宇宙空間で君とドライブを

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  番外編「シスコンな彼とやまとなでしこ」  

「それに朝乃はこだわりなく、通訳ソフトを利用するの。裕也は、コンピュータに頼るのをできるだけ避けていた」
 リゼは話す。朝乃は裕也より、英語が分からないようだった。だが裕也より、会話はスムーズにできた。
「裕也は頑固だけど、朝乃は変な意地をはらず、うまく道具を使うんだね」
 クリスは言う。リゼは、いい反論ができずに黙った。実は、リゼがまだ軍にいたとき、裕也と仲のいいトキオが話してくれたことがあるのだ。
「村越中尉は、英語を話せるようになりたい。だから翻訳ソフトに頼りたくない。彼は勉強家だよ。自分が学校に通えなかったことも気にしている」
 彼は暖かい紅茶を飲みながら、裕也の気持ちをリゼに教えた。トキオは、裕也の父親のようでもあった。裕也は彼を頼りにしているように見えた。リゼもトキオを好きになりたかった。ところが、
「俺は超能力の研究者で、エスパーたちは研究用モルモット」
 彼はよく、そう口にしていた。裕也は気にしていないようだったが、リゼは気になった。なのでトキオと話したことは、数回ほどしかない。
 そしてリゼも、学校には通えていなかった。初潮とともに超能力が発現し、しかもそれが火を出すという危険なものだったので、学校から出ていかざるを得なかったのだ。今でも学校に対して、複雑な思いがある。
 リゼは、裕也の翻訳ツールを使いたくないという意志を尊重することにした。自分も、日本語の勉強をより一層がんばった。しかしその結果、リゼは朝乃を裕也の恋人と思いこんだ。結局、通訳は利用した方がよかったのかもしれない。
「そう言えば、朝乃の家に、俳優のドルーア・コリントがいた」
 通訳や翻訳から連想されて、思い出した。ドルーアは日本語がぺらぺらで、通訳をしてくれた。親切でハンサムな男性だった。
「え? ドルーアって、あの映画の? なぜ?」
 クリスは目を丸くする。リゼは、ぐるりと一周考えた。
「なぜ、いたのかな? なんか普通に食卓にいたから、深く考えなかった」
 リゼは裕也のことばかり考えていたから、ドルーアのことはあまり気にしていなかった。そもそも彼のファンでもない。ドルーアと裕也は、どんな関係なのか。
「よく分からないけれど、裕也はドルーアと親しそうだった。裕也は、彼のファンなのかな? いっときアメリカ軍で、ドルーア主演の映画やドラマを観ていたし」
 そのときは、なぜいきなり反戦映画を観るのだろうと疑問に思っていた。
「はぁ」
 クリスは、気の抜けた返事をする。
「実は千里眼のヤン・ミンヤンと連絡を取り合っていただの、実はドルーア・コリントと仲よしだの、相変わらず裕也はびっくり箱だね。何が飛び出してくるのか分からない」
「そうよね」
 リゼは同意する。裕也は先月、つまり裕也もリゼも軍にいたとき、自分はミンヤンとつながりを持っていると秘密裏に告白してきた。リゼには信じがたいことだった。ついに裕也は頭がおかしくなったのかとさえ思った。
 だが事実だった。裕也はミンヤンの立てた計画に従って、リゼと家族をアメリカからイーストサイドへ逃がした。裕也は、――裕也とミンヤンは、おそろしいほどに用意周到だった。
 裕也のバックには、すべてを見通すと言われている超能力者ミンヤンがいる。いつからふたりがつながっていたのか、リゼは知らない。裕也は、リゼのことなんか眼中にない。リゼの世界の中心には、彼がいるのに。
「裕也のお姉さんに、どんなメールを送ればいいと思う?」
 リゼは弟にたずねた。
「さぁ?」
 クリスは、気のない様子だ。
「みそ汁の作り方を聞いてもいいかな? 朝乃は料理上手らしい。裕也がよく、そう言っていた」
「彼は、相当なシスコンじゃない?」
 クリスはあきれている。確かにリゼとクリスの関係に比べれば、裕也は姉にべったりだ。軍にいたときも、しょっちゅう、朝乃、朝乃と口にしていた。だからリゼは、朝乃は恋人と感じたのだが。
「でも家族を大切にするのは、裕也の美点のうちのひとつよ」
 もし彼が家族を軽んじる人だったならば、リゼは彼を好きにならなかっただろう。リゼの父母も、裕也の家族に対する愛情は信頼していた。
 それ以前に裕也が家族を重要視しなければ、彼は姉を捨ててすぐに軍から逃げた。裕也ひとりならば、一瞬でどこへでも行けるのだから。
「しかも彼のお姉さんは、清楚でかれんな人。シスコンになるのは当然じゃない」
 リゼは、キーボードの置いてある机にほおづえをついた。リゼだってあんな女性がそばにいれば、常に彼女を守る。この世界にある汚いものは、いっさい彼女に見せたくない。
「今、思い出した。朝乃はアメリカ軍では『やまとなでしこ』というコードネームだった。『やまとなでしこ』は、花のようにつつましくて清らかな女性という意味よ」
「そうなの?」
 クリスは驚いている。リゼはうなずいた。そのふたつ名のせいで、リゼは裕也の姉の本名を知る機会がなかったようなものだ。
 リゼは朝乃に、裕也と婚前交渉をしたと知られたくなかった。裕也の方こそ、そうだろう。彼は、リゼと朝乃の会話を嫌がっていた。軍にいたときの裕也とリゼの関係を知れば、朝乃は卒倒するだろう。裕也もついでに倒れる気がする。
「朝乃さえ手に入れたら、裕也も手に入る」
 リゼは、すねた気持ちでつぶやいた。
「それじゃあ、アメリカや日本と同じだよ」
 クリスはたしなめる。日米の指導者たちは朝乃を人質にとって、裕也を戦場へ行かせた。その一方で、裕也を縛るのに必要な朝乃をアメリカは日本から奪おうと、日本は奪われまいと攻防を繰り返した。
「そうだけどさぁ」
 リゼはぼやく。事実、朝乃を捕まえないと、裕也を引き寄せることはできない。リゼは強引に彼らを家に誘ったが、どういうもてなしをすれば彼らの気がひけるのか。とりあえずみそ汁を作ると言ったが、リゼはそもそも料理が下手だった。
「昨日の寿司も失敗したし。裕也にまずかったと言われたわ」
 リゼは落ちこんだ。クリスは少し黙ってから、話し始める。
「昨日、裕也はリゼの目を盗んで、寿司ロールを食べていた。食べた瞬間、すごい顔をしていた。口に合わなかったんだと思う。その後で、何も食べなかったそぶりでテーブルから離れた」
 弟の口から語られる真相に、リゼはますます気分が沈んだ。本当に、寿司は駄目だったらしい。裕也はリゼに気を使って、食べなかったことにした。クリスも、リゼに気を使って黙っていたのだろう。なのにリゼは今日、わざわざ朝乃の前で寿司について言及した。
「僕はおいしいと思ったよ。朝乃にメールを送るより、みそ汁を練習したら?」
 クリスはフォローを入れた後で、提案する。ナイアガラの滝つぼに落ちていたリゼは、はい上がってから「うーん」と悩んだ。練習した方がいいだろう。リゼは、スパゲッティ・ウィズ・ミートボールでさえ失敗するのだ。
「いいえ。やっぱり朝乃へのメールが最優先だわ」
 リゼは、力強く右手を握りしめる。朝乃がいた方が、リゼと裕也の関係はよくなると思うのだ。朝乃がそばにいれば、裕也が素直になるから。リゼはパソコンの画面を見て、また悩んでから、続きを書き始めた。
 来週の土曜日に、ぜひ裕也とわが家にお越しください。私も家族も、あなたたちの訪問を楽しみにしています。
 私は昼食にみそ汁を作りますが、ほかに食べたいものはありますか? あなたの好きなものを教えてください。それでは、メールのお返事をお待ちしております。
 キーボードで打ち終わった後で、リゼはメールの文章を最初から読み返した。スペルミスを見つけたので、訂正する。クリスは背後から、PC画面をのぞきこんできた。
「一緒にゲームをしましょう、とかも書く?」
「あのお姉様が、コンピュータゲームをするわけがないじゃない。休日にクッキーを焼いたり、毛糸のマフラーを編んだりしていそうな方よ」
 今日の朝乃の食卓に並んでいた料理もすごかった。ケータリングサービスと思っていたが、あれは朝乃の手料理ではないだろうか。ちなみにリゼの昼食は、冷凍ピザをオーブンであたためただけのものだった。クリスは口を閉ざして考えた。
「なら、スポーツ?」
 これにもリゼは首を振った。
「スポーツもしないと思う。朝乃はほっそりしていて、全体的にきゃしゃだった」
 裕也も運動はしていなかった。彼はただぼんやりと、アニメやドラマを観ていることが多かった。
「ボードゲームは?」
 クリスは面倒そうな顔をしながらも、案をひねりだしてくれた。
「ボードゲームならしてくれそう。裕也は、オセロと将棋をプレイしていたし」
 リゼはオセロを知っていた。オセロは、裕也とリゼが対戦できるすばらしいゲームだった。きっと朝乃もオセロが好きにちがいない。リゼは裕也のために、将棋も指せるようになりたかった。しかし漢字で挫折した。裕也は将棋を、トキオとのみやっていた。
 リゼはメールに、「オセロを用意します。オセロ以外にも、いろいろな楽しいボードゲームやカードゲームがあります」と書き足した。達成感とともに、送信ボタンをマウスでクリックする。
 これでうまくいく。朝乃に気に入られれば、裕也に通じる道が開ける。リゼはうきうきと、いすから立ち上がった。
「シュークリームを食べましょ。裕也がお菓子をくれるなんて、最初で最後かもしれない。写真を撮ってから食べよう」
「僕はゲームをしに、この部屋に来たのだけど」
 クリスが文句を言う。
「食べてからしなさいよ」
 リゼはスキップしながら、部屋を出ていく。月は重力が小さいから、気を付けてジャンプしなければならないが。来週の土曜日が待ち遠しい。朝乃がいれば、すべてがうまくいくはずだ。
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