つまり謝罪しているのだが、アイムソーリー以外はほとんど理解できなかった。翠は同情したように、リゼを見ている。ドルーアが通訳をしてくれた。
「あなたは裕也のお姉さんですね。私はかんちがいをしていました。ごめんなさいと言っているよ」
「ありがとうございます。えっと……?」
 教えてくれたドルーアには悪いが、ますます意味が分からない。何をかんちがいしていたのだろう。リゼは今度は驚いて、ドルーアを凝視している。ドルーアは苦笑した。
「――――、僕はドルーア・コリントだ。でも、今、―――――――――――」
 リゼに英語で話しかける。多分、今はサインとかはしないと言ったのだろう。
「Got it!」
 リゼはとまどったように、承知したと返事した。ドルーアは裕也に、日本語で問いかける。
「君は朝乃について、リゼにどんな説明をしたんだ?」
 彼は少し怒っている。功も、あきれたような目をしている。
「朝乃は俺の姉で、唯一の肉親と言いました。だから、……とても大切な人だとも説明しました」
 裕也は困ったように、そして朝乃に対して照れながら言う。それから腕に抱きついているリゼを、自分から離れるように強引に押しやった。リゼは心もとなさそうな顔で、腕から手を離す。ドルーアはため息をついて、また裕也に問いかけた。
「君は英語がまだ不得手で、リゼは英語しかしゃべれない。それで合っているかい?」
「いえ、リゼは日本語が少し話せます。アメリカ軍にいたとき、オンライン教育で日本語を習っていました。あと今も勉強していると、昨日、言っていました」
 おそらく、本当に少し話せる程度なのだろう。さっきからリゼは、日本語の会話をあまり理解していない。聞き取れない会話に、初めての場所。彼女はとにかく不安そうだった。
 なのに裕也は、リゼにそっけない。照れ隠しで冷たく振るまっていると朝乃には分かるが、それがリゼに通じているように思えない。ドルーアは、しぶい顔をしている。
「君たちの間には、がんばって勉強しているとはいえ、言語のちがいという高い壁が立ちはだかっている。それでリゼは『朝乃は裕也の恋人だ』とかんちがいした。これで、まちがいないかい?」
 裕也はしぶしぶうなずき、朝乃は心の中だけで、ひぃぃぃと悲鳴を上げた。裕也はツンデレで、さらに恋人がいると誤解されていたらしい。なんという悲惨な状況なのだろう。
「英語に関して、朝乃には俺と同じ苦労はさせたくない」
 弟は前に、そんなことを言っていた。つまり彼は英語で苦労して、うまく意思疎通ができなかった。裕也とリゼの間には、いろいろな誤解が積み重なっていそうだった。
 しかし今、朝乃が恋人という誤解は解けた。朝乃と裕也は、性別のちがいはあるが、やはり似ている。双子であることは一目瞭然だ。
 リゼはまた、裕也の腕に抱きついていた。恋人どうしのようにくっついて、家の中を見ている。リゼの親しげな様子を見るに、裕也は彼女に、パーティーのエスコートを申しこめるのではないか? 朝乃はしゃべった。
「裕也、これで誤解が解けたのでしょう? ならリゼさんにパーティーの」
 弟がものすごい顔でにらんできたので、朝乃は口をつぐむ。彼の顔には、余計なことを言うなと書いてある。が、朝乃も裕也をにらみ返した。シュークリームでも何でもいいから貢いで、エスコートを申し出なさいと目で訴える。
 たがいにすさまじい形相をしていたのだろう、リゼが困って朝乃と裕也を見た。裕也は朝乃を無視して、功と翠に向かって言う。
「お食事中におじゃまして、ごめんなさい。俺たちは今から瞬間移動で、イーストサイドへ帰ります」
 裕也はリゼから、自分の腕を取り戻す。
「俺は君を家へ連れていく。君の家へジャンプする」
 英語でしゃべってから、リゼの肩をがしっとつかんで抱き寄せた。弟のなれなれしい態度に、朝乃はぎょっとする。思い返せば登場したときも、彼女の腰を抱いていた。するとリゼは腕をつっぱって、裕也から逃げる。
「Wait a minute! ―――――――― your sister.」
 裕也は本気で困った顔をした。リゼは必死に言い募る。
「―――――、――――――? だから、―――――朝乃は、重要な人物」
 あまり聞き取れなかったが、リゼは朝乃について話している。ドルーアがまた通訳をしてくれた。
「エンジェル、リゼは、裕也の姉である君と話したいそうだ。君はどうだい?」
 彼は本当に親切だ。そしてリゼがいるからだろうか、朝乃に対する呼びかけが天使に戻った。
「私も話したいです」
 朝乃は言った。裕也は、すごく弱った顔になる。
「何を話すんだよ? 話すことなんてないだろ」
「たくさんあるに決まっているじゃない」
 リゼは、裕也の好きな女性だ。むしろ恋人にも見える。朝乃は彼女と、友好的な関係を築きたい。裕也とリゼの間に何か障壁があるのならば、取り除きたいのだ。
 朝乃たちが口げんかをする横で、ドルーアはリゼに英語で話しかける。彼は成り行き上、通訳になっていた。リゼはドルーアの言葉に、顔を輝かせた。彼女は裕也を押しのけて、朝乃のそばまでやってくる。がばりと頭を下げた。
「初めまして。私の名前はリゼ・スタンリーです。私は十九才です」
 唐突に日本語で自己紹介が始まって、朝乃はとまどった。リゼは緊張したおももちで、顔を上げる。朝乃もいすに座ったままで、頭を下げた。ゆっくりと日本語でしゃべる。
「初めまして。裕也の姉で、村越朝乃と申します。十七才です」
 顔を上げると、リゼは不安そうな目をしていた。なんて言われたのか分からない、と顔に書かれている。朝乃は同じ内容を、英語でしゃべった。
 今度は通じたらしく、リゼはぎこちない笑顔になる。朝乃も笑みを作った。朝乃たちは見つめ合う。妙に気まずい沈黙が流れた。
「なぜ見つめ合っているんだよ」
 裕也が小声で文句を言う。朝乃は弟をにらんだ。多分、リゼは朝乃と仲良くしたいのだろう。朝乃も同じ気持ちだ。だが朝乃は英語が下手で、リゼは日本語がうまくない。話したい気持ちはあっても、スキルがない。
 向かいの席の翠が、朝乃とリゼにタブレットコンピュータを差し出した。画面には、「日本語から英語に、英語から日本語に翻訳します」と英語と日本語で書かれている。
「ありがとうございます。助かります」
 翠の機転に、朝乃は感謝した。リゼも笑みを見せて、Thank you! と言う。翠は、どういたしましてと日本語と英語でしゃべった。裕也だけは嫌そうな顔をしたが、これで朝乃とリゼは会話できる。リゼは、タブレットに向かって話しかけた。
「朝乃さん。あなたに会えて、とてもうれしいです。私はアメリカ軍にいたとき、いつも裕也に助けられていました。また彼のおかげで、私と家族はイーストサイドに亡命できました。裕也が私たちを救ってくれたのです」
 リゼのセリフに、朝乃は驚いて裕也を見た。
「裕也は、リゼさんの亡命も手伝ったの? 昨日のクララさんの亡命と同じように」
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2023 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-