足の指の間が痒くなる心意気

2002年8月15日(木) 暗闇の廊下」

 今日もお盆にちなんで郷愁に満ち溢れた話を。

 墓参りにはもう何年も行ってない。そう遠くにあるわけではなく、同じ大阪府内が我が家先祖代々の墓所なのであるが、いかんせんコチラはサービス業。お盆は毎年仕事である。

 それでも小学生の頃は毎年のように祖母の住む家に帰ったものだ。仏壇にあかあかと灯る燈明、どういう原理で回るのか不思議だった回り灯篭、美味くもなんともないお干菓子…同じ大阪府内ではありながら、ここに来るたびに妙に「ふるさと」というものを意識させられた。

 親戚が一堂に集まり、普段会えない従兄弟のニイチャンネェチャンとポーカーや人生ゲームに興じて、時計の針が12:00を回っても祖母はニコニコして全く怒らなかったものだった。

 夜遅くまで起きているのは従兄弟たちと遊ぶためだけではなかった。寝るのが怖かったのだ。祖母の家は昔ながらの日本家屋の色彩を色濃く残す家で、そういう造りの家屋にはありがちなことだが「闇」が多いのである。陰影が多い、と言い換えてもよいが、最近の家のようには照明が行き届かない。もちろん昼は自然採光でほぼ隅々まで明るくはあるのだが、いったん夜ともなると実に暗い部分が増える。

 子ども心にはそういう暗さが本当に本当に怖かったものだ。しかも暗いだけではない。当時祖父を亡くしたばかりの祖母が、手なぐさみに始めた手芸作品のアンティーク人形。こいつらが所狭しと家中に飾られてあったのだ。コレはマジで怖かった。三つ下の弟なんてある人形が怖いと泣いて嫌がったものだ。


 ある年の夏。恒例になっていた祖母宅へのお泊り。従兄弟たちよりも一晩早く到着したワタクシと弟は、二人で盛り上がらないまま寝ることになった。あてがわれた部屋は仏間だった。これも恒例の習慣で、祖母と三人で「般若心経」を三べん唱えてから床につく。さっきあげた線香の香りが部屋いっぱいに広がっている。開け放した窓から風がかすかに通る。…妙な緊張感があって眠れない。

「ニイチャン、ニイチャン…!」
弟が隣の布団から呼びかけている。
「…なんや。どないしてん?」
「…ト、トイレ行きたい…!!」

うひょぉ。この暗い家を夜中にトイレですか! それだけでも充分迫力あるのに、しかもこの家は香りかぐわしきボットン便所。もし足を踏み外したりしたら確実に明日の朝までは発見されないだろう。生きて発見されればまだ上等。
『小学生の兄弟、汲取り便所の露と消える』
『糞の海に死のダイブ、あわれ小学生兄弟』
などという見出しとともに明日の夕刊あたりの紙面の一隅を飾ることになるのは、小学生のこの目にもありありと見えている。しかし隣の布団の中では弟がかなり切羽詰っている。このままでは確実にカタストロフに一直線だ。

「よ、よし。いっしょに行こ」
「うん」

二人で手をつないで暗い暗い廊下を渡る。嗚呼、麗しき兄弟愛かな! しかし。さほど広い家ではないのに余りの暗さのせいで方向感覚を失ったようだ。迷っている。トイレがわからない。覗き込んだ部屋の中にはくだんの人形がびっしり並んでいてこっちまでちびりそうになった。

「ニ、ニイチャン…もれる〜」
「ちょ、ちょっと待て!」
「あかんあかん、もう漏れる!」

頼みの祖母の部屋すらどこにあるのか判らない。とっさに廊下に面した窓と雨戸を開けた。ガタピシ言うのがもどかしい。月明かりに照らされた庭に出る。

「さ、ここでせぇ、ここで!」

とっさにズボンとパンツをおろし、縁側の間際の踏み石にしゃがみこむ弟。

「ウ、ウ○コか…」

月明かりの下、庭の踏み石にもりもりと山を築く弟の白い尻。間に合ってよかった…ほっとしたのも束の間、しかしすぐに新たな問題が発生した。

「ニ、ニイチャン、ケツ拭きたい…」

庭に紙があろうはずもない。しかたなく葉っぱを何枚かちぎって手渡す。

「ニイチャン、ケツ痛い…」
「我慢せぇ!」

どうも少しザラザラした葉っぱをちぎってしまったらしくやたらと痛がる弟をどやしつけ無理やりケツを拭かせる。

「拭いたか?拭いたか?」
「うん、うん。拭いた拭いた」
「よし、帰るぞ」

できるだけそっと雨戸と窓を閉め、再びビビリつつ迷いつつやっとこさ寝床へ。廊下も怖いが仏間も怖い。しかし一晩の辛抱だ。明日になれば従兄弟のニイチャンネェチャンがやってくるはずだ。再び隣の寝床から声が聞こえる。

「ニイチャン、ニイチャン」
「今度はなんや、もう!」
「くさいくさい」

やはり葉っぱでは満足のいく拭き取りができなかったようだ。しかしもう廊下に出るのは御免だ。無視して目をつぶっているうちに眠ってしまった。


 翌朝、といってもずいぶん陽は高く昇ってしまっていたが、祖母の大声にたたき起こされた。

「起きて起きて!泥棒が入ったかもしれん」
「ええっ?ど、泥棒!?」
「雨戸が少し開いてて、縁側の踏み石に…ウ○コがしてあんねん!」
「あ、それ…それは…」
「え?まさか、あんたが?」
「(いやホンマは弟なんやけど)ばあちゃん、ごめん」
「な、何であんなところで!」
「トイレが判らんかってん…」
「もうホンマにこの子は!警察に電話するところやったわ!」

怒る、というよりもあきれられ、祖母にまで「ウ○コたれ」のレッテルを貼られてしまった。この期に及んでは、まだ隣ですやすやと寝ている弟こそが、ホンマのウンコたれだなどとは言い出せず、今もって祖母の中ではワタクシは「ウ○コたれ3太郎」なのだと思う。今でも時々、そんな話が出るのだ。弟はちゃっかり忘れてしまってるようだが、ワタクシは忘れない。

 ここ何年か、お盆になってもなかなか祖母の家に足が向かないのは、実はそのせいもあって、なのかもしれない。

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目が覚めて 庭見てびっくり 夏の朝

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