<一年B組、高橋佳一のその日>

 俺は、学校に向かって歩いていた。
「高橋君!」
 後から俺を呼ぶ声がした。振り返ると、担任の矢沢が歩いてきた。セミロングの髪に、少し派手目な黄色のスーツ、タイトスカートから伸びる、そこらの生徒とは違う大人の脚には、黒のストッキング。胸元の切れ込みが少し深い。俺は一瞬、目のやり場に困った。
「おはよう!」
 矢沢が俺に向かって言った。
「おはようございます」
 俺は、気のない挨拶を返した。
 矢沢は、俺の態度をあまり気にしない様子でほほ笑みを返して歩いて行った。俺は、女教師っていうのも意外と色気があるもんだな、などとぼんやり考えながら矢沢の後を歩いていった。


 学校に着くと、俺は教室に向かって廊下を進んだ。
「おはよう!」
 教員連中とすれ違った・・・なんだか、違和感を感じる。
(あんな美人いたかなあ・・・)
 しばらく考えると、その教員の名前が頭に浮かぶ。
(うーん・・・)
「おはよう!」
「あ・・・おはようございます」
 また、女性の教員とすれ違った。
(おかしいなあ・・・こんなに女の教員ばかり・・・)
 俺は、ぼんやりと考えながら廊下を教室に向かった。そして少し考えて思い当たった・・・
(そういえば、ここは元女子高だから、理事長から教師までみんな女だ)
 俺は、教室に入った。しかし、何かしっくりこない・・・
「おはよう!」
「おう!高橋!おはよう!!」
 みんなが挨拶をよこす。俺が席に着くと矢沢が教室に入ってきた。
「皆さん・・・おはようございます!」
 矢沢が、挨拶をした・・・いつもと変わらない風景だったが、俺は、なんだか違和感を感じていた。
 いつものように、つまらない数学の授業が進んでいった・・・矢沢が問題を黒板に書いている。
「じゃあ・・・この問題を・・・山田君!」
 矢沢が振り返った・・・意外と綺麗な黒髪がなびく。山田は・・・いつものように居眠りをしていた。
「おい・・・山田・・・」
 山田の後ろの席に座っている中谷が、山田の椅子を突つく。
「あ・・・は・・・はいっ!!」
 山田が慌てて立ち上がった。山田の座っていた椅子が、中谷の机にあたって大きな音をたてた。教室が例によって爆笑の渦になる。矢沢は、呆れたような顔で言った。
「山田君・・・また居眠りをしていたの?うーん・・・困ったわねえ・・・補習をするから、放課後に職員室に来てね」
 山田が、バツの悪そうな顔をして、右手で頭を掻いている。矢沢は、にっこりと微笑むと、また、黒板に向かった。でも奴の声には催眠効果があるようだ。
 実はやっぱり俺も眠い。


 放課後、俺は暇で仕方なくて、屋上で時間を潰していた。
 ポケットから煙草を取りだして火をつける。もうほとんど一箱吸ってしまった。今朝から感じる違和感以上に、俺は孤独感を感じていた。
 この学校は去年までは女子高だった。何で俺がここに来たかって?それは・・・進学指導のアヤというやつだ。少しでも上の学校に行かせたい中学の指導教員どもは、俺の成績ではギリギリいっぱいのこの学校を受けさせることに成功した。別に深く考えないで受けた俺は、やつらの罠に見事にはまり、受かってしまったのだ。
 ところがどっこい、来てみてびっくり、去年までが女子高だったからか知らねえが、他の男どもはというと、おとなしく真面目なやつか、すっとぼけたアホんだらばっかりだったのだ。おまけに教職員はというと、これがまた・・・・俺が煙草を吸っているのなんか見た日にゃあ、注意する前にヒステリー起こして卒倒するんじゃないかっていうような連中ばかりだ。
 そんなこんなで、俺はすでに学内では孤立していた、と思う。どうもこの空気は合わない。ところが、この高校に来てしまったがため、中学時代の仲間達とはさっぱり会わなくなっちまったのだ。
 クラブ活動なんて柄じゃないし、俺は結局こうして時間を潰すほかなかった。
 いい加減夕方になったので、そろそろ帰ろうかなと何気に煙草の火をもみ消した時だった。
 屋上から見下ろした礼拝堂の入り口が、目に入る。それは俺にとっては異様な光景だった。
 女生徒達が夕方礼拝堂で「お祈り」をしているのは知っている。しかし今日は違った。女生徒達に混じって、たくさんの男子生徒達が礼拝堂に入って行く。ウチのクラスの奴もその中には結構いた。とはいうものの、彼らは一様に気の進まない様子だ。それもそのはず、礼拝堂は男子禁制と言われている場所だからだ。おそらくクラブ活動か何かの上級生達が、面白半分に同行させているのだろう。女の尻に敷かれるなんて情けないやつらだ。俺はやつらがどんな顔で出てくるのか見てみたくなって、そのままそこで待ってみることにした。が、びっくり。そうして見ているうちに、女生徒だけでなく教職員までもがその中に入っていく。ウチの担任の矢沢もだ。それに矢沢は、「補習」の山田を同行させている。山田も災難だ。
 奴がどんな顔をして出てくるのか、今から楽しみだ。


 しばらくたって、お祈りが終わったのか女生徒達と教職員が礼拝堂から出てきた。しかし、いくら待っていても男は一人も出てこない。そこで誰が入っていったか考えてみると、不思議なことに全く思い出せない。思い出せるのは、女子の顔ばかりだった。


<一年B組:中谷 光彦>   <一年B組:山田 明夫>

<一年B組担任・数学科:矢沢 詠子>

<翌 日>