宇宙空間で君とドライブを
7−4
裕也には、誘いたい女性がいる。好きな人がいる。その人が誘えないから、朝乃に声をかけているのだ。
「裕也、今、好きな女の子がいるでしょ?」
朝乃は、多少、おもしろくない気分でたずねた。図星だったらしく、裕也はぎくりと顔をこわばらせる。どうせ、胸の大きな年上の女にちがいない。
「その人を誘ったら? もし振られたら、私がパーティーに行くから」
朝乃は親切心で提案した。弟は心を動かされたらしく、片手を口に当てて悩む。しかし次の瞬間には、はっきりと断った。
「いや、いいよ。リゼは、家族全員で参加だから。俺がしゃしゃり出るのは、ちょっと……。パーティーでドレスを着るかどうかとかは、ミンヤンさんたちに聞いて、朝乃にメールを送るから。朝乃が来てくれよ」
裕也のせりふに、朝乃はうなずけずに考えこんだ。彼の意中の女性は、リゼという名前で超能力者たちのパーティーに出るらしい。まさか、Sランク超能力者のリゼ・スタンリー? 発火能力者で、烈火の乙女とも呼ばれる女性だ。裕也とは知り合いらしい。
朝乃はリゼに会ったことはないが、リゼは有名人なので顔は知っている。かなりの美少女だった。金髪の長い髪をなびかせて、スタイルもよさそうだった。朝乃と裕也より、二、三才ほど年上だったと思う。つまり胸の大きな年上の女性で、裕也の好みのタイプだ。
ただし、リゼは高嶺の花だろう。だから裕也は最初から、あきらめているのだ。朝乃は同情して、弟を見た。彼は、まゆをひそめる。
「何だよ?」
「ううん。パーティーで、リゼさんとダンスを踊れたらいいね」
朝乃は、生ぬるい笑みを浮かべる。きっと社交ダンスがあるだろう。きらきらして、ロマンチックなはずだ。
「はぁ!?」
裕也は顔をしかめた。はっと気づいて、両目を泳がせる。
「誤解だ。リゼとは、そういう関係じゃない。あと、ダンスとかないと思うし。もしあっても、あいつと踊るなんて許されない」
えらくシリアスな様子だ。
「けんかでもしているの?」
朝乃は心配して聞いた。裕也は愛想のいいタイプではないが、人から嫌われるような性格でもないと思う。なのに、リゼとの関係は悪いようだ。裕也は気まずそうに、視線をそらす。ちょっとしてから、低い声で話し出した。
「リゼには、ひどいことをたくさんした。泣かせたことも何度もある。巻きこんではいけないことにも、巻きこんだ」
彼は苦しげだった。かなり事態は深刻そうだ。朝乃はますます心配になる。
「リゼさんとの間に、何があったの?」
「それは言えない」
朝乃は角度を変えて話した。
「じゃあ、言わなくていいから。それより、ちゃんとリゼさんに謝ったの? ごめんなさいと言うことが一番、大事じゃない?」
それとも謝罪しても意味がないくらい、ひどいことをしたのか。朝乃は不安になってくる。裕也は黙っている。
「シュークリームを持っていって、すみませんでしたと頭を下げたら?」
弟は迷った表情で、やはり口を開かない。お菓子ごときでは無理なのだろうか。慰謝料とか賠償金とかが必要なのか。しかし稼ぎのない朝乃は、それらが用意できない。ならば、せめて、
「私も一緒に謝ろうか?」
裕也が何をしたのか分からないが、場合によっては朝乃も姉として、ともに頭を下げるべきだろう。ところが裕也は、きっぱりと首を振る。
「朝乃は関係ない。悪いのは俺だけだ。俺ひとりで謝罪する。それに昨夜、ミンヤンさんから、いい加減リゼとしっかりと向き合えと言われた」
裕也はベッドから、腰を浮かせた。彼の姿は消える。朝乃はあっけに取られた。おそらく瞬間移動で、リゼのところへ飛んだのだろう。だが、あまりにもいきなりすぎる。
後に残された朝乃は、どうすればいいのか。裕也の病気のことも聞きたかったのに。いや、今はリゼとのトラブルの方が気になる。裕也は何をやったのだ?
朝乃の気持ちは、もやもやとする。自分のアドバイスは、あれでよかったのか? 事情を知らないくせに、余計なお世話をしたのではないか。朝乃のせいで、さらに事態がこじれたらどうしよう。
「あ」
朝乃は、不都合な事実に思い至った。もし朝乃が裕也とパーティーに参加すれば、リゼと彼女の家族と顔を合わせる。そのとき、朝乃はどうすればいいのか?
パーティーの前に裕也に、もっとくわしい事情を聞かなくてはならない。でないと、どんな顔をして、パーティーに出ればいいのか分からない。激怒したリゼから、グラスの中の飲みものをかけられたらどうしよう。
なのに裕也は、瞬間移動でいなくなった。ここで待っていても、すぐに帰ってくる保証はない。むしろ時間がかかりそうだ。朝乃は、長く息を吐く。ベッドから立ち上がり、三階の部屋から出ていった。
(いったん裕也のことは忘れるしかない。でも裕也が帰ってきたら、リゼさんの件を強引に聞きださなくちゃ)
朝乃は階段を降りて、一階に着いた。ダイニングでは、翠がのんびりとタブレットで何かを読んでいる。多分、彼女がいつも読んでいるお気に入りの少女漫画だろう。翠は朝乃に気づくと、顔を上げた。
「裕也君は? もう帰ったの?」
話は終わったのかしら? と問うてくる。朝乃は、なんと答えるべきか迷った。ひとまず正直に話す。
「話の途中で、裕也は用事ができたらしく、テレポートでどこかへ飛んでいきました。そのうち、この家に戻ってくると思いますが。……いえ、帰ってこないかもしれません」
裕也が朝乃のことを忘れて、戻ってこなかったらどうしよう。朝乃は一層、リゼの件で困った。歯切れの悪い返事に、翠は首をかしげる。
しかし朝乃も説明のしようがない。すべてを打ち明けて、相談したい気持ちもある。けれどそうすると、裕也が怒るだろう。するとキッチンの方から、ドルーアがやってきた。カーキブラウンのおしゃれなエプロンをしている。
「会いたかった、マイ・ダーリン」
彼はうれしそうに笑う。朝乃は、ぱっと笑顔になった。ドルーアからの呼びかけは、昨日の電話あたりからダーリンに変わった。エンジェルから格上げされたのだろうか。彼の真意はなぞだが、今の朝乃は天使ではなくダーリンだ。
「私もです」
ドルーアが抱きしめてきたので、朝乃は彼の背中に両手を回して抱きしめ返した。初めて抱きしめ返したのかもしれない。彼の体は大きくて、あたたかい。ドルーアは、朝乃が裕也と三階に上がった後で、この家に来たのだろう。
クララが亡命して、裕也が家に来たせいで、朝乃はドルーアになかなか会えなかった。でも、やっと会えた。リゼの件は後回しにして、朝乃は大喜びでドルーアと抱き合った。
「毎日、電話をして、おとといは一緒に市庁舎へ行ったのに、なぜこんな数か月ぶりの再会みたいな雰囲気なんだ?」
あきれたような功の声が、キッチンの方からする。
「さぁ? けれど朝乃ちゃんが元気になって、よかったわ」
翠の明るい声。朝乃ははずかしくなって、ドルーアの腕の中から逃げ出そうとした。だが彼が離してくれない。なぜ? と疑問に感じて、顔を見上げる。ドルーアは楽しそうに笑いだした。
「ごめん。君のリアクションがおもしろかった」
「そうですか?」
朝乃はとまどう。ドルーアが体を離してくれたので、朝乃としては助かったが。
「保護者たちの目の前で、何をやっているんだ?」
功が腕組みをする。翠も苦笑する。ドルーアは笑った。
「保護者たちの目の前の方が、安心だろう?」
「そうなのか?」
功は首をひねる。朝乃は、大人たちの会話についていけない。とりあえず功に問いかけた。
「功さんも帰っていたのですか?」
「あぁ、ついさっきだ」
彼はほほ笑む。功は、まだスーツ姿だった。彼は今日は、昼の二時ごろに帰宅予定だった。
「会議がはやく終わって帰ってきた。そしたら家の前で、ドルーアがマスコミの男ふたりにからまれていた」
功は嫌そうに顔をしかめる。ドルーアの予想どおり、裕也の姉である朝乃をねらって、マスコミが来たようだ。ドルーアは笑いをかみころす。
「朝乃。君の養父はすごいよ。眼力だけで、雑誌記者たちを追いはらった」
Copyright (c) 2023 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-