「ジェイムズ・スチュワートかく語りき」(3)
LM:
キャプラはあなたに対してどんな風に演出しましたか?彼は多くを語るほうですか?それともあなたが自分でやるまで放っておくのでしょうか?
JS:
入念に抜かりなく準備してました。物語とすべてのシーンとの調和が頭の中にあって、どうすればそれをスクリーン上に表現できるのかわかっていました。フランクは私には多くを語りませんでしたが、カメラマンには細かい指図をしてました。どういう風にカメラを移動させるか、カメラは一台だけでいいのか、違うアングルからも撮るべきじゃないのか、そういう話をたくさんしてました。「スミス都へ行く」の議会のシーンでは6台のカメラを使っています。それまでもメトロ社に行った時にラッシュを見ることはめったになかったのですが、この映画以後きっぱりとラッシュを見るのをやめました。フランクはブレントウッドへの帰り道に自分の家に寄ってみないかと言ってきました。フランクは家にプロジェクションルームを持っていたので、ラッシュを一緒に見ようと持ちかけてきたのです。最初に誘われた時はフランクの家に行って一緒にラッシュを見ました。ラッシュは1時間40分もあり、ご存じの通りラッシュにはたくさんのテイクがあり、カメラが2台あったのでいろんなアングルからのものがあったのです。フランクはすべてのシーンのすべてのアングルを頭に入れるべくじっとラッシュを見ていましたが、私はとても全部は見てられなかった。次の日にはラッシュの時間が更に長くなることは明らかです。そして1時間後、フランクの方に目を向けるとなんと彼はぐっすり眠ってたのです。私は起こさないようにそっとしておき、ラッシュが終わった後で彼に言いました。「フランク、僕がメトロ社にいる時はラッシュを見るのは避けてたんだけど、もしかまわないなら今回ももう見なくてもいいかな」
フランクは演出にプランを立てます。映画の中で自分の必要とするものをすべて手にしようとしていました。それはカメラマンとの「こうやってみようか」というやりとりからも伺えました。役者に対しても同じで、「こうやって欲しいんだが…」とか「こういう風にやってみようか」などとよく口にしていました。「素晴らしき哉、人生!」の頃には私もコツを飲み込めていたので、フランクはただ「さあ始めるぞ」とだけしか言いませんでしたが、「さあ始めるぞ」という言葉の裏には「ここからは君次第だ」という意味が込められているのです。だからフランクからこの言葉が出るとここは自分が真価を発揮するところなんだと肝に銘じていました。フランクが椅子に腰掛けて「このシーンのモチベーションについて君はどう思うかね」なんて言うことはまずありません。フランクはそんなやり方をしませんでした。
LM:
撮影前にリハーサルはありましたか?
JS:
ありましたが、それはほとんどカメラマンのためのものでした。カメラがシーン全体を収めることができるかどうか、移動させるべきかを見極めるためです。1シーンに2台以上のカメラがある場合にはその2台の動きをフランク自身で考えていました。フランクはタイミングか何かで少しでも気にかかることがないかと自分達に問いかけ、その後は決まってこう言ってました。「みんな用意はいいか。さあ始めるぞ」たくさんとテイクを重ねることもあれば一回で済むこともありました。そうフランクはいつも自分の求めているものが何かをわかっていたのです。
LM:
キャプラは多くのテイクを撮りがちでしたか?
JS:
いいえ。でも「スミス都へ行く」の長い議事会のシーンは1週間かかりました。フランクはあらゆるアングルからシーンをカバーしようとしてて、さっきも言ったように6台もカメラを使ったのです。6台ですよ。そのシーンの撮影が始まり私がみんなの前で大声で話し出したら、フランクがやって来て言いました。「次第に声がかすれてくるようにして欲しい。だって1日中話しっぱなしという状況なんだからね」私は一人で十分稽古していたのでもう自分の声はしゃがれ声になってると思い込んでました。でもずっと喋りっぱなしの長い一日の最後にフランクはまたやってきてこう言ったのです。「ジム、わかってると思うが君がしゃがれ声で話すのも辛いぐらいでないと私は納得できない。確かに君はこのシーンを適切に演じてくれてる。でもそれはしゃがれ声でないと意味がないんだ。普通の声だったら誰でもできるんだよ」フランクのその言葉で私は不安になって帰り道に眼科と耳鼻咽頭科をしている医院に立ち寄りました。「しゃがれ声にしてもらう方法はありませんか?」って尋ねたら、医者は私を見て「ハリウッドの奴等は気狂いだって聞いてたけどあんたもその一味だったとは。しゃがれ声にして欲しいだって?私は医者としてしゃがれ声になるのを防いだり治療したりする研究をこの25年間やってきたんだ。なのに君はここに来てこの私にしゃがれ声にして欲しいなんて言うのかね」彼が頭をかき乱して言いました。「それじゃ君を最もひどいしゃがれ声にしてあげよう」医者は塩化第二水銀を声帯の近くではなくそのまわりにほうり込みました.危険なことではありません。医者が「どうかね?」と聞いてきたので私は「アーアーアー」としゃがれ声を出しました。「この効き目はすぐになくなるから私も撮影所まで行って付き添った方が良さそうだな」私はそんなことは考えもしませんでした。だって医者が来たらフランクはこのことを知ってしまうし、知られたらみんなにこう言うに決まってます。「ここに私が今まで出会った唯一のロボット俳優がいます」ってね。でも医者は次の日の朝、撮影所にやって来ました。その日の診療がどうなったのかはわかりません。彼はすっかり撮影所のセットに魅了されて私の控え室に居座ってました。「あなたをキャプラ氏に紹介しなくてもいいかな?」私はその日の間何度も控え室に入って「声が戻り始めてる」と言って塩化第二水銀をたらしてもらいました。医者はそれ以外の時は読書なんかして時間をつぶしながら一日中控え室に待機してくれたのです。最後にフランクが「素晴らしい演技だった」って言ってくれたので、私はそれ以上隠すことができなくてすべてを打ち明けました。「なるほどそうだったのかね。確かに君は私の求める演技をしてくれたよ」フランクがそう言ってくれても私はまだ不安でした。

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