あなたの傍に







 甘い香りが鼻腔を刺激する。それはスウィーツの様な甘ったるい香りではなく、新鮮な果実のような甘い香り。しかしそれはただ爽やかなだけでなく、どこか脳の奥を刺激するような香りでもあった。全く知らない匂いではない。地球ではあまり縁が無かったが、眞魔国に着てから嗅ぎ覚えたような気がする、そんな甘い香りを含んだ微かな空気の流れが髪をフワリと撫でていく。それはコンラートの指先がそっと自分に触れてくるものと似ていて心地よく、有利はその名を口にするが、声になることは無く冷たい床に吸い込まれていく。頬に当たるそのざらついた感触に違和感を覚え、有利はすうっと意識が落ちるような感覚と共に目が覚めた。

「ぅっ・・・・痛ってぇ・・・・・」

 快適とは言えない目覚めに寝返りを打とうとして小さく身動いだ有利は、瞼を上げてすぐに眉を寄せた。身体を動かすと腹部に痛みを覚え、意識は急激に蘇ってくる。それと同時に思い出した。ボールを追いかけ入り込んだ路地で、不意に腹を打たれて失神し、そのままどうやら眠っていたらしい。寝ていたせいで霞む視界に目を凝らせば、目の前にあったのは埃が積もりささくれて、所々磨り減っている薄汚れた木の床だった。そこに手を付き身体を捻って上体を起すと、途端にまた鳩尾のあたりに鈍い痛みが走り、有利は思わず僅かな呻き声を上げた。

「ミツエモン兄ちゃん!気が付いたんだね。」

 パタパタとした小さな足音と知った声に、有利が苦痛に蹲っていた顔を上げると、薄闇の中、目覚めた有利に気付いて駆け寄ってきた赤毛の少年が心配そうな表情で覗き込んできた。

「ルーカス!」
「ミツエモン兄ちゃん、大丈夫?」

 心配げな声をかけながら身を起こすのに手を貸してくれるルーカスに有難うと礼を言い、有利は内側から鈍い痛みを感じる腹部に片手を当てた。

「ちょっと殴られた腹が痛いけど、俺は大丈夫だよ。それよりルーカスは大丈夫なのか?ケガないか?」
「うん!僕は頭の天辺にコブができただけ。」

 そう言って指差すルーカスの頭の天辺を有利がそっと撫でると、ルーカスは途端に顔を顰める。確かに手で触って分かるぐらいにぽっこりとコブが盛り上がっている。

「ホントだ、かなりデカいタンコブ出来てるな。痛くないか?」
「触るとちょっと痛いけど、何もしないと大丈夫。」
「気分は悪くないか?他に痛い所とかは?」
「うん、全然平気。父ちゃんがいつも『殴った俺の手の方が痛い』って言うぐらい、僕って石頭だからさ。」

 有利に向って笑顔を見せるルーカスに笑みを返し、とりあえず大きな怪我が無い事に有利はホッと安堵の息を吐いた。

「二人揃って連れて来られちゃったんだな・・・。俺は路地入ってすぐに横から腕掴まれて、いきなり気絶させられちゃったから、やったヤツの顔見てないんだけど、ルーカスは犯人見たか?」

 有利の問いにルーカスは眉を寄せ、赤い髪を揺らして首を横に振った。

「僕もあっという間に後ろから殴られて・・・。クラッてしてる間に、そこの樽に突っ込まれちゃったから顔は見てないんだ。」
「樽?」

 そこで初めて有利は周りを見回した。視界に映るのは、薄暗く知らない部屋だ。ほとんど真っ暗闇だったが、どこかから灯りが入り込んでいるのか、目を凝らすとなんとか周囲を見ることが出来る。殺風景で装飾品の類は一切無く、顔を上げたすぐ目の前に大きな木箱が壁のように立ち塞がっていた。あとは荷物を運ぶ手押し車、それとその横に転がっている樽らしきものだけだ。

「僕とミツエモン兄ちゃん、別々にそこの樽に入れられてココまで運ばれてきたんだよ。僕は頭痛くてボーッとしてたけど、気を失ってた訳じゃなかったから・・・。多分、荷馬車か何かに積み込まれてココまで来たんだと思う。凄い揺れと樽の中に篭った果実酒の匂いで酔いそうになったから。」

 樽の横に無造作に転がっていたグローブを拾い上げて埃を掃い、ルーカスはそれを大事そうに胸に抱えた。どうやらルーカスの言うように二人はその樽に押し込まれて此処まで運ばれて来たようだ。さっきから感じていた甘い香りは、自分の身に纏っている服に染み込んでいる果実酒の匂いの様で、確かにそれはビール派の父親と違って、眞魔国に来てから周りに居る大人たちのお陰で馴染むようになった香りだ。埃っぽい臭いに混じって、甘い香りが樽の中と自分自身から漂っている。

「果実酒の樽か・・・」

 小さく呟き、有利はなおも部屋の中の様子を伺う。日本で言う20畳ほどの大きさのこの部屋には窓が無く、正面に大きくて頑丈そうな扉はあるが、有利たちが縛られていないところから恐らく施錠されていると見て間違いないだろう。ひょっとしたら扉の外に見張りの2・3人は居るかもしれない。部屋の中には灯りは無く、粗雑な造りの壁の隙間から射し込む外の光だけで何とか視界が保てている状態で、その光もかなり弱く淡い。恐らくもう外は暗く、これは月明りだろう。という事は、有利が反れたボールを追って路地に入り込み、いきなり何者かに連れ去られてから、もうかなり時間が経ってしまっている事になる。そう確信すると同時に、有利のお腹は急に空腹を訴え始めた。

「腹減ったぁ・・・・、そーいやぁ俺たち、昼飯も晩飯も食ってないよな?」
「そーだね。でも僕・・・・、あんまりお腹空いたって感じてないんだ。」
「まあ、普通いきなり拉致られたらそうだよな・・・。」

 ルーカスは普通に暮らしている少年だ。さっきから気丈に振舞ってはいるが、やはり何処とも分からない場所にいきなり、それも無理やり連れ去られるという今の状況に怯えているのだろう。色んな意味で危機的状況に遭遇し慣れている自分とは違う。有利は苦笑を浮かべ、ルーカスの赤毛の中で膨らんだコブを優しくそっと撫でた。その時、有利の指先が一瞬淡い光に包まれる。撫でられただけで、ずっと続いていた鈍い痛みがスッと退いていく感覚に、ルーカスはキョトンと目を丸くした。

「あれ?ミツエモン兄ちゃん・・・?」

 不思議そうに見上げるルーカスを優しい笑みで見下ろしながら、有利の手が安心させるようにコブの無くなった赤毛をゆっくりと梳いた。

「怖いか、ルーカス?」
「うん、ちょっとね。」

 くすぐったそうに首を竦めながらルーカスは正直に答える。

「ミツエモン兄ちゃんは怖くないの?」
「う〜ん、誰がどういう目的で俺たちを拉致したか分かんないから、ちょっとは不安に思うけど、怖くはないかな。」
「そうなの?あっ、もしかしてミツエモン兄ちゃんって実は意外に凄く強い、とか?」
「意外にって言うのは失礼だろ!まあ、でも実際、俺は強くないけどさ。剣は皆に言われて一応身を守る為に最強の師匠の元で修行中だけど、まだまだ全然ダメかな。まあ、強けりゃまず浚われてないし。」
「そうだよね。でも、じゃあどうして?」

 ルーカスの問いに、有利はふんわりと笑った。

「俺が危険な状況に陥った時に、いつも助けてくれるヤツがいるから・・・・。」
「えっと・・・・、それは、コンラート閣下?」
「そう。コンラッドが必ず助けてくれるから。それがどんな時でも、どんな立場に立っていても、ね・・・。」

 その場違いな程に落ち着いた声と柔らかい笑顔に、 思わずルーカスは目を瞬かせた。そんなルーカスの両肩に手を置き、有利は少し屈み込んで二人の視線を合わせた。

「だから大丈夫だよルーカス。コンラッドがきっと俺達のことを見つけて助けてくれる。」
「うん。」

 淡い月明りを背に、有利は確信の言葉と共に微笑む。それは見惚れるほどに綺麗な笑顔で、ルーカスはドギマギすると同時にホッと心を落ち着かせ、有利の言葉を信じると大きく頷いた。

「しっかし、誰が何の為に俺達を攫ったんだろ・・・・?」

 少し強張りを解いたルーカスの様子に胸を撫で下ろし、有利は床にドカリと座ると、改めて今の状況に思考を巡らせた。
 考えられる事は、魔王であることがバレて狙われたという可能性。しかし、それはほぼ無いに等しいと言えるだろう。有利がこの地に辿り着いてから本来の姿である双黒を晒したのはほんの一瞬で、それもコンラートと信頼のおけるその部下数名の前だけだ。そのうえ常識的に考えて、魔王は常に王都に居ると思われている。たとえそれがお忍びであろうと、供も連れずに突然一人でひょっこりと現れた少年が実は魔王だなんて普通誰も思わないだろう。
 だとしたら、何故、有利が狙われ攫われたのか。誰でもよかったのか?しかし、それは違うと即座に考えを否定する。あの絶妙なタイミングからいって、自分を攫う隙を窺っていたとしか思えない。恐らく、ルーカスは巻き添えをくったのだろう。そして、あれだけの兵やコンラートを撒いてまんまとここまで有利を攫ってくることに成功している事から、かなりの手際と言って良いだろう。思い浮かんだのは組織的犯罪。そして次に浮かんだのは、この地を襲っていたという人間の国の軍人崩れだという盗賊団だ。

「ミツエモン兄ちゃん!」

 そこまで考えを進ませたとき、考え込んでいた有利を気遣ってその横でじっと控えめに座っていたルーカスが、不意に小声で名を呼び、ギュッと怯えたように有利の服の端を掴んだ。それに気付き、有利が深い思考から抜け出すと、扉の外から人が近付く気配を感じる。有利はルーカスの不安に揺れる瞳を覗き込み、安心させるように頷くと、少し硬直した小さな身体に腕を回して、その身を守るように抱き寄せて扉の方へと視線を向けた。
 がちゃがちゃと錠を開ける音が聞こえる。有利はごくりと唾を飲み、もう一度ルーカスの肩を抱く腕にギュッと力を込めた。
 バタンと勢い良く扉が開き、三人の男達が姿を現した。その内の一人がスッと前に出る。後ろに控える髭面の他の男達と違い、長い栗色の髪を緩く束ねたその男の面差しは小奇麗に整い、どことなく優男という印象だ。有利の身近には居なかったが、テレビでみたホストを生業にしているという男がこんな顔つきだったと感じる。一見すると中肉中背のようであるが、しかし、そんな外見から受けるイメージとは違い、無駄な肉がついていないので目立たないだけで、その体つきは服の上からでも分かるほどにがっちりとしていた。何よりもただの優男ではない証は、見た目と違い無骨な指に見える剣ダコと腰に実戦的な剣を携えていることだ。
 男は値踏みをするように、ゆっくりと上から下まで有利を見やった後、女好きがしそうなその端整な顔に冷たい笑みを浮かべた。得体の知れない畏怖に萎縮する身体に力を込めて立ち上がり、有利はルーカスを抱えたまま後ずさり、せめて少しでも距離をとろうと壁に背を寄せた。

「ようやくお目覚めみたいだな。」
「・・・・あんた、誰だよ。」
「さて、誰でしょう。」

 警戒心剥き出しの有利の問い掛けに、長髪の男はおどけたように言うとクスリと小さい笑みを漏らす。

「ふざけんな!」

 大きな瞳で目の前の男を睨みつけると、有利は怒りに声を震わせながらも強い口調で言い放った。それでも男は飄々とした表情を崩す事は無い。

「何で俺達を攫った!」
「ホントはあんただけで良かったんだけどね。そのチビはあんたと一緒に居たから連れてきちゃっただけ。ひっぺがすの面倒でしょ?」
「何の為に!」
「う〜ん、頼まれたから、かな?」
「頼まれた?」
「そう、頼まれたんだよね、あんたが邪魔だって人から。」
「俺が、邪魔・・・・?」

 思わぬ返答に唖然とする有利に、男は軽く肩を竦めてニヤリと笑う。そして、一瞬で二人の間の距離を詰め、男はあっと言う間に有利の目の前に立った。不意を衝かれて驚く有利の顎を掴み、ぐっと顔を近付けて、男は薄く笑う。

「確かに、驚くほどの上玉だ。こりゃ邪魔だって思われても仕方ねぇか。男に興味ねえ俺だって、思わずしゃぶりつきたくなるってもんだ。」

 巻き込んでしまったルーカスを守る為にも、今は相手を刺激するべきではないと有利が堪えているのをいい事に、男は薄笑いを浮かべながら身を屈め、まるで口吻けるかのような近さまで顔を近付けた。触れそうな程の距離から唇に息が掛かる。瞬間、とてつもない嫌悪感が沸き上がった。

「やめろ!ミツエモン兄ちゃんに触るな!」

 それまで有利の腕の中で大人しくジッとしていたルーカスが、突然声を上げながら、その身体ごと男にぶつかっていった。不意を衝かれた体当たりに男は僅かに体勢を崩し、たたらを踏んで二・三歩後退し、有利の顎から指が外れる。しかしすぐに体勢を立て直し、その指でルーカスの襟首を掴んで無造作に後ろに放り投げた。

「ルーカス!」

 埃の積もった床をゴロゴロと勢い良く転がり、小さな身体は鈍い音をたてて積み上げられた木箱に当たって止まる。

「ルーカス・・・・!」

 微かな呻き声を上げて蹲る小さな身体に有利は慌てて駆け寄り、ルーカスの身体をそっと助け起こした。

「ルーカス、大丈夫か?」
「ミツエモン兄ちゃん・・・・」
「ごめんな、俺を守ろうとしてくれたんだろ?ありがとう、ルーカス。大丈夫か?痛いところは?」
「うん・・・、僕は大丈夫。」

 気丈に顔を上げたルーカスが、口を動かすと同時に僅かに顔をしかめる。口の中を切ったらしく唇の端から血が流れているのに気付き、有利は怪我をした本人より辛そうな表情でそれをぬぐってやった。

「ガキは大人しくしてりゃいいんだよ。」

 冷酷な眼差しでルーカスを見下ろす男の言葉に、有利は怒りに肩を震わせギリッと唇を噛んだ。

「おっ・・・まえ・・・・・、ふざけんなっ!」

 拳を握り締めて立ち上がり、男に向って行こうとする有利の動きは、しかし、突然横から伸びて来た太い腕に羽交い締めにされたせいで止まることを余儀なくされた。

「動かないでもらおうか。」
「!?」
「ミツエモン兄ちゃん!」

 低い声と共に有利とルーカスを引き離し拘束したのは、さっきまで静かに後ろに控えていた髭面の男達だ。いつの間にか二人に近寄って来ていたのだ。懸命に身をよじり、腕の拘束から逃れようとするが、わずかに動くことさえままならない。

「怒った顔も良いけどさぁ、大人しくしといてくれないかなぁ。あんたを傷付けるのは本意じゃないんだからさ。」

 ニヤニヤ笑いを再びその顔に浮かべた長髪の男は、怒りに大きな瞳を釣り上げて髭男の腕から必死で抜け出そうともがく有利の顔を覗き込む。そして悔しさを滲ませた頬に手を伸ばし、その肌の手触りを楽しむかのようにゆっくりと指先を滑らせた。

「依頼人にも傷つけるなって言われてるしね。なあ、そうだろ?」

 男がそう言って扉に向ってに目配せをすると、何処からか見上げるほどに大きな男が現れた。そしてもう一人、その大男に掴まれた腕を振り乱し、引きずられるように連れてこられた人物が薄暗い部屋に入って来た。その人物は俯いたまま、未だ掴まれた細い腕を激しく振り解こうと抵抗を続けるが、男の手はびくともしない。そして掴まれた腕がグイッと強く引っぱられ、その身体ごと有利の前に突き出された。

「ほらお嬢さん、あんたの依頼通り拉致ってきてやったぜ。」

 その声に、長髪の男の横に立たされた華奢な身体がビクッと震える。そこでやっと観念したのか、彼女は全身の力を抜き、ゆっくりとその顔を上げた。それは、その場に居るのが酷く不似合いな人物だった。

「エリスさん・・・・!」

 有利は目を大きく見開き、驚愕の表情でその名を呟いた。それはルーカスにとっても同様で、大きな驚きと疑問をその顔にはっきりと浮かび上がらせ、口を大きく開いたまま正面に立つ彼女を唖然と見つめていた。その視線を避けるように、エリスはスッと頭を垂れ顔を背ける。

「エリスさん・・・・、なんで?」
「――――よ」

 俯いた彼女の唇は言葉を紡いでいたが、その篭った声が上手く聞き取れなかった有利は「え?」と小さく聞き返す。

「・・・・・どうして貴方だけが、あの方の傍にいられるのよ」

 ただ感情のままに話す、エリスのその声は震えていた。

「エ、リスさ・・・」
「どうして貴方だけが、あの方の傍にいられるのよ!」

 今朝会った時の物静かな物腰は影を潜め、感情のままに声を荒げる彼女を、有利は愕然とした表情で見つめるしかできなかった。細く華奢な指先が白くなるほど強くスカートを握り締め、エリスは言葉を続ける。

「いくら綺麗だからって・・・、貴方は男なのよ。あの方のように素敵で強くて逞しい武官には、私のような女が傍にいてこそ安らぐもの。それなのに・・・・、あの方がお世話になった方の子供だからってだけで、当然のような顔で!」
「エリスさん、違う!俺とコンラッドとはそんなんじゃない!」
「誤魔化さないで!」

 瞳に涙を浮かべたエリスがキッと顔を上げ、戸惑いの表情を浮かべた有利に向って叫んだ。僅かな光のみが照らす中で、驚いたように大きな目で自分を見つめてくる少年を、エリスはその大きな空色の瞳で真正面から見つめる。不躾とも思えるその強い眼差しに、有利は心の中に隠している感情まで、全て見透かされているかのような落ち着かない感覚を覚えた。

「誤魔化さないで・・・、貴方の気持ちが私に分からないとでも思っているの?同じあの方を想う、この私に・・・。」
「エリスさん・・・・」

 彼女には自分のコンラートへの気持ちが知られている。根拠はないが、有利は一瞬にして悟った。今のエリスの前では欺瞞や嘘は通用しない。そう思わせる瞳で見つめてくる少女に、無駄な抵抗や誤魔化しは通用しないだろう。

「うん、そうだね。自分の気持ち、誤魔化しちゃダメだよね。」

 有利は一旦言葉を切り、フッと息を吐いた。

「確かに、エリスさんの思ってる通り・・・・、俺は、コンラッドのことが、好きだよ。」

 有利の素直な告白に、エリスはグッとドレスを掴む指先に力を加え、唇を噛み締めた。

「俺にとって、コンラッドはとても大切な人だ。でもね、だからって当然のような顔で傍に居る訳じゃない。確かに、今は俺の傍に居てくれてるかもしれないけど・・・・、もし、もしコンラッドに一番大切な人が出来たら、俺はコンラッドの幸せを一番に考えるつもりだよ。」

 静かに、しかしどこか苦しげに有利は告げた。

「・・・・・・・」
「だから教えて、何でこんな事したの?俺が邪魔だったの?俺はエリスさんの邪魔なんてするつもりなかったよ。」
「・・・・・・そんなの、奇麗事ですわ。私なら絶対に諦めない。本当に好きなら自分にできる事は何だってする。何もせずに誰かになんか渡さない!私が、私自身が好きな人を幸せにする!」

 その儚げな印象とは対照的な強く情熱的な言葉に、有利は驚き、同時にその言葉は有利の心に強い衝撃を与えた。

「誰にも邪魔されず私と共に過ごして頂ければ、きっとあの方も私を愛して下さいますわ。色々な手を使って、たとえ初めはあの方を騙すような事になっても・・・、たとえあの方にとっては一夜の戯れだとしても・・・、私とあの方のご縁さえ繋がればきっと。その為に父様が用意をして下さっていますの。だから時間が欲しかったのよ。」
「コンラッドを騙すの?その為に、俺を・・・?」
「ええ、貴方が仰ったのよ、何かが起こればコンラート様はこの地に留まると。貴方が居ない間に、私がコンラート様を幸せにして差し上げますわ。きっとコンラート様は私の一途な想いに応えて下さいます。それまで貴方は此処で大人しく過ごしていらっしゃると良いですわ。」
「なっ・・・!」

 正気の沙汰とは思えないエリスの台詞に、有利は衝撃の余り言葉を失った。そんな不自然な沈黙に、それまで黙って傍観者を決め込んでいた男が、突然その場に不似合いなどこかふざけた口調で口を挟んだ。

「おやおや、そういう事だったんですか。それじゃあ、ここでお互いに顔を遇わせたのはマズかったですねぇ。全ての企てがバレてしまった。俺とした事が失敗してしまいましたね。」

 その言葉の内容とは裏腹に、全く反省の色のない声音とわざとらしく肩をすくめたその態度。それを証明するかのように、ニヤニヤとした楽しそうな笑いを男が隠す事はない。

「でもまあ、端から素直にこの坊ちゃんを開放する気はなかったんで、何も問題はないですね。」

 男の言葉に、エリスはギョッとしたように顔を上げ、男の服の胸元を掴みながら、呆然とした面持ちで相手を見上げた。

「私はそんなこと頼んでおりませんわ!貴方には私と父との計画が上手く運ぶまで、ミツエモン様を誰にも見つからないようにしばらくの間閉じ込めておいて欲しいと頼んだけです!私にとって憎い相手でも、コンラート様にとっては大切な恩人の御子息。あの方を悲しませたくはありません。だから上手く事が運んだら開放してくれと言ったはずです。その為に充分なお金も・・・痛っ!?」

 エリスの言葉を遮るように、男は服を掴むエリスの手首をギュッと強く掴み捻り上げた。圧迫された骨が軋み、折れるかと思わせる様なその痛みに顔を歪ませ、エリスは身を震わせながら男を見上げる。 相変わらずにやにやとした笑みが口元に浮かんでいるが、男の瞳の奥は全く笑ってはいない。それは鋭い刃物のような瞳だった。

「ああ、金ね。確かに頂きましたよ。でもねぇ、今の話で、もうあんたとあんたの父上の企みはこの坊ちゃんに知られちまった。たとえあんたとその閣下が上手くいったとして、このままこの坊ちゃんを解放して、あんたの大事な閣下に、この坊ちゃんが黙っているとでも?」

 男の言葉に、エリスはビクッと身体を震わせ、恐る恐る視線を有利に向けた。それにねぇお嬢さん、と男は尚も笑みを深め、エリスに顔を近付ける。

「こんな上玉が手に入ったんだ、他国の金持ちの変態爺にでも売りつければ、あんたに貰ったあんな端金の数十倍、いや、ひょっとしたら数百倍の金は軽く手に入る。あのオマケのガキも、奴隷市場に出しゃ金になるしな。魔族は長生きだからさ、人間より高く買い取ってもらえるんだよね。」
「そ、そんな・・・!貴方は私の為になる事なら、何でも聞くと言ったではないですか!」
「俺があんたに惚れてるってか?そんな戯言まだ信じてたのかよ、とんだ自惚れ屋だな。」

 クスクスと笑う長髪男の声に、他の連中も揃ってドッと笑う。

「この村で一番の器量良しだって言うから甘い言葉で近付いて行ったら、世間知らずの高慢ちきなお嬢さんは、俺が自分に逆上せ上がってるって勘違いしてよぉ。素直にヤらせてくれるならまだしも、交換条件に自分達の悪さの片棒を俺に担げときたもんだ。」

 男のうんざりするような声に、男達はゲラゲラと下品な笑い声を上げ続ける。エリスの心に、男達の笑い声が刃物のように突き刺さった。

「いやぁ〜、ありがとうよお嬢さん。あんたのお陰で一石二鳥だ。いやいや、一石三鳥かな。なんせあの忌々しい指揮官にゃ俺らも手を焼いてたんだ。でもあんたが教えてくれたお陰で、あいつの大事な大事な坊ちゃんは俺達の手の中だ。それにあんたじゃないけど俺たちにもじっくりと作戦を練り直す時間が出来たからな。それにこの坊ちゃん達を売りゃあ大金が手に入る。ああ、心配しなくてもあんたは売ったりしねえぜ。俺達のためにも、精々あの指揮官殿を色仕掛けで骨抜きにして、この地に留めてくれや。まあその前に、俺達があんた達の味見させて貰うけどな。」

 怯えるエリスの身体を無造作に床に転がし、瞳を細めて楽しげに話す男に同調するように、部屋に居た男達も一斉に下卑た笑みを浮かべる。エリスをじろじろと見下ろすその目は、どれも新しい獲物を見つけたケダモノの目だ。その光景を見ているだけで、有利の中で不快感が高まっていく。

「やっぱりあんた達、この村を襲ってた盗賊団だったんだな。」
「おや、バレちゃいましたか。」

 有利の声は怒りに震え、拳はぎゅっと硬く握り締められている。それでも男は不敵な笑みを浮かべ、髭男から有利の腕を受け取り心底愉快そうに答える。

「でも関係ないよね。あんたはもう、あんたの大事な指揮官殿に、二度と会えないんだからさ。」

 スッと頬に伸ばされた手にビクリと首を竦めたを有利を見て、男の口角が意地悪げに歪む。

「さて、俺は早速この坊ちゃんを味見させてもらおうかな。お前らはその女を好きにして良いぞ。」

 男の台詞に、周りの男達は色めき立つ。クイッと男が顎を上げて合図すると、部屋の外に居た男も加わり、エリスを囲む距離を一斉に縮めた。その中から「ひっ!」というエリスの怯えたか細い声が聞こえる。

「やめろー!」

 有利は声の限りに叫び、腕の中から逃れようと暴れだすが、男に拘束された身体は自由にはなならい。

「自分を嵌めた女なんかどうなってもいいだろ?」
「どうなってもいい訳ないだろ!」
「おやおや、お優しいんだねぇ。でも、あんたの相手は俺だ。」

 男はそう言って、有利を拘束する腕の力を強めた。

「ミツエモン兄ちゃんに触るな!」
「このガキも邪魔だな。売るのに差しさわりがない程度に痛めつけてその辺に転がしとけ。ガキ趣味なヤツが居るなら好きにしても良いけどな。」

 冷酷な男の言葉に、ドクンと有利の心臓がいやな鼓動を打つ。身体の中で何かが暴れだす。激しく流れる感情が爆発しそうだ。

 その時、グフッと低い呻き声を上げて、ルーカスに近付いて行った大男が突然倒れた。ドスンと鈍く重い音が部屋に響く。

「おい、どうした!」

 異変に気付いた盗賊の一人が倒れた仲間に駆け寄るが、その男も剣の煌めきを目の端にとらえた瞬間、その場にドサリと崩れ落ちる。男達は目の前で起きたことに絶句し、その騒動で我に返った有利もまた、狭い部屋の中で起こった一瞬の光景をただ呆然としたまま見つめていた。

「ぬおぉぉぉぉ!」

 一瞬の硬直の後、すぐに残りの男達が奇声を上げて一斉に飛び掛っていく。向かっていくのは剣をもった人間の国の元軍人だったという屈強な盗賊団の男達だ。しかし次の瞬間、湖面のように磨き抜かれた剣が薄闇に鈍く閃き、男達が次々とその場に倒れ伏していく。
 響く怒声、同時に聞こえる剣が空を切る音。苦しげな悲鳴、何かが崩折れる鈍い音。様々な音が交錯した後、突然訪れる静寂。 その中心に存在するのは、底知れない怒気を纏った一人の男。かつて剣聖と呼ばれ、獅子と呼ばれた男がそこに立っていた。
 確実に自分に近付いてくる殺気に、この場のリーダー格である長髪の男は、目の前に毅然と立つ男を睨み付けた。

「お前は・・・・!?」
「コンラッド!!」

 気付けばこの場に居た男の手下達は皆、一瞬の内に倒され、残っているのは有利の腕を掴む男だけになっていた。床に半ば放心状態でへたり込んでいたエリスとルーカスの横には、いつの間にこの地に入ったのか、眞魔国一のお庭番の姿がある。未だ鋭い怒気を纏い続ける護衛とは対照的に、お庭番はこの緊迫した状況にも関わらずいつもの人を食ったような笑顔を浮かべ、まだ男に拘束されたままの有利に向ってひらひらと手を振ってみせた。いつもと変わらぬヨザックの様子に、僅かに身体の強張りを解いた有利の耳に、いつも有利が聞きな慣れた優しげな声とは違う、コンラートの地を這うような低い声が届いた。

「今すぐその汚い手を、その方から離せ!」
「失礼な言い草だな、ホントに気に食わない指揮官殿だよ。それに俺が手を離す訳ないでしょう。俺はあんたの大事なこの坊ちゃんを人質にして、この場からおさらばしなけりゃいけないからね。」

 怒りを含んだコンラートの鋭い眼差しが突き刺さるが、男はこの場に居る仲間達が倒れた事すらも気に掛けていないかのように平然と口元に歪んだ笑みを浮かべている。そして、コンラートの怒りをさらに煽るかのように、腰から剣を抜いて有利の眼前にその鋭い切っ先をちらつかせた。

「そっちこそ剣を捨ててくれないかな。じゃないと、あんたの大事な坊ちゃんの綺麗な顔に傷が付くよ。」
 
 男は薄ら笑いをまったく崩そうともしない。しかし男とは逆に、コンラートは怒気に満ちていた表情をガラリと一変させ、有利に向っていつもの様に優しく微笑みかけた。有利と視線が絡まると安心させるように小さく頷き、次に幼馴染を目の端で確認した。その視線を有利が追うと、ヨザックも有利に小さく頷き、バチッと片目を瞑って見せた。有利が頷きを返した事を確認し、ヨザックはわざとらしい苦笑を浮かべて男に唐突に話しかけた。

「へぇ〜、あんたはここから逃げてどこに行くつもりだ?」

 男の視線が初めてヨザックを捕らえる。それに意味深な笑みを返し、ヨザックはさらに男を煽るかのように言葉を続けた。

「残念ながら、あんたがこれから合流しようとしてる盗賊団の残党のアジトは、もう完全に潰させてもらったぜ。あんたのお仲間は、もう一人残らず、あんたの大事なお頭と仲良く同じ牢屋ん中で、皆揃って今頃お寝んねしてるぜ。」
「な、んだと・・・・」

 ヨザックの言葉は、男には思いもかけなかったものだったようで、それまで飄々とした態度を崩さなかった男が初めて驚愕の表情を浮かべた。男がヨザックの言葉の意味を探り、確かめる様に視線を盗賊団討伐の指揮官であるコンラートに移す。瞬間、僅かに有利を拘束している腕の力が緩まった。その一瞬の隙を逃さず、有利は渾身の力を込めて男の足を蹴りつけた。全く予期せぬ臑への不意打ちに、男は呻き声を上げ、有利に巻きついていた腕がほどける。そのタイミングを見計らい、ヨザックが男の刃を掻い潜って影のように有利に駆け寄り、何よりも尊い主の身を傷一つ付ける事無く取り戻した。

「坊ちゃん、ないす連携ぷれいでしたよ。」

 壁際に居るルーカス達の元まで移動し、ヨザックは白い歯を見せてニカッと笑い、親指をグイッと突き出した。

「はははっ、万が一の為にって心配性な皆に言われて、事前に何パターンか練習しといて良かったよ。こんなとこで役に立った。」
「まあ、坊ちゃんの場合はお元気過ぎて、万が一が多すぎますけどね。」

 口の端を持ち上げいつもの顔でニヤニヤと笑うヨザックに、身に覚えがありすぎて、その申し訳なさに有利はいたたまれなくなり身を竦める。

「ごめん。」

 首を竦めて小さくなる主に優しく目を細め、ヨザックは大きな手で有利の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「坊ちゃんが気にするこたぁないですよ。それに、今回は全くの不可抗力だったみたいですしね。」

 眞魔国一優秀なお庭番は、流石にここに来るまでにある程度事情を掴んでいるのか、言葉と共にすぐ側の床に座り込むエリスに、有利に向けたものと全く違う鋭い視線を向けた。途端にビクッとエリスの身体が震える。

「グリエちゃん違うんだ、あの、あのさ・・・・」
「詳しい事情は後でゆっくりお伺いしますよ。」

 自分勝手な企てに巻き込んだ女を庇う素振りを見せる心優しい主に、ヨザックは苦笑を浮かべてひょいっと肩をすくめる。そしてすぐにすっと態度を改め、真面目な表情で蒼く澄んだ真摯な瞳を主に向けた。

「それより、ご無事で何よりです。」
「ありがとう、グリエちゃん。」

 有利は静かに頷いた。そんな有利に頷き返し、ヨザックは溢れ出る殺気を隠そうともしない背後の男を親指で指し、器用に片眉だけを上げて見せた。

「後は、坊ちゃん命のあいつが全て片付けます。危ないですから、坊ちゃんはこのまま俺の横で大人しくしてて下さいね。」
「うん、わかった。」
「坊主もよく頑張ったな。」

 ヨザックはルーカスの顔を覗き込んでニカッと笑い、赤い髪をグリグリと片手で乱暴に掻き混ぜた。その度に小さな頭が揺れるが、ルーカスは初めて会った少々乱暴な男に嫌がるそぶりも見せず、されるがまま照れくさそうに笑っている。そんなルーカスの様子に有利はホッと胸を撫で下ろした。

 その時、キーンと剣と剣が交わる透き通った金属音が背後から聞こえてきた。有利が慌てて視線を向けると、目に映るのは僅かな月の明かりを反射させて鈍く光る刃。先ほどまでずっと余裕の表情を浮かべていた長髪の男は顔色を変え、必死で剣を振るっていた。男が渾身の力を込めて大きく振り下ろした剣を、コンラートは軽くかわし楽々と受け止める。舌を打ち、眉をしかめて体勢を整えた男が第二斬を繰り出すが、それも軽く往なされ、逆にコンラートの剣がすばやく突き返した。

「くっ!」

 男はそれを自身の刃で何とか受け止めるが、明らかに自分よりも強い相手に男のその動きは鈍く、コンラートの猛攻の前に、男はただ防戦を強いられているだけであった。男の頭が一つ揺れたのを見て、コンラートがスッと足を踏み出した。ガキィン!とひときわ大きな音が立ち、次の瞬間には長髪の男は派手に壁に弾き飛ばされていた。痛みに顔を顰め、グッと息を詰まらせる。しかし、それでも男は投降しようとはしなかった。なおも悔しげに声をあげ、コンラートに挑みかかって行く。

「ぐあっ!」

 コンラートの刃が閃き、右肩を突かれた男は悲鳴をあげ、とうとう剣を手から落とした。男が怯んだ隙にすかさずコンラートは剣先を男の喉元に突き付けた。

「終わりだ。」

 コンラートの低い声に、男はギリッと歯を食い締め、信じられないという面持ちで自分に突き付けられた剣を見る。自分の頚動脈の皮一枚の距離に突き付けられた切っ先に宿る、静かな、でも明らかで強い殺気。男は己の敗北を認め、ガックリと力なく項垂れた。

 男に抵抗の意思が無くなった事を確認すると、コンラートは剣先を動かさないまま指笛を短く鳴らした。するとそれまで外で待機していた兵達が素早く駆け付け、コンラートに一礼すると床に転がっている男達を手際よく縄で拘束し外へ連れ出していく。
 ボロボロになりながら連れ出される盗賊団の男達に続き、最後にエリスが連れ出される。さすがに縄で拘束される事は無かったが、兵達に両腕を取られ連行されて行く。その姿に有利の胸は痛んだ。
 エリスは扉の前で一瞬立ち止まり、ジッとコンラートの背中を見つめる。しかし、その姿が部屋から完全に消えるまで、コンラートの瞳が彼女をとらえる事はなかった。
 作業する兵士達の中心に立ち、コンラートはエリスの後姿を見送る有利を、その銀の虹彩が浮かぶ薄茶の瞳を曇らせ、ひどく辛そうに見つめていた。そして全ての兵士達が部屋を後にすると、一歩一歩、ゆっくりと有利の元へ足を進めていった。有利の前まで来ると、コンラートは黙ったまま、まるで壊れ物を扱うかの様にそっと有利の髪を絡め取り、優しく指を滑らせた。有利の目の前には、軍服に包まれた逞しい胸板が見える。

「コンラッド・・・・」

 静かに髪を撫でていた手が不意に有利の腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。引っ張られるままにバランスを崩し、有利の身体がふわりとコンラートの腕の中に倒れ込んだ。気がつけば、有利は強い力でコンラートに抱きしめられていた。

「ユーリ・・・・」

 腕の中で戸惑うように身を竦める少年の身体を掻き抱き、コンラートは細い首筋に顔を埋め、彼らしくもなく少し震える声で大切な人の名を呼んだ。戸惑いながらもゆっくりとコンラートの背に腕を回し、有利も心地良い体温に体を寄せた。

「コンラッド、ありがとう。きっとあんたが来てくれるって信じてたよ。」
「ユーリ・・・」

 首筋にかかるコンラートの息がくすぐったく、有利は小さく笑うとそっとコンラートの背を撫でた。慰めるように撫で続ける手は、赤ん坊にそうするように優しい。

「コンラッド、心配かけてごめんな。」

 有利の言葉に、コンラートは抱きしめる腕の力を更に強くした。有利もまた、それに応えるようにコンラートの首筋に顔を埋め、背中に回した腕に力を込めると、ギュッと強くコンラートを抱きしめた。

 目の前で強く抱きしめ合う二人。
 ルーカスは顔を真っ赤に染め、出来るだけそんな二人を視界に入れない様に視線をあちこちに彷徨わせていた。ヨザックは抱き合う二人を呆れ顔で眺め、そんなルーカスの両目を大きな掌で塞いでやった。








 






okan

(2011/06/29)