宇宙空間で君とドライブを

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  番外編「前日譚――ハリボテの世界」  

 今、ドルーアたちは、ヌール軍、ルナ2軍、ソロンゴ軍合同軍事演習の最中だ。これは単なる偶然だが、みっつとも北極にある月面都市だ。そして、宇宙空間における人類史上最大の軍事演習でもあった。
 参加する宇宙戦艦は、今、ドルーアが乗っているものも含めて、二十隻(せき)だ。その二十隻が隊列を組んで、月周回軌道上を進んでいる。
(そのうちドラド社のものは十四隻。作って、売って、運用するだけで巨額の金が動く。戦争とは、いい商売だ)
 ドルーアは、皮肉げに笑おうとして失敗した。笑えるような話ではない。戦闘機は五機、参加している。約一時間後には、ルナ2の宇宙戦艦のカタパルトデッキから発進する予定だ。うまくいけば、サルモンの窓から肉眼で見えるだろう。
 五機は発進後、隊列を組んで飛ぶ。実弾を撃ったりはしない。ただの地球に対する、見せつけの演習だからだ。迫力のある映像が撮れて、その映像を全世界に発信するだけでいい。突然、サリカがドルーアの背中をたたいてきた。
「何をしおらしくしてんだい? あんたにとって、ドラド社の船は自分の家のようなものだろ」
 彼女はあっけらかんと笑う。遠慮のない仕草に、ドルーアは自然に笑顔になった。
「痛いよ、サリカ」
「悪かったね。そういや、あたしがこの船に乗っていると、どうやって知ったのだい?」
「宇宙戦艦を動かすためにドラド社からスタッフが派遣されていると聞いて、『誰か知っている人が乗っているかもしれない』と思ったんだ」
 ドルーアは、ドラド社に知り合いが多い。父アルベルトを通じた人間関係だ。
「それで、スタッフの名簿を見た。サリカだって乗員名簿を見て、僕の名前を見つけたんだろ?」
「そのとおりさ。あんたは賢い子だ。目端もきく」
 サリカはうれしそうに両目を細めた。彼女は昔から、なんでもほめてくれる。
「僕は友人たちの誘いを断って、娯楽室にもバーにも行かず、艦橋までサリカに会いに来たんだ。もっとほめてよ」
 おどけたことを言うと、サリカは大きな声で笑った。友人たちとは言っても、そこまで親しくない人たちだが。気分が上向いたドルーアは、艦橋を見て回ることにした。何はともかく、ドルーアは宇宙船が好きだ。
 大きな丸い窓が五つあった。真ん中の窓が、進行方向を向いている。左側のふたつの窓には、そばを航行している宇宙戦艦が映っていた。
「ルナ2の宇宙軍だ」
 ドルーアはつぶやく。船体に、国旗がペイントされている。ルナ2は百年以上の歴史を持つ、古い月面都市だ。地球に対して強硬姿勢を崩さず、この軍事演習もルナ2が主導している。ドルーアは、軽率に開戦を主張するルナ2の政治家たちが嫌いだ。
「あっちは、ちゃんと軍人たちが戦艦を動かしているのかな?」
 バカにしたようにしゃべる。
「さぁねぇ。どっちでもいいじゃないか」
 サリカはからからと笑う。ドルーアはまた不機嫌になった。確かに、彼女の言うとおりだ。でも、その意見に共感できない。
 艦橋には、操舵席がふたつある。自動航行中なので、誰も座っていない。操舵席以外では、左右に席が三つずつある。右側のモニターには、隊列を組んで航行する二十隻の戦艦の鳥瞰図(ちょうかんず)が映っていた。
 しばらく待つと、戦艦の群れが月周回軌道上を回るイメージ図に変わる。戦艦はすべて自動航行だろう。順調な旅路、――いや、軍事演習だった。この船は軍用船だ。もし宇宙で戦争になれば、戦場へ行く。だが……。
 サリカは心配そうに、ドルーアを見つめていた。ドルーアは彼女と視線を合わせず、モニターをにらみつける。これに関しては、サリカも「どっちでもいい」とか「いいのだよ」とか言えないだろう。
「サリカ、この船には主砲も副砲もあるよね。演習では何も撃たないと決まっているけれど、今、砲撃手も乗っていないけれど、もし撃ったらどうなるの?」
 ドルーアは小さな声で聞いた。もし開戦すれば、この戦艦は主砲を撃つのだ。サリカは、何とも言えない顔で苦笑する。
「あんたは、それを分かっている。艦長のマクーン中佐も理解している。だから大丈夫さ」
 何が大丈夫なんだよ!? ドルーアはいらっとして、言い返しそうになった。しかし実際には、口をつぐんで黙った。
 多分、何もないと認識した空間に向けて、艦砲射撃なりミサイル射出なりをすると、何かに当たる。それは宇宙船かもしれないし、人工衛星かもしれない。案外、宇宙は混雑しているのだ。もしくは月周回軌道上をぐるりと一周して、この船に背後から当たる。
 それともミサイルは、隕石のように月面に落ちるのかもしれない。地球とちがって、月には大気がほとんどない。よってミサイルは、途中で燃え尽きない。
(万が一、月面都市に落ちれば、一瞬で都市が壊滅する。そうなれば、戦争どころではない)
 さらに運よく何もない場所に撃てたとしても、撃った反動で宇宙戦艦は後ろに吹っ飛ぶ。あるいは、戦艦がくるくると回転するかもしれない。
 もちろんそうならないように、船の姿勢や位置を制御するシステムはある。が、それがうまく作動するかどうか、実際にやってみないと分からない。
 もし、宇宙戦艦が予想外の方向へ動いたり回ったりすれば、味方の宇宙戦艦や戦闘機にぶつかる。戦艦同士が接触事故を起こせば、乗員ほぼ全員死亡という惨事も起こりえる。
 嫌な予想は、いくらでもできた。嫌な予想をいくらしても、足りないのが宇宙だ。宇宙は人間の思いどおりにいかない。
 したがって主砲があっても、撃つわけにはいかない。そんな宇宙戦艦を作って売っているのが、父の会社だ。ドルーアの心の中で、もやもやが大きくなっていく。
(このまぬけな話は、宇宙戦艦にかぎったものではない。人類に、宇宙で戦争できるだけの技術はない)
 十九才のドルーアにも分かる話だ。なのに大人たちは宇宙戦艦を作り、高い値段をつけて売る。ハリボテを売る方も売る方だが、買う方も買う方だ。地球国家も月面都市も、軽率に軍用船を買い集め、戦争を始めようとしている。
 もし本当に開戦したら、ドラド社の戦艦同士が敵味方に別れて戦うのだ。当然ながら、ドラド社以外の会社や国家が作った戦艦もあるだろう。だが、それでも、この上なくアホらしい状況だ。
 それとも軍艦を買うだけ買って、戦争を始めるふりなのか。だから、この船に乗っている若者たちは遊んでいるのか。酒を飲んで、パーティーを楽しんでいるのか。
(僕も、参加した方がいいのかもしれない。上流階級での社交も、大事な仕事のうちのひとつだ)
 ドルーアもほかの若者たちも、ほんの腰かけで軍にいるだけだ。本来の仕事場は、別にある。ちょっとした寄り道で軍に所属して、ついでに史上最大の軍事演習に参加したという自慢話を手に入れるだけだ。
 ヌールに帰ってからのドルーアは、いつもうまくいかない。今、ここに立っていられないほどの違和感がある。どこに手を伸ばしても、とげがある。むしろ自分自身がとげになって、周囲を不快な気持ちにさせている。誰も僕を分かってくれない。
 サリカは周囲を見回した。ドルーアたちの周りには今、誰もいない。それを確認してから、彼女は話しかけてきた。
「あたしは初めて宇宙戦艦、――軍用船の製造に関わることになったとき、悩んだよ」
 ドルーアは、サリカの顔を見た。しわこそないが、けっして若くはない顔だ。彼女は今、本心を打ち明けている。
「軍服を着て敬礼するあんたを見るのも、割りきれない気持ちだ」
 サリカは分かってくれる。ドルーアはそう期待した。しかし彼女は、あきらめたように笑う。
「でも、あたしはこのままドラド社にいる。これが時代の流れと考えて、受け入れる」
 期待していた分だけ、ドルーアの落胆は大きかった。サリカは、ドルーアの顔を見上げている。まだ話は終わっていないと言うように。
「あんたは、ドラド社のトップになっちまったアルベルトの息子だ。そして、由緒ある家柄のお坊ちゃんでもある。けれど、あんたは自由だ。あたしたちに付き合う必要はない」
 彼女は強く言う。
「あんたが嫌なら、ドラド社に来なくていい。このまま軍にいなくてもいい。ましてや、あんたは若い。まだ十代だ。あんたの未来は、ほとんど白紙なんだよ」
 ドルーアは何も答えられなかった。ここは自分の居場所ではない。ならば、僕の立つべき場所はどこだ? 僕は何をして、何者になりたい? 浮舟で三年間も遊んで、様々な月面都市を旅してまわったのに、ドルーアにはそれが分からなかった。
 ただひとり本気で愛した女性は、『人類初の星間戦争に向けてまい進せよ』と高らかに歌っている。彼女は歌手として、予想外の方向で成功をおさめた。
 もうドルーアのことなど忘れているだろう。小さなライブハウスで一緒にラブソングを歌っていたことが、夢のようだ。
「僕は、しばらく軍にいる」
 ドルーアは、ぽつりとつぶやいた。
「射撃は苦手だけど、大型の宇宙船舶免許がほしいし、船外活動訓練も受けたい。宇宙関係の資格をいろいろ取りたいんだ」
 僕はコリント家の長男で、ドラド社CEOの息子だ。たとえ戦端が開かれても、危ないところへは行かない。安全な場所から眺めるだけだ。
「そうか」
 サリカは複雑な顔をして笑った。ドルーアはただ流されて、こんな見せかけだけの宇宙戦艦に乗っている。いや、ドルーア自身がハリボテかもしれない。
 ほどほどにハンサムでお金持ちの息子で、勉強もバスケットボールもそこそこにこなす。ところが、肝心の中身がない。いっぱい学んで、いっぱい遊んで、たくさんのことを経験してきたのに、それらがうまく芽を出さないのだ。
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