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アールヌーヴォーとは
一九世紀末から二十世紀前半にかけて、ヨーロッパとアメリカで隆盛を極めた美術の時代様式。その分野は、絵画や彫刻にとどまらず、建築から室内装飾、家具調度品、服飾や装身具にいたる生活全般にわたった。

 この様式を特徴づけるのは、自然をモチーフとした、うねるような曲線やS字型、左右非対称の構成などである。

 ルネッサンス以降、写実主義が主流であった一方で、それに反旗をひるがえしたロココ様式やロマン主義の運動。アール・ヌーヴォーはその延長線上に位置づけることができる。

 アール・ヌーヴォーの時代には、とりわけガラス工芸が大きく花開いた。一九〇〇年のパリ万国博覧会では、斬新で芸術的なデザインのガラス作品が注目を集め、エミール・ガレ、ルイス・C・ティファニーなどの巨匠を生んだ。   

 二十世紀前半に最高潮を迎えたアール・ヌーヴォーは、主役の座をアール・デコに譲り、さらに第二次世界大戦後のモダニズムへと時代は移行していく。一九六〇年代以降になるとコレクターの間でアール・ヌーヴォーの価値が再認識され、美術史上欠かすことのできない運動として再認識されるようになった。
ルイス・C・ティファニー
 ガラスの装飾美術で一躍名を馳せたティファニー。それ故に彼の画家としての姿はあまり世に知られていない。

 ティファニー&カンパニー創立者の長男として生まれた彼が、後継を願う父の申し出を断り選んだ最初の道、実は画家であった。そして生涯画家であったとも云える。

 初期は、ハドソン河流域や、北アフリカを旅しながら風景を描き、後年はロングアイランドの別荘で花のスケッチなどを描いた。その作品群からは飽くなき自然への賞賛や、光と色彩のたぐいまれな調和を感じ取ることができる。

 「光で絵を描く」と表現されたガラス作品における成功の根底には、画家としての彼が強く息づいている。

 一八八五年、ティファニーは光を透す瀟洒な板ガラスを用いた作品製作を望み、ガラス工房を立ち上げた。当時のアメリカにおけるガラス製造は、生産量もごく僅かで精製技術も未熟で求めたものはない。そのため彼は自ら素材を追求し、様々な実験を繰り返し、独自のガラスを完成させた。斑の色彩が混じり合った板ガラス、砕けガラス、壁板ガラス、並みの情熱では到底真似できない新しい技巧を次々と生み出した。追い求める作品の完成を夢見て努力が重ねられたのである。

 そして、それらを使用して室内装飾に新世界を開く。数々のデザインの源であるサンプルブックには、人間の手では不可能だろうと感じられるほど細密なものが無数に残され、ステンドグラスの窓だけでも四八六に及ぶ。さらにランプの型見本に目を凝らせばガラス片が入る部分にすべて異なる番号があり、二つとして同じ型は使われない。デザインのみを考えても、膨大な時間と試行錯誤が窺い知れる。工房で作られていたガラスの種類は五〇〇〇以上で、約二〇〇人もの職人が携わっていたと伝えられている。
エミール・ガレ
 天才工芸作家として名高いエミール・ガレ(一八四六〜一九〇四)は一九世紀後半フランスのナンシーを拠点に、ガラス、陶器、家具という幅広い分野に創造力を発揮し、独創的な可能性を切り開いた人物である。ガレの芸術はジャポニズムや象徴主義、自然主義、博物学の成果など、時代の趨勢と深く関わりながら展開し、独自の表現論理に幻想的なイメージを絡み合わせた特異な表現世界を示した。

 「彼の作品を理解しようと思うなら、その真の意味を見通す意思を持って近づかねばならない」と指摘したのは、ガレの友人であり擁護者であった美術評論家ロジェ・マルクスである。ガレはイメージにある種の観念を託し、それでも不足と感じた場合は言葉そのものを作品に記入した。言葉による啓示を重視したガレの創作過程においては「はじめに言葉があった」のだろうか、それとも形が先に生まれたのだろうか。想像するに、おそらくは「観念は言葉という手段を通してしか得られないし、また言葉があってはじめて存在する」という言説は、ガレの場合は当てはまらない。

 「歴史は歴史家の数だけある」といわれるように、史料を読み分ける歴史家の判断は刻々と動いている現在の影響を受けざるを得ない。それと同様に、美術作品の評価も、それぞれの時代の条件に照らして変化していくのを避けることはできない。

 今日では、アール・ヌーヴォーの巨匠として世界的に評価が定まった観があるガレの作品ですら、生前の人気は没後まもなく下がり始め、一時は悪趣味の代表のようにいわれた時期があった。ヨーロッパでガレが再び見直されたのは一九六〇年代以降であり、わが国でのガレの人気の台頭は一九八〇年以降の、わずか四半世紀の間に起こったことである。

                 鈴木 潔著 エミール・ガレより