「誠に残念ですが健康上の理由のため 当店『サントリーバーマエダ』を閉店致します。」師走に入ってまもなく、そんな挨拶状を頂いた。
「やはり…」と思った。まだ残暑の厳しい頃に入院しているというご連絡を頂いていた。健康は回復しても接客は難しいかもしれないなと思っていたが、やはりそうなってしまった。
五日間だけ最後の営業をしますとあったので、ある日の早めの時間に行ってみた。ドアを開けるとほぼ満席であった。「皆様にお会いできることを励みに精進いたし…」というリハビリをしていたであろう頃の言葉がうなづける。これだけのお客さんが名残を惜しんで駆けつけている。彼女の心中を思うと、残念でならない。
店を再開して頂いたら、まず最初の一杯はマティーニを頂くことに決めていた。「しかし…」と思い直して、ビールを一杯、「山崎」をストレートでワンショット。ふと横の人を見るとマティーニを飲んでいる。「ステアでいいですか」というセリフを言わせたくなかったのだが、そんなことはいいと思い、私もマティーニを注文した。あの何とも言えない微妙な味が口中にひろがっていく。
店を誰かに引き継ぐのですかと訊ねると、はっきりとした口調で「いえ、つぶします」と仰った。今もこの言葉が強い印象を残している。激しい思いが感じられる。彼女にしてみれば、「サントリーバーMAEDA」は彼女そのものだったはずだと思う。その店を閉店することがつらくないはずがない。しかしその店が彼女以外の人の手で営業されていくということにはもっと耐えられないものがあったのではないかと勝手ながら推測する。
こんなことを言うのはおかしいことなのかもしれないが、私にしてみてもそうであり、MAEDAさんがいない「サントリーバーMAEDA」には行くはずがない。そこにこそ学生時代からの様々な思い出が私を待っていたのだから
再開の一杯が最後の一杯となってしまった。「頑張ってください。お元気で。」と握手をして店を出た。もう来ることは無いと思いながら、挨拶状に添えられていた言葉を思い出した。「人生 ちょっと休憩です」