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研究活動

私が主として関心を持って取り組んでいる研究テーマは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのイギリスの選挙政治ー具体的には自由党の再生と衰退、労働党の台頭の基盤です。選挙データをさまざまな角度から分析することを通じて、イギリスの政治の大きな転換の基礎を探っています。

 
19世紀中葉のイギリスは、保守党と自由党という二つの政党が政権を競う政治体制でした。しかし20世紀第一次大戦以後は、自由党が衰退し、かわって労働党が台頭し、保守党と労働党という二大政党による政治体制が形成されます。この変化ー自由党に労働党がとってかわるプロセスこそ、現代イギリスの政治を形作る最大の構造的な変化といっていいでしょう。ではなぜこうした大きな変化がおきたのでしょうか?何がその背後にあるのでしょうか?

 単純に考えれば、選挙権が拡大されて労働者が選挙権をもつようになったために、労働党が台頭したのではないか、と思われます。もちろん選挙権の拡大がなければ労働党の台頭はなかったはずです。しかし歴史をよく観察すると、事態はそんなに簡単ではなかったことが分かります。というのも、19世紀の選挙法改正でかなりの数の労働者が選挙権を持つようになっても、労働者の政党はなかなか選挙で地歩を獲得することができなかったからです。20世紀になって労働党が創設されても、労働党は自由党と選挙協定を結んではじめて一定の議席を獲得できるような地位に甘んじていたのでした。これに対し自由党は19世紀末に低迷していましたが、20世紀初頭の1906年総選挙で華麗な復活をとげます。そして自由党はその後第一次大戦まで、国民健康保険を制度化し、貴族院の拒否権を奪うなど、目覚しい改革を行う政権を担当します。

 では20世紀初頭の自由党の再生にはなぜおこったのでしょうか?そしてこの時期の自由党と労働党の同盟は、どのような意味があったのでしょうか?さらに、第一次大戦後には、なぜこの同盟が崩れて、自由党が凋落し労働党が台頭することになったのでしょうか?
 
 実はこの問題をめぐって、イギリスの学界では長年にわたって激しい論争が繰り広げられてきました。19世紀のイギリスと、現代のイギリスはどのようにつながり、どのように違っているのか、という根本的な歴史について見方と、この問題が深くかかわっているからに他なりません。1979年に政権を握ったマーガレット・サッチャー首相は、ヴィクトリア時代の価値観の復活を訴え、ヴィクトリアン・ヴァリューを失ったことが20世紀のイギリスの没落の原因だ、と唱えました。こうしたサッチャー首相の主張も、歴史家の関心をこの問題にひきつける要因となったと考えられます。私自身は、イギリスに留学した時、この論争の当事者ーピーター・クラーク、マシュー、マイケル・フリーデンといった先生方に直接に接して、この論争の持つ重要な意味に気づき、以後、私なりにこの問題に取り組んできました。

 私自身のささやかな分析の試みでは、政党の対決パターンを分析の視角に組み入れて二人区の複数投票の記録などの選挙データをもとに、自由党と労働党の選挙基盤の関係を掘り下げてきました。まだ研究は続いていたますが、さまざまなデータから、20世紀初頭に、自由党と労働党の支持者が、共通の敵である保守陣営に対して、強固な連携をみせていたこと、20世紀初頭の自由党の再生は、労働者の積極的な支持に依拠していたことが改めて明らかになりました。と同時に、両者の間には無視できない亀裂があったこともと分かってきました。20世紀初頭の社会改革的な自由党政権の基盤についてのこうした事実は、20世紀初頭のイギリスの自由主義や社会主義の政治思想や、福祉国家の形成過程にも、重要な示唆を与えてくれると私は考えています。

 以下、参考までにこの問題についての私のこれまの研究成果を示す論文や翻訳などを挙げておきます。

「自由党再生の地帯構造」 『英語圏世界の総合的研究』 大阪外国語大学、1993年

「自由党再生の構図」 『近代世界システムの歴史的構図』 渓水社、1994年所収

「第一次大戦前の自由党と労働党」 『英米研究』 第19号、大阪外国語大学英米学会、1994年所収

「近代イギリス選挙史研究序説」 『イギリス研究の動向と課題』 大阪外国語大学、1997年所収

「選挙の歴史学」 『世界地域学への招待』嵯峨野書院、1998年所収

「アイルランド自治問題とイギリス政治の転換ー1886年総選挙における自由党の分裂」 『グローバル・ヒストリーの構築と歴史記述の射程』 文部省科学研究費補助金基礎研究(A)研究成果報告書 大阪外国語大学、2002年所収

「19世紀末における自由党の衰退」、 『国際社会への多元的アプローチ』、大阪外国語大学、2003年所収

「自由党の衰退と反攻ー19世紀末イギリス総選挙と補欠選挙」 『英米研究』 第28号、2004年所収

「1906年総選挙と自由党の再生」、『英米研究』、第30号、2006年所収

「1906年総選挙における自由党の再生と労働党ー2人区の得票分析ー」 『英米研究』 第31号、2007年所収

「1906年総選挙における自由党の選挙基盤
1人区の得票分析」(『英米研究』第32号、大阪大学英米学会、2008年所収)

「自由党政権下の補欠選挙
綻びる自由党の基盤 1906年−1909年」(『英米研究』第33号、大阪大学英米学会、2009年所収)

「20世紀初頭自由党政権下の社会政策と選挙政治
1906年〜1910年1月―」(杉田編『日米の社会保障とその背景』(大学教育出版、2010年所収)。

「危機の時代の自由党―補欠選挙1911年〜1914年―」
(『英米研究』第35号、大阪大学英米学会、2011年所収)


(翻訳)
ピータークラーク 「近代イギリスの選挙社会学」 (1)(2)(3)『大阪外国語大学論集』第8号、第10号、第11号

なおイギリスの研究動向の一端については次を参照。
「自由帝国主義と新自由主義」(1)(2)、『大阪外国語大学論集』第5号、第7号所収
「自由党再生の選挙基盤」 『世界システムの変容と国民統合』、大阪外国語大学、1992年所収
「書評 Martin Pugh, The Making of Modern British Politics 各版の異同と改訂の意味」 『EX ORIENTE』大阪外国語大学言語社会学会 第9号、2003年所収

このテーマから少し外れますが、ハロルド・ラスキの政治思想についての論稿や、アントニースミスのナショナリズムについての著作などの翻訳も手がけています。
「ラスキー自由主義と社会主義の狭間で」『西洋政治思想史U』 新評論、1995年所収
「ハロルド・ラスキの苦悩と孤独」『英米研究』第23号、1999年所収
(共訳)『ネイションとエスニシテイ』、名古屋大学出版会、1999年

その他社会科学の古典を英語で学ぶためのリーダーやブックガイドの編纂にもかかわってきました。
Classics of the Social Sciences 嵯峨野書院、1999年
『世界を学ぶブックガイド』 嵯峨野書院、1994年。