宇宙空間で君とドライブを

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  7−5  

 朝乃がびっくりすると、功は少しあわてたように言った。
「失礼なことを言うな。ドルーアが弁護士だの何だの言っておどしたから、あいつらは逃げたんだろ?」
 ところがドルーアは首を振る。
「功を恐れて、当分、マスコミは誰も来ない」
「銃まで出して、記者たちをびびらせたのでしょう。さすが功。こわーい」
 翠が、夫をからかうように笑う。
「勝手に話を大きくするな。武器なんか出していない。『俺の家族に近寄るな』と、念入りにお願いしただけだ」
 功は、しぶい顔をする。しかし、どんなお願いをしたのだろう。功はがたいがよく、うでっぷしも強い。そんな彼が念入りにお願いしたらしい。とりあえずドルーアと功で、マスコミを撃退したようだ。
「功さん、ドルーアさん。ありがとうございます」
 頼もしいふたりのボディガードに、朝乃は礼を言った。ドルーアと功はほほ笑む。それから功は問いかけた。
「そう言えば、裕也は? 屋根裏部屋で君と話していると聞いたが、もう帰ったのか?」
「いえ、話の途中で、どこかにテレポートで飛んでいきました」
 朝乃は答えた。功は首をかしげる。彼は、あごに手を当てた。
「この家に戻ってくるのか? せっかくだから昼食を一緒に、と思ったのだが」
「ごめんなさい。戻ってくるかどうか分からないです」
 裕也は結構、自分勝手だ。おのれの都合で、瞬間移動でぽんぽんと飛んでいく。
「それに裕也君は今、おなかがすいていないみたいよ」
 翠がさりげなく、うそをついた。ドルーアが苦手な裕也のためだろう。
「分かった。昼食に誘うのはやめておこう。俺は着がえてくる」
 功はダイニングから出ていった。
「ダーリン。予定がいろいろとくるったが、一緒にポトフを作ろう」
 ドルーアが朝乃に笑いかける。
「翠と功と君と僕で食べるから、四人分を用意しよう。量が多いけれど、大丈夫かい?」
「はい」
 朝乃は返事した。孤児院で約五十人分の食事を準備していた朝乃にとっては、簡単なことだった。
「ありがとう。私はリビングにいるから」
 翠は手を振って、隣室へ消えていく。朝乃とドルーアは、ふたりだけになった。翠はわざと、そうしたのだろう。彼女の親切に、朝乃は少し恥ずかしい思いだ。でも、ドルーアとふたりきりはうれしい。本当は、今日は彼とデートだったのだから。
 朝乃がドルーアとキッチンに入ると、床に大きなクーラーボックスが置いてあった。ドルーアが家から持ってきたものらしい。朝乃たちは、さっそく調理を開始した。
 朝乃は、玉ねぎを自動野菜切り機に入れて、にんじんを切っていく。四角に切るだけではなく、ハートの形や三角形にもする。
「うまいね。功たちの言っていた、『プロみたいに包丁を扱う』はお世辞じゃなかったんだな」
 ドルーアは驚いた目をして、朝乃の手もとを見た。
「そうですか? ありがとうございます」
 朝乃は照れた。ドルーアも功も翠も、ほめるのがうまい。
「こんなに、かわいいにんじんは初めて見た」
 ドルーアは笑って、ハート型のにんじんを指さす。
「あ、これは」
 朝乃はあわてた。
「いつものくせで切ってしまいました。孤児院では、かわいい形にした方が、子どもたちが野菜を食べてくれるのです」
 朝乃は月での暮らしにだいぶ慣れたとはいえ、つい半月ほど前まで孤児院にいた。だから無意識のうちに、にんじんをハートにしたり、ウインナーをタコにしたりする。ドルーアは目を細めた。
「このにんじんは、功と翠も喜ぶと思うよ」
 彼は、クーラーボックスから大きな鶏肉を取りだす。ドルーアは何も言わないが、この大きさならば相当な値段のものだろう。彼は、チキンのハーブ焼きを作るつもりなのだ。
 ドルーアは、大きな耐熱皿に鶏肉を置く。慣れた仕草で、肉をフォークで何度も刺した。彼も料理が得意なのだろう。エプロン姿も似合っている。ふとドルーアは、何かを迷ったように手を止めた。
「君に、お願いがあるのだけど」
 朝乃も調理するのをやめて、ドルーアを見た。
「何でしょうか?」
 彼のお願いなら、なんでも聞きたい。彼は朝乃に笑んだ後で、鶏肉に塩コショウを振り始めた。
「明後日の日曜日に、祖父母である弘とサランの家に行くつもりなんだ。彼らに会うのは、十年ぶりくらいだ」
 ドルーアの声は気まずそうだった。次に彼は、いろいろな粉末ハーブの入ったびんを振る。朝乃が見たことのない調味料のびんなので、これもドルーアが家から持ってきたものだろう。朝乃は彼にならって、食事づくりを再開する。にんじんを再び切り始めた。
「ヨーク、――僕の弟のニューヨークは今、祖父母の家に住んでいる。僕も浮舟留学中は、その家に住んでいた。多分、僕が使っていた客室を、今、ヨークが使っているのだろう」
 ドルーアは困ったように言う。
「それで家に行く前に、ヨークと弘とサランと僕で、レストランで昼食をとる予定なんだ」
「はい」
 朝乃は相づちをうった。ドルーアは肉の入った耐熱皿を、オーブンに入れる。スイッチを押して、加熱を始めた。それからまじめな顔つきで、朝乃を見る。
「急な話で悪いが、君も来てくれないか?」
「え?」
 朝乃は驚いた。そんな身内だけの集まりに、朝乃が行ってもいいのか。
「私は、おじゃまではありませんか?」
「じゃまではない。弘とサランも君のことを知っているし、心配もしている」
 ドルーアは、ポトフに入れるじゃがいもを流しで洗い始めた。朝乃は疑問に思ってたずねる。
「なぜ心配されているのですか?」
 朝乃はにんじんを切り終えて、鍋を火にかける。鍋にオリーブオイルをたらした。
「弘たちは、僕の弟のゲイターと母の優里(ゆうり)から、君と裕也のことを聞いたみたいだ。『朝乃は難しい立場の子だから、ヌールのコリント家で保護した方がいい』と、昨日電話で弘たちから言われた」
 ドルーアは不機嫌そうだった。おととい、ニューヨークも似たようなことを朝乃に話した。つまりドルーアの家族のほぼ全員が、朝乃の浮舟居住に否定的なのだ。あまり、うれしくない話だった。ドルーアはピーラーで、じゃがいもの皮をむきだす。
「ただ今日、僕は家に帰ったら、弘たちにまた電話するつもりだ。君のことを、もっとしっかりと説明する。さらに明後日、君が弘たちに会えば、彼らは意見を変えると思う」
 朝乃は野菜切り機から玉ねぎを取りだして、鍋でいためた。竹製のターナーを使って、かき混ぜる。ドルーアはふっと笑った。
「弘とサランはきっと、君のことが好きになる。君の味方になってくれる。君が浮舟で暮らすに当たって、頼れる人は多い方がいい」
 朝乃はターナーから手を離して、ドルーアの方を向いた。
「ありがとうございます」
 深く頭を下げる。ドルーアは朝乃のために、自分の祖父母に会うように勧めているのだ。朝乃が、頼れる大人を増やすために。弘とサランに会ったら、ちゃんとあいさつをして、礼儀正しくしていよう。
「いや、いい」
 ドルーアはちょっとあわてた。
「お礼はいらない。実は、僕のためでもあるんだ」
 彼は情けなさそうに笑った。朝乃はドルーアの方を見つつ、なべの中をかき混ぜる。僕のためとは何だろう?
「ひさしぶりすぎて、弘たちに会うのは照れくさい。しかも、家に行くだけならまだしも、わざわざレストランまで予約して……。さらにおととい、ヨークはずっとけんかごしだったし」
 ドルーアは、ため息をついた。彼は弟が苦手なようだった。つまり照れくさいし苦手だしで、朝乃にそばにいてほしいのだ。朝乃を頼っているのだ。朝乃はうれしくなった。
「分かりました。ドルーアさんと一緒に行きます」
 朝乃は意識して明るく笑う。ドルーアは、祖父母とも弟とも仲よくしたいのだろう。十年ぶりの再会を成功させたい。それに朝乃が少しでも役に立つなら、協力したい。
「ありがとう」
 ドルーアはほっとする。朝乃は、切ったにんじんを鍋に入れて、玉ねぎといためた。ドルーアはタオルで両手をふいて、顔をほころばせる。
「僕たちは料理をするときも、息がぴったりだ。きっと世界で一番、おいしいポトフになる」
 朝乃も笑顔で、はいと返事する。ドルーアは横から、朝乃の長い髪をひとふさ取った。
「君がいれば、すべてがうまくいく」
 顔を近づけて、髪にキスをした。朝乃は、ほおがぼっと赤くなる。相変わらず、彼はキザだ。
「私もです」
 けれど朝乃にとっても、ドルーアがいれば、すべてがうまくいく。彼とキッチンに立つのは、楽しいことだった。
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