宇宙空間で君とドライブを

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  4−8  

 気まずいことでもあるのか、裕也は上目づかいに朝乃の様子を探っている。
「夢って何?」
 朝乃は問いかけた。テレパシーと同じく、夢のことも分からない。朝乃は不機嫌になってきた。弟は、朝乃が鈍感と言いたいらしい。朝乃は超能力研究所でも、超能力がないくせに、あると主張する迷惑な子ども扱いされた。
「知らなくていい。朝乃は、そのままでいいんだ」
 裕也は強く言って、勝手に自己完結した。それから思い出したように、しゃべる。
「朝乃が英語を聞きとれるようになったのは、俺と、……俺のおかげ。俺が毎日、勉強して手に入れた英語を理解できる耳と脳みそを、朝乃は俺と共有している」
「何、それ?」
 朝乃は顔をしかめた。裕也の言うことは、何もかもが分からない。
「双子だからできた荒業らしい。夢の中でも、……朝乃にそう説明していた」
「だから夢って何?」
 朝乃には、さっぱり分からない。裕也はまた強く主張する。
「覚えてなくていい。朝乃は今、ちゃんと俺の英語スキルを共有しているから。外国語はコンピュータに翻訳させればいいとは言っても、自分で聞きとれる方がいい。俺と同じ苦労はさせたくない」
 実感のこもった声だった。裕也はおそらく、そうとう苦労したのだ。しかしなぜ、英語で苦労するのだ? 周囲に外国人が多かったのか。
「ありがとう」
 朝乃はいろいろとふに落ちないが、礼を述べる。裕也は朝乃のために行動している。よく分からなくても、感謝すべきだろう。あと、さっきからほかにも気になることがある。
「ねぇ、夢って、……私の夢に入るとかできるの?」
 裕也は、ぎくりと顔をこわばらせた。朝乃から視線をそらす。
「俺は、朝乃の夢に二度と入らない」
「うん。そうして」
 朝乃はむすっとする。夢の中に入るなんて、プライバシーの侵害だ。どんな夢を見ているのか、自分でもよく覚えていないのに。裕也はすさまじくシリアスに、青い顔をしている。そこまで反省することか? 朝乃は彼を許してやることにした。
「あ、そうだ」
 朝乃は、あることを思い出す。
「裕也がこの家に来るちょっと前に、私は孤児院の院長先生と星間電話で話したの」
 弟は目を丸くした。
「俺もこの家に来る前に、先生に会った。つまり俺が先生と話して別れた後に、朝乃は先生に電話したのか?」
 すごい偶然、と裕也はつぶやく。朝乃も驚いた。
「先生に会って話したの? ということは、裕也は孤児院に行ったの?」
 彼はうなずいた。
「瞬間移動で孤児院に飛んで、秘密裏に院長先生だけに会った。先生は盗聴器と監視カメラの位置を把握している。よって誰にもばれていない」
 朝乃は、ぽかんと口を開けた。瞬間移動は便利な能力だ。どこにいる誰にでも会える。
「俺のせいで孤児院に何かあったら嫌だ。だから先生には何度か会って、いろいろと相談している」
 裕也は予想以上に、しっかり者で責任感があった。朝乃はほっとする。裕也と院長の由美は、裏で手を組んでいたのだ。
「そうだ」
 朝乃は声を上げる。
「電話の中で院長先生は、日本軍の暗号を使ったの。裕也は暗号が分かる?」
「分からない。俺はSランクの超能力者と言われてすぐに、アメリカ軍に移動したから」
 朝乃はまた、びっくりする。意外な告白だった。
「なんでアメリカ?」
 アメリカと日本は同じ地球側だから、移動しても支障はないだろうが。そしてアメリカは英語の国だ。そんな場所に行けば、当然、英語で苦労するだろう。
「Sランクの超能力者を使いこなせるのは、アメリカ軍だけと説明を受けた。ただ正式な所属は、日本軍のままだった。でもフロリダ州にある宇宙軍基地にいたし、給料ももらっていた」
「フロリダって、南国のイメージがあるけれど」
 朝乃はつぶやく。青い海と青い空、ヤシの木と白い砂浜、水着にサングラスで海水浴を楽しむ人たち。そんな明るくて陽気な場所に、裕也はいたらしい。今の裕也の雰囲気と合わなくて、朝乃はとまどった。
「ケネディー宇宙センターが近くにあった。俺はマイアミビーチで遊んでいたわけじゃない」
 裕也は、少し怒ったように言う。朝乃は、一週間ほど前のことを思いかえす。裕也は瞬間移動で、孤児院の調理室に現れた。そして朝乃を月に送ったのだが、そのとき彼は日本軍の制服を着ていなかった。
 もっとユニークな、赤い鶴のししゅうが入った軍服を着ていた。本人には言いづらいが、ハデでカッコ悪いデザインだった。
「先週、孤児院で再会したとき、裕也は個性的で目立つ服を着ていたよね。あれがアメリカ軍の、――フロリダの軍人たちの服なの?」
 朝乃は困ってたずねる。とたんに弟は顔を赤くする。開き直ったように胸を張った。
「あれは俺専用の、忍者をイメージした軍服。俺のコードネームは『赤い鶴(レッドクレイン)』で、階級は大尉だった」
「え? ださっ」
 朝乃は思わず口に出した。裕也ははずかしいのだろう、朝乃をにらみつける。
「テイラー中佐が決めたんだ。俺だって、狂天使とか烈火の乙女とかビッグファイブの方がよかった」
「そうかな?」
 朝乃の口もとは引きつった。失礼だが、狂天使ミハイルも烈火の乙女リゼも、かなりださい。ところでテイラーとは誰だろう。裕也の上官だったのだろうとは思うが。
「ちょっとトイレに行くわ」
 ずっと聞き役に徹していた翠が、よっこらせといすから立ち上がる。彼女は扉を開けて、ダイニングからリビングへ出ていった。トイレは二階にあり、二階への階段はリビングにある。
「ドルーアさんに会いにいくのかな?」
 翠の姿が消えてから、朝乃は裕也に小声でささやいた。
「今、ドルーアさんは二階だよね?」
 二階には、翠と功の寝室がある。ドルーアは、そこにいると思われた。特別な手紙を受け取った彼は今、何を考え何をしているのか。朝乃はドルーアのことを気にしていた。
「知らない」
 裕也はそっけなく答える。
「超能力で分からないの? さっき、ドルーアさんの在宅を知っていたと言ったでしょ?」
 裕也は、ドルーアに「あなたが家にいるのは知っていた」と言った。だから裕也は超能力で、人の居場所が分かるはずだ。
「俺には、そういう能力はない」
 弟は、はっきりと言った。
「じゃ、どうしてドルーアさんが家にいると分かったの?」
 朝乃は不審に思った。それに約一週間前の六月七日に、裕也はドルーアと功が家にいるタイミングをねらって、朝乃を日本から浮舟に送ったのだ。よって裕也は何らかの方法で、誰がどこにいるのか分かるはずだ。分からないと、つじつまが合わない。
「それは、その……」
 裕也は悩み、うつむいた。今の裕也には秘密が多い。教えてくれることもあるが、教えてくれないこともある。朝乃はつらくなった。
 裕也が孤児院にいたときは、彼に秘密があっても気にならなかった。なぜなら朝乃と裕也は、いつも一緒にいた。一緒にいないときも、裕也がどこで何をしているのか朝乃は分かっていた。裕也も常に、朝乃の居場所を把握していた。
 でも今はちがう。朝乃は、まよったすえに問いかけた。
「なぜ軍から逃げたの?」
 スペースデブリのせいで死にかけたから? 一緒に宇宙航空機(スペースプレーン)に乗っていた人たちがみんな死んだから? 裕也は怖くなって逃げたのか。
 軍は安全な場所と、国のえらい人たちは言う。そして戦死者の数は、軍事機密なので公表されない。しかし孤児院にはぞくぞくと、親をなくした子どもたちがやってくる。結局、どう言いつくろっても、戦場は危ない場所なのだ。
 裕也は無言だった。顔に暗い影が落ちる。朝乃は、軍人になった孤児と会うのは、裕也が初めてだった。一度、軍に入れば、孤児院には戻れないから。
「朝乃」
 裕也は、ぽつりと言葉を落とす。
「俺の髪を切りそろえてくれないか? 俺は髪を切ってもらうために、ここに来たんだ」
 もう裕也は従軍前には戻れない。悲しくて切ないが、それが事実だ。だが彼は、朝乃の弟だ。彼が朝乃に言えないことをしても、変わってしまっても。だから裕也は髪を切ってくれと頼むし、朝乃は彼の髪を切るのだ。朝乃は意識して、明るく笑った。
「うん、分かった。裕也の髪、ぼさぼさだもんね」
 裕也は、まよった表情で朝乃を見る。
「俺は、今は隠れているけれど、そのうち大勢の人の前に出るから」
 ぎこちなく、笑みを口もとにきざむ。朝乃は心の中だけで、なぜ? と問いかける。脱走兵の裕也が隠れているのは理解できる。だが、そのうち人前に出る? 裕也は何をする気だ?
 しかしこれも、朝乃が聞いても教えてくれないだろう。秘密が多くても、裕也は、朝乃に残されたたったひとりの肉親だ。朝乃は、そうとだけ返事してほほ笑んだ。
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