宇宙空間で君とドライブを

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  4−7  

 朝乃は四人分のパスタを作ったが、翠によるとドルーアはもうお昼ご飯を食べたらしい。朝乃はしょんぼりした。だが裕也が二人前を食べると言い、食事作りすぎ問題は解決した。
 ドルーアはおそらく、二階にいるのだろう。姿が見えなかった。朝乃はやっぱりしょぼくれる。あの手紙が気になるのだ。
「いただきます」
 ダイニングテーブルで、朝乃と裕也と翠は手を合わせた。朝乃は食べ始める。いつもどおりの味だ。向かいの席で、翠はおいしそうに食べている。彼女の笑顔に、朝乃はうれしくなった。次に隣に目をやると、裕也は食べていない。ぼんやりと食事を眺めていた。
「どうしたの?」
 朝乃は疑問に思ってたずねる。このパスタは朝乃のレパートリーで、裕也は食べ慣れている。眺める必要などない。
「別に」
 裕也はぶっきらぼうに答えると、勢いよく食べ出した。ものすごく、おなかがすいていたようだ。朝乃は食事を再開する。ドルーアにも食べてほしかったと思う。せっかくおいしくできたのに。
 ふと隣を見ると、裕也はぼろぼろと泣きながら食事をしていた。朝乃はぎょっとする。弟は鼻水までたらしていた。
「汚いよ、裕也」
 朝乃はおろおろする。翠は黙って席を立ち、キッチンから濡れタオルを持ってきた。裕也に、そっと差し出す。裕也は受け取ると、顔を乱暴にふいた。
「すみません」
 タオルで顔を隠しながら、彼は謝罪する。
「いいのよ」
 翠は優しく笑う。朝乃は切なくなって、口を引き結んだ。弟の涙の理由に気づいたのだ。裕也は一年以上ぶりに、朝乃の料理を食べた。朝乃と裕也は、ずっと離ればなれだった。朝乃が裕也に会いたかったように、裕也も朝乃に会いたかったのだ。
 しばらくすると、裕也は泣くのをやめた。熱心に食べ始める。朝乃と翠と裕也は、無言でパスタを食べた。食べ終わると、裕也は両手を合わせて、ごちそうさまと言う。気持ちのこもった声だった。
「裕也」
 朝乃は呼びかけた。裕也は赤い目で、朝乃を見る。これも、ずっと気になっていたことだ。
「いつから超能力が使えるようになったの?」
 朝乃にも裕也にも、超能力はなかった。もしあれば、小学一年生や中学一年生のときの、学校の検査で分かる。超能力者は貴重な存在だ。国は常に、力のある者を探している。裕也は泣いた後だからなのか、素直に話し始めた。
「大阪にある日本軍基地に入ってすぐ、筆記試験と運動能力のテストを受けた。超能力のテストもあって、そのときは超能力はないと判定された」
 裕也の筆記試験の成績はよかった。裕也は面接でエンジニアになりたいと言い、整備士見習いになった。同じ孤児院から従軍した静馬(しずま)と健人(けんと)は、裕也ほど成績がよくなかった。裕也は彼らと別れて、東京の研修センターへ行った。
 大阪東京間の移動は大きな軍用輸送機で、古い戦車も積まれていた。軍服を着たおじさんたちと固い座席に座った。自分は本当に軍に入ったのだと実感できて、ひどく興奮した。
「東京の研修センターでは、同じ整備士見習いのやつらと十日間、授業を受けた。最後に筆記試験を受けて、合格した者だけが東京宇宙港に行った。宇宙航空機(スペースプレーン)に乗って、地球周回軌道上の軍用宇宙ステーションに向かった」
 裕也にとっては、初めての宇宙だ。機内は無重力で、体がぷかぷかと浮いた。楽しかった、わくわくもしていた。窓から、宇宙ステーションが見えていた。
 しかし次の瞬間には、雷が落ちたように、裕也の視界は真っ白になる。音もなく、痛みもない。裕也は、自分は死んだと思った。
「気づいたときには、ステーション内の病院のベッドで寝ていた。ほとんど、けがはなかった。あとから知ったけれど、航空機はスペースデブリにぶつかって大破したらしい。生き残ったのは俺だけだった」
 裕也は暗くうつむいた。朝乃も陰うつな気分だ。ほかの乗客は、みんな死んだのだ。
「俺は航空機からステーションに瞬間移動して、助かったらしい。超能力のテストをまた受けた。今度は息をするように簡単に、できるようになっていた」
 翠は同情に満ちた目で、話を聞いている。朝乃も死んだ人たちに同情したが、裕也が助かってよかったとも思った。朝乃は初めて、弟の超能力に心から感謝した。
「スプーンも曲がったし、ピンポン玉も浮いた。自分の体も浮き上がった。うそみたいに、なんでもできた」
 裕也はぼう然として言う。朝乃は三日前の金曜日に、功と浮舟の超能力研究所へ行ったことを思い出した。スプーンは曲がらなかったし、ピンポン玉も浮かなかった。トランプでババ抜きをやらされたが、普通に負けた。
「私にも超能力があるの?」
 朝乃は、ぽつりと聞いた。裕也はのろのろと、朝乃の方に顔を向ける。
「私は急に、英語が聞き取れるようになったのだけど」
 朝乃は研究所で、英語が分かるようになったから、自分は超能力者かもしれないと主張した。ただ外国語は、勉強すれば誰でも使えるようになるものだ。そして朝乃は、英語を熱心に勉強した後だった。なので英語が聞き取れるのは、勉強したためと思われた。
 けれど念のためと、朝乃はさまざまな月面英語以外の外国語を聞かされた。だが、まったく理解できなかった。
 ところで朝乃は超能力を使って、自分を誘拐しようとした男たちを壁にたたきつけたことになっている。でもこれに関しては、朝乃本人の説明と、信士とドルーアの証言しかない。
 したがって朝乃は、超能力者と認定されなかった。超能力研究所への訪問は、徒労に終わった。しかし功は、
「認定されなくてよかった。認定されたら、何かと面倒だから」
 と、安心したように笑った。帰り道のタクシーの車内でのことだ。朝乃と功は、持参した水筒とコップで冷たい番茶を飲んでいる。
「Bランク以上の超能力者は、犯罪者予備軍として監視されているようなものだ」
 功は難しい顔で告げる。特別な力を持つ者は、周囲から恐れられる。Bランク以上の超能力者は、世界に百人ほどしかいない。
「ちなみに浮舟には、Bランク以上の超能力者はいない。もしいたら、個人情報がある程度、公開されるんだ。ただ、Cランクの超能力者たちはいるらしい。彼らの個人情報は公表されない。よって、年齢や職業や住所などは分からない」
「浮舟では、超能力者の方はどうするのですか? 日本では年齢やランクにかかわらず、軍に所属しますよね」
 朝乃はたずねた。功はお茶を飲んでから言う。
「あぁ。日本ではそうだな。浮舟のCランクに関しては、多分、普通にどこかに就職するのだろう。Cランクは、大した力を持たないと聞く」
 彼はまじめな顔になって、少し考えた。
「あと浮舟に軍隊はない。しかし浮舟は、シャクルトンクレーター連合に加盟している。つまり」
 簡単に言うと、浮舟が攻撃を受けたら、別の南極月面都市の軍隊が助けてくれるのだ。
「ほかにも、月面都市同士の防衛に関する相互支援条約がある。これは、南極とか北極とか関係ないものだ。また地球国家との条約だのいろいろあって」
 功は情けなさそうに頭をかく。
「ドルーアならちゃんと説明できるのだろうが、俺はちょっと……」
 そんなわけで、「朝乃は超能力者ではない」ということになっている。実際に超能力があるのかないのか、朝乃にも分からない。裕也は何とも言えないまなざしで、朝乃を見た。
「朝乃には超能力はない」
 やはり朝乃は、ひたすらに平凡だったらしい。朝乃は納得した。裕也はなぜか不安そうに問いかける。
「去年の六月ごろ、俺からテレパシーを受け取ったか?」
 朝乃はまゆをひそめた。テレパシーなんて受け取った覚えはない。そもそも、どうやって受け取るのだ? 電話みたいに、着信音がするのか。そして受け取ったら、どうなるのだろう。
「ごめん。さっぱり分からない」
 朝乃は正直に答えた。裕也はほっとして、かすかに笑みを見せる。
「朝乃はにぶいよ。テレパシーの受信は、そんなに才能がなくてもできると聞いた。しかも俺たちは双子だから、やりやすいはずなのに」
「誰に聞いたの?」
 朝乃はけげんに思ってたずねる。超能力の先生でもいるのか? 外国には超能力者の専門学校があると、ネットのニュース記事で読んだことがある。超能力が存在し、役に立つものと認識されてから、約五十年がたっている。
「いや、その」
 裕也はあわててごまかした。それから、あせったように問いかける。
「夢の内容も覚えていないよな?」
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