宇宙空間で君とドライブを

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  番外編「前日譚――昔は神童、今はただの人」  

 タブレット型コンピュータの画面を見て、中年の男は不機嫌そうに唇をとがらせた。一郎は居心地悪く、彼の向かいの席に座っている。どうやら、一郎のテストの成績は悪かったらしい。世界共通の、超能力者のランク認定のための試験だ。
 中年の男、――もう五年くらい一郎の担当をしているキラ・ソマレ博士は、困った顔で口を開いた。
「まずいよ、一郎。君はこの調子だと、来年か再来年にはCランクから落ちてしまう。ランク外の、超能力者とは言えない超能力者になる」
 一郎は一応、神妙に聞いた。一郎は、Cランクの超能力者だ。しかしエスパーとは言っても、大したことはできない。
 一郎は人と触れることで、その人の感情や心が読みとれる。……はずだが、たいていの場合、読みとれない。たまに、なんとなく分かる程度だ。機嫌がよさそうとか、怒っているとか。
 そんな程度なら超能力がなくても、顔色をうかがったり空気を読んだりして分かるだろう。一郎の超能力は、あってもなくても、どっちでもいいものだ。
「俺はランク外に落ちても、支障はないです。それに、Cランクもランク外も同じようなものですし」
 一郎は控えめに言いかえした。そもそも世間の人たちが期待する超能力者らしい超能力者は、AランクとSランクだけだ。Aランクは全世界に十二人、Sランクなんてたったの三人だ。対してCランクは五千人以上いる。
「ランク外になると、年に一回のランク認定のためのテストが、無料で受けられなくなる。さらに専門家、――つまり私との面談もなくなる。それでいいのか?」
 キラは難しい顔をして反論する。が、それらは一郎にとって、むしろ好都合だった。
 A、B、Cランクの超能力者たちはみんな、年に一度、世界共通のランク認定テストを受けて、超能力の専門家と面談しなくてはならない。これはどこの国でも、法律によって義務づけられている。
 要は二回も、超能力研究所へ行かなくてはならない。先月は、大学入学準備でいそがしい中、試験を受けるために研究所まで行った。ハンカチを渡されて、
「このハンカチの持ち主を特定してください」
 と要求されたり、アンティークのフィルムカメラを渡されて、
「念写をしてください。家族の顔とかお気に入りの風景とかを、フィルムに焼きつけてください」
 と無茶ぶりをされたり。一郎はほとんど何もできず、徒労感だけが残った。
 そして今日も今日でいそがしいのに、テストの結果を受け取り、専門家と面談するために研究所にやってきた。研究所は、家からも大学からも遠い。往復するだけで、一日がつぶれる。
 一郎はこの四月に、浮舟大学に入学したばかりだ。自転車が必要なほど広いキャンパス、新しい人間関係、長い授業時間。日々、目新しいことばかりだ。ちゃんと単位が取れて卒業できるのか、心配にもなっている。
(だから超能力は、やっているひまはない)
 一郎は、むすっとした。こんな殺風景なテーブルとパイプいすしかない部屋で、おっさんと話しているのは時間の無駄だ。いや、部屋のすみに、申し訳程度に観葉植物が一本置いてあるが。そしてレストランではないので、お茶も何も出てこない。
 ところが今年は、いつもとちょっとちがう。去年までは、部屋に一郎とキラしかいなかった。けれど今年はキラの隣に、若い女性職員が座っている。初めて見る顔だ。超能力研究所に来たばかりの新人に思えた。研修中なのかもしれない。結構、美人だ。
「大丈夫ですよ。あなたの超能力が維持できるように、私たちスタッフが全力でサポートしますから」
 美人は一郎に笑いかけた。悪い気はしない。一郎も笑顔になる。彼女は、一郎より少しだけ年上に見えた。彼女が胸につけている名札を見る。Kaede Nonakaと書かれていた。
 多分、野中かえでだろう。日本人のようだ。これは、俺の故郷は日本とか、俺の養父は忍者とか、そういう話題で盛り上がれそうだ。
「君の超能力は年々落ちている。ちゃんと努力しているのか?」
 キラはテーブルの上にタブレットを置いて、一郎を責めた。だが超能力を強くするための努力とは、具体的にどんなものか? きっとキラは知らないだろう。超能力者を長年やっている一郎にも、分からない。
 超能力は人間にとって、まだまだ未知の力だ。分かっていることより、分かっていないことの方が断然多い。一郎は、きりっとした顔を作った。
「はい。毎日六時間以上の睡眠を取り、朝ごはんをしっかりと食べています」
 キラはあきれたように、ため息をつく。
「これだから今どきの若い者は……。やる気がないというか、ふざけているというか。このままでは、超能力が完全になくなるぞ。浮舟に来た当初は、君はまさに神童で、千里眼のミンヤンのようだったのに」
 キラの残念に思う気持ちは、ちょっとだけなら分かる。浮舟に来たばかりのとき、一郎はAランクだった。それがあっという間に、Cランクまで落ちた。
 過去、一郎には透視能力があった。見たいと思うだけで、壁の向こうが透けて見えた。人と触れることで、その人の過去や心の傷まで見えた。
 さらにもっと過去、一郎が覚えていないほどの昔では、一郎は幽霊だの生き霊だのも見た。また、百発百中の未来予知もした。これらはすべて、養父である信士の証言だ。一郎のそういった力は、日本からの脱出にものすごく役に立ったという。
「君の力がなければ、浮舟まで逃げられなかった。私も途中で殺されていただろう」
 信士は、幼い一郎の言うことを神のお告げのように聞き従った。しかし、それらはすべて過去の栄光だ。今の一郎にはできない。
「一郎君は産まれたときから、超能力があったと聞きました。力がなくなったら、さびしいでしょう?」
 かえでが、場を取りなすようにほほ笑む。かわいい笑顔だ。
「そうかもしれません」
 一郎は鼻の下を伸ばした。
「浮舟には超能力者が少ないんだ。Cランクが二十人ほどしかいない」
 キラはぶつぶつと文句をたれる。
「Sランクになるかもと期待した君は、Cランクまで転がり落ちた。このままでは研究所の予算は下がる一方だ」
 つまり予算のために、一郎は超能力を伸ばさないといけないらしい。
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